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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
253/278

237 祈りの館


「潔斎の二日間、二人の王子殿下がコレット様をお守りいたします」

「え」


ここは潔斎の儀式を執り行う祈りの館。王宮の裏、奥まった庭の一画に忘れ去られた建物である。

館を管理する儀典局の職員だろうか。白いお仕着せを着た者が淡々とコレットに告げる。

「フィリップ殿下、ルイ殿下、共にこちらの棟に至る廊下の向こうの一室で、乙女の御為に寝ずの番をなさいます」

「──」

コレットは思わず黙り込んだ。


それは、おかしい。

確かに、前世のゲームでも聖なる乙女が認定を受けて潔斎の儀式に入る時、乙女の護り番が立った。だがそれは、対象者の中で攻略ルートに進んだ王子いずれかに限られる。マクシム達他の対象者はいくら親しくなろうと、護り番にはならない。そして二王子というパターンはない。さらに現在、コレットは二人の王子のどちらとも攻略ルートに至っていない。気配もない。


どういうこと?


だがこれは、少しは望みがあるということなのか。

恋愛ルートではなくとも、ヒロインを守護しようという気持ちが王子達にあるならば、ゲームの大筋から外れていない?

ならば、潔斎に入る前に顔を見て挨拶だけでもした方がいいかもしれない。

コレットは身につけた白い、足元まである飾り気のない絹のドレスを見下ろした。館に来てすぐに着替えさせられたそれは、儀典局で清められた聖乙女に相応しい清浄な気をまとったものだそうだ。

既に準備は済んでいる。

この後、すぐに儀式が始まる予定だ。一度潔斎が始まったら、誰かと口をきくどころか会うことすら禁じられる。

彼らに会うなら、今をおいて他にはない。


祈りの館は、ゲームで見ていたのと同じだった。

勝手知ったる間取りを辿って行き着いた、見覚えのある大きな扉。そこが護り番の控え室となる。

そっと押し開けて覗くと、ドレスの女性が佇んでいた。

艶やかな茶色の髪を結い上げた、一分の隙もない美しい佇まいの令嬢は。

「ミレーユ、様?」

そっと呟くと、ぱっと振り返った。

「まあ、コレット様」

大きな茶色の瞳が見開かれる。それから流れるような歩みでコレットに近寄ると、ふわりと一礼した。

「聖なる乙女がこちらにいらしてはいけませんわ。儀式の前とはいえ、男子のいる場に足を踏み入れては穢れますもの」

「ごめんなさい。あの、王子殿下が護り番をしてくださると聞いたので、ご挨拶を、と思って」

溢れる気品に圧された。穏やかに咎められてコレットは少しだけ混乱する。

この部屋には王子達が控えているものだとばかり思っていたから、予想の外の『完璧な令嬢』を前にして戸惑いを隠せない。

ひょい、と見知った顔が扉から覗いた。

「あれ、コレット様?」

その姿にコレットは目を瞬かせた。

シャルロット、だ。

いつもの変形制服でも、パーティーの時のようなドレスでもない、かっちりとしたパンツスタイル。剣帯をつけて小さな剣まで下げている。

まるで、ゲーム本来のシャルルのような出で立ち。


かっこいい!


内心、きゃー!と叫んで、目をきらきらさせて見つめてしまう。

でも、何故ここに?

疑問が頭に浮かぶ。彼女がこの潔斎の館にいる必然性は、全くない。


と、

「ああ、シャルロット様ったら」

嘆く声はミレーユだ。眉を下げて天を仰いでいる。コレットの視線を感じたか、令嬢はすぐさま落ち着きを取り戻した。

「見られたからには致し方ありませんわ」

言って、すい、とコレットに歩み寄る。素早く手首を掴んで部屋の中に招き入れると、きちんと扉を閉めた。

「こちらの部屋で見たことは、全て他言無用です。聖乙女におかれましては、儀式の最中に徒に世俗に繋がる部屋を訪なうなど、あってはならないことですもの」

丁寧な口調だが、有無を言わせぬ圧を感じる。

「でも、あの」

「他言無用ですわ」

きらり、とミレーユの目が強くなる。コレットは気圧されて縮こまった。が、ぐっと拳を握り締めて、口を開いた。どうしても確認したいことがある。ちらりと部屋を一瞥した。ミレーユとシャルロット以外、人影はない。

「わかりました、誰にも言いません。ただ、王子殿下方はどちらに?私の為に番をしてくださると聞いたんです」

「あ、それはね、」

「殿下お二人はここにはいらっしゃいません」

口を挟んだシャルロットに被せるように、低くミレーユが告げた。

「は?」

「──お二人はこちらにはいないのです」

「それは、どういう、」

「絶対に、絶対に他言無用です。守れますか?」

「ま、守ります。絶対」

ふう、とミレーユは溜め息をついて。


「こちらに。ここの方が扉から遠いので」

部屋の奥へと誘う。恐る恐るコレットはミレーユの後に続いた。

「大丈夫。廊下に気配はないよ」

扉に顔をくっつけたシャルロットが小声で告げる。

「ありがとうございます、シャルロット様」

ミレーユが軽く会釈して、コレットに向き直る。

「お二人は、とある用向きで内密に王居を離れています」

「──。それって周りに知られたら大騒ぎになるんじゃ、」

コレットは束の間、絶句した。気を取り直して問うと、またミレーユが素早く返してくる。

「ええ。ですから、聖なる乙女の潔斎に合わせてこちらに二人共に籠るということに」

「そしたら、二人とも邸にいなくても勘ぐられないでしょ」

身も蓋もない言い様をするのはシャルロットだ。だが、まあ何となく事態は読めた。

「もしかして、シャル様は身代わり」

「ええ。少なくともルイ殿下のふりは装えますもの」

「ミレーユがフィリップの雑事をするってことで付き添いなわけ」

つまりはルイ王子の身代わりでシャルロットが、姿を見せないフィリップの代わりに婚約者ミレーユが衛兵や官僚達の相手をするというわけか。


ルイ王子の顔は皆に知られていないので、シャルロットが王子のなりで存在を感じさせればいい。フィリップ王子は気難しいなどと噂されているから、顔を見せなくても不審がられない。婚約者の侯爵令嬢が甲斐甲斐しく動いていれば、まさか扉の向こうに王子が不在とは思うまい。

とはいえそれは。

「この私の儀式がタイミングよく使われてるわけなんだ」

はっとミレーユが顔を固くした。先程までの勢いは影を潜める。だが白い頬を引き締めて、頭をあげた。

「聖なる乙女、コレット様を利用したことはお詫びいたします。──でも、こうするより他になかったのですわ」

「二人は一緒なの」

「ええ。ですから誰にも知られてはならないのです」

王位を争う立場の二人の王子が行動を共にする。それは確かに、公けになったら問題となる。

「なんでそんなこと」

「私も詳しくは知らされていません。でも、殿下がどうしても行かねばならない、とおっしゃるのです」

ですから。

こちらを見つめるミレーユは必死だった。

コレットは戸惑った。

完璧な令嬢、ミレーユ。

侯爵家のこんな綺麗なお姫様が、ヒロインとはいえ平民の私なんかに懇願している。こちらがいじめているようで気が引けた。

「ええと、」

見ていられなくて、もう一人に視線を向けた。

「シャル様も聞いてないんですか」

「ない。で、一緒に行きたいって言ったら断られた」

不満げに唇を尖らせる。

「だけどルイの頼みだもの。聞かないわけにはいかないよ」

ってことで、コレットも協力して。

シャルロットが懇願する。しかしコレットとしては簡単に頷くわけにはいかない。

「私の潔斎は二日で終わります。それまでに戻って来られないと、私が黙っていても二人の不在が発覚しますけど」

「そこは、お約束なさいましたから」

「んー。いざとなったら、私がここに立て籠ろうかな。コレット様人質にして」

「シャルロット様」

シャルロットがとんでもない思いつきを口にする。すかさずミレーユに叱責されて、小さく舌を出した。

かわいい。

などと考えていると、目の前にシャルロットの顔が現れた。


「ひとまず儀式の間、協力して」

上背のあるシャルロットが身を屈めた。藍色の瞳がコレットを覗き込む。

ひっ、とコレットは固まった。

「お願い」

チラチラとオレンジがかった金髪が揺れる。視界いっぱいがシャルロットになって、何も考えられない。気がつけば訳がわからないまま、コレットは首を縦に振っていた。

「ありがとう」

藍色が満足そうに細められる。

「このことは、全部内緒だよ」

駄目押しとばかりに、人差し指を唇にあてて、シャルロットはそっと呟く。

過剰摂取だ。

くらくらと目眩に襲われつつ、コレットは幾度も首を振り下ろした。もうよくわからなくなっている。

「やりすぎです、シャルロット様…」

ミレーユが吐息と共に呟いた。



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