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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
252/277

236 幕間

本編にあまり関係ありません


「兄様!」

振り返った妹の顔を見て、ジャンは頬を緩めた。


冬休みが明けて。ようやく登校を許された王立学校の生徒達は、久々に会う友人と言葉を交わした。

新年早々の事件について語り合う暇もなく学校が閉鎖されてしまい、休みの間、誰とも意見の交換ができずにいたのだ。友人と再会を喜んだ者達が、その鬱憤を思い切り晴らしたのは当然の成り行きだった。休み時間はもちろん、登校初日から組まれた授業の間も、隙を見てはこそこそと囁き交わす者の声は止まなかった。

妹も同級生と散々におしゃべりをしたのだろう。

帰宅したソフィーの表情はひどく生き生きとしていた。


良かった。


しみじみと思う。



年明けに開かれた新年パーティー。そこで起きた魔物による襲撃事件のせいで、王立学校は立ち入り禁止措置が敷かれ、冬休みという名目の元、閉鎖となった。

生徒達は安全が担保されるまで外出は控えるようにとまで要請されて、この十日程は自邸で大人しくしているしかなかったのだ。

その間、ジャンは息の詰まる日々だった。邸に閉じ込められて鈍る身体をもて余して、無駄に剣を振ったり常は読まない本を手慰みにめくったりした。だがそれより大変だったのは、妹のソフィーの相手だった。

パーティーで起こった事件はあまりに衝撃的で、事を消化するには誰かと話すのが一番だ。

そもそも、ソフィーは他の女性の例に漏れず、おしゃべりが大好きだ。常に誰かと、学校では仲の良い級友達と、飽きもせず会話を楽しんでいる。だが休校中の今は彼女達と会うことは叶わない。ジャンとソフィーの両親は王都から離れた領地にいて、姉は嫁いでしまっている。自然、話し相手は互いしかおらず、休みの間は二人の兄妹はこれまでにない程、顔を合わせて語らうことになった。

とはいえ、現場に居合わせたとしても一般の生徒。その後、捜査にあたった魔道庁の調べた結果など知る術もない身の上だ。自然、あの日見た情景について憶測を交えて話すのがほとんどになった。


まずは魔物の異様さ恐ろしさについて。

二人とも、これまで無害な小さな魔ですら見たことがなかったので、初めて見る本物の異形、そして脅威に戦慄した。何もできずにいたのは生徒皆が同じ。

違ったのはほんの一握りの選ばれた人達だ。

そこでまず、噂話でしかなかったシャルロット王女の実力、ジャンは眉唾ものとして認識し、ソフィーは熱狂したそれを目の当たりにしたのだ。


確かに。


ジャンは思う。

王女の実力は明らかに高いレベルにあった。さらに実力以上に稀有なのは、危機を感じた時に咄嗟に行動できる勇気と直接的な手段を選べる決断力、そして瞬時に動く反射神経だ。躊躇いを捨てた素早い動きは、その場にいた数百の生徒を凌駕した。


校内とて武器を持たない空手で、単身魔の前に立ちはだかった王女殿下。


認めざるを得ない。

一人立つシャルロット王女は美しかった。だがそれは女子生徒達が褒めそやすものとは違う。

巨大な異形に臆することなく顔をあげ睨み据える胆力。

野生の本能に沿った生き物の闘争心が身体から溢れていて、燃え上がる炎が見えた気がした。それはまさに、剣を使う者として必須の資質で、生き物として純粋に美しいと思えたのだ。


さらに印象に残ったのはルイ第一王子の高い魔法術。学校の一生徒とは思えぬ確かな実力は、ホールの端から見ていてもよくわかった。

防御魔法と、治癒魔法。いずれも地味ながら優れた術力がなければ使えない。しかも王子の振る舞いから、既に幾度も試して迷いがないのが窺えた。

王女と、後から駆けつけた同級のマクシムが剣を振るって魔と対峙したのが目立つが、ルイ王子の守りに特化した働きは見事だった。


と第一王子を評価すると、第二王子擁立派に属するジャンとしては、フィリップ王子について語らねばならない。

王子は魔物の標的だった。明確に彼一人が魔獣にも魔蝙蝠にも狙われていた。それがどういった要因でかは、ジャン達にはわからない。調査が進めば魔道庁から騎士団、政庁はこの襲撃の真相を知り得るだろうが、一介の貴族の子には今後も掴めぬ話だ。

ともかく、フィリップ王子は魔物の攻撃から逃れる為、ホールの奥へと引き下がって自身の身を第一とした。

王子の立場を鑑みれば正しい判断である。だがルイ王子とシャルロット王女の目を引く活躍を前に存在が霞んだのは確かだ。本当はあの二人とて王族なのだから、身を危険に晒さず、あくまで後ろに控えるべきだったとは思う。

しかしそう告げると、王女贔屓の妹は噛みついてくるに決まっているから、ジャンは心のうちで思うに留める。

とにかく、フィリップ王子は身分に相応しい落ち着きで身を処したのは間違いない。当人の失点はない。ないが、今回の事件が後継争いにどう影響が出るのか、あるいは出ないのか。見守るしかなかった。


それから、特異な力を発現させてホールの魔を消滅せしめた女生徒がいた。

彼女が現れたからこそ、魔と戦っていたルイ王子達やフィリップ王子、壁際に避難していたジャンとソフィーを含めた全校生徒は無事に済んだと思っている。

特別な力を持つ少女、一年の特待生だという彼女はコレット・モニエというらしい。何故、二つも年下の接点もない女子生徒の名が知れたかといえば、ソフィーが憤懣やるかたない、といった表情で口にしたからだ。

そういえば前のパーティーの後、延々愚痴られたか。その時、聞いたかもしれない。ほとんど忘れかけていたその名を悔しげに口にして、ソフィーは兄に訴えた。

「あんな無礼な子が聖乙女かもしれないなんて!」

「……」

シャルロット王女の信奉者である妹は、前回のパーティーにおいてめでたく憧れの当人と踊る幸運に恵まれた。何が良いのかわからないが、ソフィーは天にも昇る心地であったらしい。その謎の当たり籤は競争率が高く、やっと得た特権だった。しかしその特権を『泣き落とし』で掠め取った不心得者がいたとかで、終了後、怒りを爆発させていた。

その不心得者が当のコレット嬢であるらしい。

平民の出のくせにシャルロット王女の同情を買ってダンスのパートナーにおさまった、と。

それはそれで良いじゃないか、とジャンは感想を告げてソフィーの怒りに油を注いだのは過去の話だ。

その時の反応を思えば、まあそんな遺恨のある女生徒が救国の聖なる乙女というのは、確かに妹やその一派にとっては認めがたいものだろう。

そんなわけで、彼女に対する複雑な気持ちも長々とジャンにぶつけられた。


しかし妹の話のほとんどはやはり憧れの存在に偏って、シャルロット王女の活躍を十回は聞かされた。

俺もその場にいたから知ってる、話さなくてもいいぞ、という言い訳は王女に夢中の妹には通じない。自宅待機の間、逃れようもなく、頬を染めた信奉者の譫言を聞く羽目になった。

この目で見た記憶を幾度もソフィーの口から語られる。シャルロットとマクシムの共闘が特にお気に入りらしく、彼が王女を庇ったところから剣を互いに構えて立つまで事細かに描写された。王女に憧れているが、マクシムがそこに絡むことは歓迎しているらしい。

曰く、並ぶと眼福だとか。

実直な同級生も見も知らぬ女子生徒の勝手な評価を受けて大変である。あくまで王女のおまけとしての存在だが。

内心、辟易していたが、ジャンはソフィーの相手を続けた。

──狂信者の熱のこもった布教とはこんなものだろうか。

妹の高い声を神妙に拝聴するフリをしながら、そんな失礼なことを考えたりもした。

苦行ではある。

だがそれもこれも、王家に関わることとてジャン以外にはやたらと吹聴できないせいでもあった。ソフィー付きの侍女はさすがに事情をある程度把握していたであろうが、表向きは口外禁止だ。妹の捌け口として兄である自分が全て受け止めるしかなかった。



さて、学校から帰宅した妹は当然のように兄をつかまえて今日の出来事を語り始めた。ここ数日で、話し込むのは習慣化している。

「あの子。一年のコレット・モニエ。登校していなかったの」

「へえ」

「寮にはいるけれど、潔斎の儀式が終わるまでは登校しないみたい」

学年が違うというのに注目の生徒の動向は皆で共有しているらしい。少し怖い。

ジャンはクラスの友人達とは休みの間の過ごし方を話した程度だ。例の事件についても軽く憶測したくらいで、余計な流言飛語を生み出さないよう配慮していた。

だというのにこの妹は。

「あんまり詮索するものじゃない」

「だって、知りたいじゃない」

苦言を呈しても妹は堪えない。

「兄様だって気になるでしょう?せっかく学校始まって当事者に聞けると思ったのに空振りなんて。がっかりだわ」

「本人から聞き出すつもりだったのか」

「まさか。一年の誰かが聞き出したのを教えてもらうのよ」

「まあ、いなくてもわかったことはあるだろう。潔斎の儀式まで、とか。聖なる乙女なのは確定したらしいな」

「そうなの。おうちが政庁に関わってる子が言ってたわ。内々では決定で、儀式が終わったらお披露目するみたい」

──なるほど。

聖なる乙女の降臨は現実となるのか。

ジャンは考え、妹に問いかける。

「事件について知りたいんだったら、クラスに王女殿下はいたんだろ。聞いてみれば良かったじゃないか」

当事者という意味では、王女と王子も該当するのだ。一生徒より余程詳しい筈だ。

が。

「そんなこと、聞けないわよ!シャルロット様のお気を煩わせるようなこと、するわけがないじゃない」

「──」

一蹴された。

俺にはあれ程好き勝手に愚痴をこぼしていただろうに。

不満が露骨に顔に出てたかもしれない。

「なあに?」

ソフィーが挑むように覗き込んでくる。

諦めて息を吐いた。妹の態度は流して、改めて事件をつつくことの危険性を指摘する。

「校内で噂してて平気か。フィリップ殿下に関わることだ。言葉には気をつけろよ」

「大丈夫。人を選んでやってるから」

「それでも、だな。皆、家を背負ってるんだ。気安く触れない方がいい」

「兄様、説教くさいわ。お年寄りみたい」

「っ。お前な!」

年齢より落ち着いている。いや、老けている。本当に同学年か。などと昔から同年代の少年達に言われ続けてきた。大柄な体躯も影響しているのだろうが、そのことを密かにジャンが気にしているとソフィーは知っている筈なのに。

感情が波立ったが、妹のつんとすました顔を見て、諦めの気持ちが上回った。


──もういい。

この妹。

本当に他人になるべきではないか。


思わず暗い考えに陥る。


「兄様。──ジャン!」

ぼんやりしていたのか、ソフィーが声を大きくした。

顔をあげると、妹が間近に覗き込んでいた。

「お友達が言ってたの」

「なんだよ」

まだ話は続くのか。

うんざりした気分でおざなりに返す。

「あの時、兄様は真っ先に私のところに駆けつけたって」

「──」

「私が立ち竦んでいるのを見て、すぐに抱えあげて」

唐突に変わった話についていけなくて、ジャンは瞬きを繰り返した。

あの時。新年パーティーでいきなり魔物が出現した折りのことだ。

「兄様みたいな兄弟がいて羨ましいって言われたわ」

「…」


邸に籠っていた十日の間、そのことに言及したことはお互い、一度もなかった。


「とても男らしくて素敵、なんて言う子もいたの」

おかしいでしょう、とソフィーが笑う。


──実際はそんなに格好良いものではなかった。

事が起きて。ジャンは目にした異形に泡を食って逃げ出した。その時、目の端に立ち尽くす妹の姿が映ったから、必死で駆け寄って抱き上げた。

着飾った妹のドレスは布がふんだんに使われていて抱えるのに苦労したし、結い上げた髪が邪魔で顔をしかめさえした。面倒くささにうんざりとしたかもしれない。だが初めて間近で見た魔物は恐ろしく、ただ逃げることしか考えられなかった。

妹の身体を抱きとめることで自我を保っていたとも言えるのだ。一方的にジャンが救ったのではない。ソフィーがいたからあの場で強くあれたのかもしれない。


「私を守ってくれて、ありがとう」


ソフィーの声が耳に届いた。

既視感がジャンを包んだ。

目の前の妹は何でもない風を装っている。少しだけ横を向いた顔。噤んだ口先が少しだけとんがっている。

それが幼い頃の姿に重なった。


今よりはるかに小さなソフィー。末っ子特有の無邪気さで兄に甘えて、我が儘を言って。派手に失敗してどうしようもなくなった時。

これは泣くな、と察して仕方なく助け船を出したら、その時は何も言わずじまい。忘れた頃にそっと礼を告げるのだ。

今、この瞬間のように、唇を尖らせて。


「何を言ってるんだ、今更」

だからついつい、昔のつもりで右手を伸ばして低い位置にある丸い頭を撫でてしまった。

──しまった。

滑らかな髪の感触に、我に返る。

「何するのよっ」

頭に乗せた手を振り払われて、懐かしい空気は霧散した。

あるのは、兄を鬱陶しがる生意気な妹の冷たい目線。

「気持ち悪い」

「…ひどくないか」

「この年で兄様に触られて喜んでる方がまずいでしょ」

「お前の大好きな王女は、大喜びしてそうだがな」

シャルロット王女はルイ王子と距離が近い。多分、自分達とは違う関係だ。

そう思ってぽろりと溢した、ら。

「ジャンの無神経!」

返ってきたのはそんな罵声。

それから、駆け去る背中。

長いスカートが翻って遠くなる。


「疲れた…」

久しぶりの学校。そして、これ。


俺が老け込んでいるのは、あの妹のせいではないか。


溜め息を溢して、ジャンは固まっていた肩を回した。さらに手を伸ばして固い筋肉を揉み解す。

その仕草は年季の入ったもので、やはり少年らしさからは遠かった。



5章158

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