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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
258/276

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目的の山に至る道の半ばで、三人は馬車を降りた。

背中に荷を背負ったルイは、道の端に停められた馬車と馭者を覆うように大きく薄い防御魔法を張った。目眩ましの魔法は先にかけた。サヨが維持魔法を追加して完成だった。これで翌朝までは保つだろう。

麓よりかなり手前で馬車を降りたのは、魔物の危険を少しでも遠ざける為だ。この辺りの集落に住まう人々は近づかないが、麓からある程度距離があるここら一帯は魔が出たという話はない。防御魔法を張っていても襲われないに越したことはないのだ。

「では行くぞ」

腰の宝剣とは別に長剣を携えてフィリップが山に向かって歩き出す。ルイとサヨはその背を追った。


しばらく黙々と歩いて、三人は麓に着いた。まだ昼過ぎだろう。

「今のところ、魔物の気配はないな」

辺りを見回してフィリップが言う。ルイも気配を探ってみたが特に異常はないようだ。ごく普通の、山に至る道。人の足が均した土は幅が広く、元々はこの辺りの民が利用していたものと思われた。

「この山を登った先に盾があるというのだな」

「可能性が高いわ」

頷くと、フィリップは山の登り口を見つけようと歩いていった。

目当ての山は幾つも隆起した山々の一つで、標高はかなり低く、後ろに連なる山と比べると丘に近い。山登りは容易く思えた。

だがフィリップの足は道の終わり、山裾の手前で止まった。

踏み固められた土塊の先はルイの背丈の三倍はあろうかという高い木々が隙間もなく迫っていて、何処から山に入るべきかもわからないのだ。




『なあ。この山のどこに盾があるか、今から探して間に合うのか』

フィリップの姿を目で追いながら、ルイは隣に立つサヨに問う。目の先にある弟に聞こえぬ程の小声だ。

『探す場所がわかってたら、イケるでしょ』

顔は山に向けたまま、サヨがさらりと言った。

『知ってるのか』

『ま、そうね。ゲームの設定通りだから。で、ルイに相談された後、ここに下見に来たわ』

「それって、──ぁ』

ルイは思わず声が大きくなって、慌てて声をひそめる。

『ズレがないか、確認したの』

『じゃあ、』

『うん』

「何をこそこそ話している」

フィリップが振り返ったので、ルイはサヨと背中を伸ばした。

「いや、いかにも怪しいっぽいなって」

「宝が見つかりそうだって、話してたの」

「──雰囲気で見つかるわけでもないだろうがな」

幸いにも、フィリップは怪しむことなく会話に入ってきた。

「でも、この山はどう踏み入ればいいんだか」

「そうだな。立ち木が密集していてしていて暗い。奥がどうなっているかもわからないから、ポイントが絞れないな」

王都に近いせいか、この辺りは冬でも降雪はほとんどない。それでも高い木々がひしめくように立っていて視界が全く利かない。空を見ればまだ日が高いところにあって、明るい日差しが木々の先端に当たっている。だが目線を下に落とせば、森の木が密集していて太陽の光は中まで降り注がずひどく暗い。

かなり以前に魔物の出没が確認されてから、人が入らぬようになって、狩りはおろか間伐や枝打ちもされず放置されてしまった。この山は、もはや人を寄せ付けない異界の様相だった。



「ここで少し待っててくれる?」

どうしたものかと迷う二人にサヨが言った。

鳥に戻って空から観察するのだろう。

ルイは察したが、フィリップは訝しそうに首を傾げただけだった。

と、見る間にサヨが形を変える。

「うわ、なんだ!」

真っ黒い、鳥。

魔鳥本来の姿になったサヨにフィリップが声をあげる。

うん、驚くよな。

ルイは密かにフィリップに共感する。

初めて見たら誰でもびっくりする。

見たこともない全身漆黒の鳥。その上、存外に大きい。伝承を知っていても本物は違う。さらに先程まで普通に会話をしていた人が、まるで違う存在に変化した不思議。

それら全てのあり得なさに、フィリップは目を瞪ったのだ。

しかも。

「ちょっと空から向こうを見てくるから」

黒光りする嘴から発されたのはサヨの声。その違和感にフィリップの目がさらに大きくなる。

しかし魔鳥に戻ったサヨはそんなことには頓着せず、真っ黒の目で山の頂上を見上げた。

一、二歩不器用に歩くと、大きく翼を羽ばたかせる。ぐい、と黒い身体が空に浮いた。サヨがゆっくりと翼をはためかせると、さらに高く、遠くあがる。そうしてあっという間に空の景色の一部になって、山を越えていく。ついに黒い点が見えなくなると、フィリップは溜め息のように声を漏らした。


「…本当に、魔鳥なんだな」

「うん、そうなんだよ」

「知った風な口を聞いていたが、実際に鳥の姿を目にすると、なんというか…」

「まあ、ちょっとすごいよな」

思ったより大きいし、真っ黒で迫力がある。

「ルイ王子は慣れているんだろう」

「そうだけど。初めて見た時は驚いたし少し怖かったよ」

「少し、か。ルイ王子は、考え方が柔軟だな。俺だったら、即座に人を呼んで捕縛か排除だ」

「あー。俺はもっと昔に魔物と遭遇してたからな」

「そうなのか」

「うん、サヨと会ったのが三年くらい前?で、五年前に魔物と戦う羽目になった」

年数を数えつつ、教える。

「そんなに前からか。だがそれでも俺は無理だろうな。まず、警戒感が先に来る」

「そりゃ、ちゃんとした王子のフィリップは俺とは違うよ。魔物についてもきちんと小さいうちから学んだんだろうし。俺は何も知らされてなかったから、怖さがわからなかったのかもな」

「だがそれにしても、あの魔鳥とはずいぶんと親しげだ」

「んー。出会ってからかなり話をして相談なんかもやったから。俺の知らないことを教えてくれる、気のおけない友達?」

「友達」

「みたいなものかな。宮邸にずっと出入りしてるから、部屋に居てももう普通に驚かない。あ、これは内緒だけど」

魔鳥が宮邸に頻繁に出入りしているのは秘密だ。フィリップ本人が今まさにサヨと一緒に行動している。なので今更とは思うが、ルイは一応口止めした。

「──それで周りは何も言わないのか」

「シャルは、妹はうるさいよ。会い過ぎだって文句つけるし、サヨとはしょっちゅう喧嘩してる」

「喧嘩…」

唖然としたようにフィリップはルイの言葉を繰り返した。

シャルロットの破天荒ぶりを正直に言いすぎたかもしれない。

ルイは反省した。

兄として、外に向かって妹の悪評になりかねない話はするものではない。

「いや、だけどシャルも仲は良いんだよ。なんやかんや話もするし」

「魔鳥は、宮邸に当たり前のように居ついているわけか」

「居ついて、はいないけどな。毎日帰るし」

「そういうことではなく。──いや、いい」

「なんだ?」

含みのある言い方が気になってルイは問い返した。だがフィリップはもう別のことに気を取られていた。宙を指差す。

「ほら、魔鳥が戻ってきたぞ」

言われて空を見上げれば、澄んだ青に浮かんだ黒い点が近づいてきていた。

「サヨ!」



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