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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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秘密の決行の前に、ルイはシャルロットを説得し、フィリップはミレーユに言い含めて祈りの館の偽装を頼んだ。


潔斎の儀式当日。

早朝、ルイとフィリップは目立たない色合いの服に着替えて、祈りの館から王宮の裏を通って東の宮の端に行き着いた。必要なものは荷物に作って背に負っている。

目的の地まで空を飛んでいくことはできなかった。王居一帯は魔道士と騎士の監視が厳しいままだし、サヨが一緒に飛べるのはひとりだけ。そしてルイの飛翔術は相変わらず上達していなかった。

そこでフィリップが用意したのが小型の箱馬車だった。二頭立てのそれは、窓がずいぶんと小さく、代わりに大きな紋章がついていた。

──三本の剣に星と薔薇が絡み合う図柄。アストゥロ王家の紋章だ。

その真ん中に光のついた小さな宝冠。

「?」

「母の、王妃の馬車だ」

「──」

びくり、とルイは身を固くした。しかしフィリップは気づかず続けた。

「個人的な命を受けた者に使わせている私的な車だ。王妃の紋章が打たれているから、何処の門でも行き来が自由で融通が利く。宮の者に言って密かに借り受けた」

専用の馭者も秘密裏な用に慣れているという。言いつけずとも口が固く、彼から秘密が漏れることはない。

この馬車ならば、王国内は優先的に通行できる。王妃の紋のお陰で箱の中をあらためられる心配もない。

「──」

だが王妃の馬車だ。あの女が便利に使っていた道具だ。

この馬車が、シャルロットを襲った刺客を運んだのではないか。あの王妃の後ろ暗い陰謀を担う道具に、俺は乗るのか。

ルイは否定的な思考に陥って、抜け出せなくなる。


「ルイ王子?」

下を向いて黙り込んでしまった様子に、フィリップが訝しむ声が遠く聞こえる。

「ルイっ。この馬鹿!」

すぱん、と頭を叩かれた。サヨの蛮行だ。衝撃に瞬いて、ルイは現に戻った。

「おい、」

フィリップの戸惑ったような言葉がいきなりクリアに耳に飛び込んできた。

「あ、あれ?」

「戻った?」

目をきょろきょろさせると、眉を盛大にしかめたサヨと、目の前の力業に少しばかり腰の引けたフィリップがこちらを覗き込んでいた。

「大丈夫か」

そっとフィリップが尋ねる。その後ろでサヨがバーカ、と口を動かすのが見えた。

いけない。

例の襲撃について、フィリップは何も知らない、無関係なのだ。この馬車だって必要だからと用意してくれたもの。彼の言う通り、二人の目的に適した乗り物だった。

「悪い。少しぼんやりしてた」

「そうか。──これで行けそうか」

頷いて、フィリップが尋ねたのはサヨに向けてだ。

行き先を把握しているのは彼女だけ。ルイとフィリップは告げられた地名を地図で確認したが、実際にどういった場所なのか、どんな道程なのかはわからない。

「うん、目的の場所の近くまではこの馬車で行けそう。あとは徒歩になるけど」

ちらり、と馭者を見やった。

「彼は同じ場所で一晩待つことはできる?」

「確認しよう」

頷いて、フィリップが馭者台に座る男の元へ向かう。

かしこまる馭者に問いを投げ掛ける。それに対し、男は幾度も頭を縦に振る。そして、最後に何事か口にした。フィリップは少しだけ迷った風に首を傾げて、わかった、と手をあげるとこちらに戻ってきた。

「待つのは問題ない。だが馬車が魔物に襲われる恐れはないか、気になるようだ」

「馬車で行けるのはかなり人の生活圏寄りの処だし、大丈夫と思うけど」

馭者の心配はもっともだった。サヨが答える横からルイは口を挟んだ。

「万が一を考えて、防御魔法を張っておけば安心なんじゃないか」

「一晩中だぞ」

フィリップが眉をひそめた。

無理もない。長時間保たせると術が高度になるし使う魔力も多くなる。

しかもルイは馬車から離れた後も、盾を見つける為に進んだ先で危険があれば魔力を使う。むしろそこからが本番だ。馭者を守るだけに魔力を消費すべきではないのだ。

「緩い目眩ましと兼ねたのなら、多分いける」

目眩ましで馬車そのものを見つけにくくする。その上で張る防御魔法は弱いものでも構わない筈だ。その程度なら、魔力も少なくて済む。

「本当か」

「足りなそうなら、サヨに補修してもらう」

「はいはい。お手伝いします」

「……」

軽口で返すサヨをフィリップが驚いた顔で見つめた。

「フィリップ、どうした」

「いや。──そういうことなら、馬車の防御はルイ王子に頼んだ。馭者も安心するだろう」

「てことで、そろそろ出発しない」

サヨの言葉に二人、頷いた。

サヨが馭者に行き先を伝えるのを待って、馬車に乗り込む。無駄口は叩かない。

何しろ、時間は限られているのだ。



馬車に揺られてしばらくして。

「どれくらいで目的地に着くんだ」

向かいの席に座るフィリップが尋ねる。ルイはサヨと並んで馭者を背にして座っていた。フィリップが進行方向を向いている形だ。

「順調に行けば昼前には。そこから山道を登ることになるけど」

ルイの隣のサヨが答えた。

「魔物は出るのか」

「どうだろう。宝があるから魔物がいるってわけじゃないのよね」

「どういうことだ」

「宝がある場所が人気のない地だから、魔物が巣くってるっていうか」

「同じことだろう」

「微妙に違う。まあ、魔はいつでも現れるって思ってた方がいいかもね。この山も確か、魔道庁の警戒区域」

「え!」

「なんだと」

じゃあ、魔道士がいるのか。万一、姿を見られたら取り返しがつかない。

ルイは慌てて向かいに座る弟を見やった。フィリップも緊張に顔を厳しく引き締める。

だがサヨは笑って言った。

「大丈夫だって。今は魔道士も騎士団も兵もいないから」

「なんで。警戒区域って今、言っただろう」

「そうだ。なのに人がいないのは逆に職務怠慢になる」

「違うってば。魔物が出没したって報告があった場所、巣になってる処、目撃証言があった地、全部がそういう扱いなの。そんなの全てに人を出してたらキリがない。鐘楼が崩れてから、あちこちで魔物に関する報告があがってるんだから」

サヨの言葉に、フィリップが気がついたように尋ねる。

「鐘楼の崩壊で?それが切っ掛けなのか」

うわ、とルイは内心焦った。

ゲームのシナリオ前提で考えるこちらと、予備知識などないフィリップには、現状把握について齟齬がある。その点を突かれると非常にまずい。

しかしサヨは平然と続けた。

「私が見回った感じでは、そう。各地に飛んで調査してる魔道庁の見解もそうなんじゃない?」

「そうか。なる程な」

うまい具合に『当たり前』の話に落とし込んでサヨはフィリップを納得させてしまう。

「しかし、そんなにも魔物が現れているのか。異常事態だ。お陰で我が国の騎士団も魔道士も手が回らない、と。考えていた以上に大変な状況だな」

「まあね。だから聖なる乙女が降臨したってことでしょ。だから安心」

「──」


これまで魔物が国の至る処に出没しているなどと知らずにいたのだろう。国の置かれた現状をフィリップは深刻に捉えた。それを励ますつもりか、サヨはコレットを持ち出した。だがどういうわけか向かいの顔はさらに沈み、黙り込んでしまった。

「…盾を手に入れなければ」

車内に落ちた沈黙の後、フィリップがぽつんと落としたのはそんな言葉だった。



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