表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
254/276

238


古来からある石造りの神域に聖なる乙女が籠り、これより二日の間、潔斎の儀、寝ずの祈りを捧げる

伝説の聖乙女の儀式だ。儀典庁の古書にあった作法に則っているらしいが、魔道士達は知るよしもない。ただ国家の最重要人物の一人となった聖なる乙女の少女と、護り番となる二人の王子の護衛を任じられた三名は、魔道庁から王宮の奥庭に繋がる祈りの館に入った。石造りの立派なそれは、しかし庭の緑に隠れてこれまで誰にも顧みられないでいた。

当たり前だ。

聖乙女など、昔語りの幻の存在の為の祈祷の館など使いようもなく、王宮の一画にあっても定期的に手入れの者が行き来するのみ。

聖殿とも言われるそれは広く、長い年月緑に侵食されて尚、白い屋根を空に覗かせていた。


「魔道士の方々はここより先にお入りになることはなりません」

館の入り口から足を踏み入れようとして。透き通る上品な声音できつく禁じる言葉を放ったのは、第二王子の婚約者だった。将来、王妃の座が約束されている侯爵令嬢。王居の中でも最重要区画、王宮や政庁を行き来していてさえ、ほとんど目にしないような高貴な少女。

小さく華奢な姿に圧されて、そんな自らを鼓舞して、魔道士は反論した。

「しかし、我々は魔道士長より聖乙女と殿下方の身辺をお守りするよう命じられたのです」

「それは、理解しています。その上で、皆様にはお引き取りいただきたいのです」

「それは、」

「第二王子フィリップ殿下のご意向です」

きっぱりと告げて、それから語気を柔らかくする。

「トマ魔道士長殿に咎められたら、そうお伝えください。あなた方に咎がいくようなことはありません」

次期国王と言われる王子を出されては、一介の魔道士達には無理押しはできない。しかし役目を果たさずにいていいものか。迷う彼らに、侯爵令嬢は譲ることはない。

「聖乙女の祈りが終わりましたら、こちらから連絡いたします。魔道士長殿から御指示がありましたら、どうか全て私に。『中』との連絡係りは私が務めますので」

お姫様は、王子の為に小間使いの真似をするつもりのようだった。そこまで言われては大人しく従うしかない。

まずはこの事態を儀典局と魔道庁に報せて、指示を仰ごう。


「なんだ、あれは」

「ここは王宮の中でも特に護りが強い館だぞ。個々の私事は完全に守られる」

王居の内側は高貴な人々の心身を守る為、他者を監視し秘密や心を暴く魔法は無効化する遮蔽魔法が全体にかけられている。無論、より力のある魔法使いにとっては破るに易いものだが、破られた、という事実が魔道士達に感知され糾弾されるようになっていた。この薄い遮蔽は王宮、その奥へいく程に強力な術が重ねられ、優れた魔法使いであっても干渉できないレベルまで構築される。

その中でも厳重に守護されたこの祈りの館。現世に現れた聖なる乙女が祈りを捧げるという重要な儀式にあって、魔道士達は近辺に侍ろうとも祈りの妨げになる真似はしないと誓う。それだけでなく、この館にいる乙女と王子達の私事を垣間見ようと不埒な考えを実行に移すのは、物理的に一切不可能なのだ。

そうまでして守られているのに、さらに婚約者を使ってまで魔道士を遠ざけるとは。


「第二王子殿下は魔道嫌いだからな」

「ああ。子供の時のアレか」

同僚が溢した言葉に得心する。王宮で勤務している者には、第二王子の幼少期における魔道関連の躓きは周知の話だ。そのせいで母王妃と確執が生まれ、さらに現在まで魔法を遠ざける風になった。今の気難しいと言われる第二王子の人格形成に多大な影響を与えた発端でもある。

トマ魔道士長は何も口にしないが、魔道士達の間では、あの調子では彼が王位に就いた際には魔道庁は冷遇されるのでは、と笑えない冗談が上る程だ。

「それと。大きな声では言えんが、もう一人と比べられるのが怖いんじゃないか」

「ルイ殿下だな。魔力が高くて聖剣の保持者なんだろ」

「しかもあっちが第一王子だ。年の差に加えて力の差が明らかとなれば、後継争いだってどうなることか」

「おい。トマ魔道士長はフォス家が後見だぞ」

「わかってるよ」

声を潜めて言い合って、多少、気が晴れた。侯爵令嬢の言い分は魔道庁に報告して。自分達は上の指示に従うのみだ。

トマ魔道士長は眉をしかめるであろうが、王子の婚約者は折れないだろう。なにしろ第二王子様ご自身のご意向だ。

その辺りは自分達、下っ端の魔道士には関係ない話だ。

上で揉め事があろうとも、この館を見張って二日間、無事に過ぎればいいのである。任務は完了、あとは通常業務に戻るだけだ。


しばらく後、聖なる乙女の儀式に支障がない範囲ならば、第二王子の意向を尊重するように、と半ば予想通りの通達が魔道庁から下りてきた。

仲間の魔道士と肩を竦め合う。

これくらいは許される筈だ。

我が儘王子の威を借りたお姫様の指示におとなしく従って、少し離れた場所から館を守護する。

「馬鹿馬鹿しいな」

「ま、仕事だ。それに、国中の無認可の魔道師をしらみつぶしに探し回るよりははるかに楽な役目だ」

「確かに」

件の学校襲撃の首謀者は高い魔力を持つ魔道師を擁している、というのが魔道庁や政庁の見解だった。それ故、魔道庁と騎士団が協力して国内にいる魔道庁が把握していない魔道師をあたっている。

しかし、人数も居場所も定かではない、魔道を使える者を探すのは難題だった。さらに能力も性質も異なる騎士との任務は、精神的にも肉体的にもきつくなる。

それに比べれば、と現在進行形で負荷の大きい仕事に派遣されている同僚を思って、己の幸運を思う。

「王子殿下の我が儘くらい、どうということもない」

「むしろ楽をさせてもらってるか」

「だな。儀典局の奴らは聖乙女の儀式に立ち会うから大変だろうが」

館の中にいる職員達は魔道庁の彼らとは管轄外の白い服を着た辛気臭い輩だ。

「それが奴らの本業だろ」

「まあな。国王の即位や婚姻以外は大きな仕事はないんだ。久しぶりの聖乙女の降臨を喜んでいるのは、あそこの人間だろうな」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ