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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
249/277

233


「ゾエ殿のお家は、かつては子爵家でしたね」

びくりとゾエは肩を震わせた。

「三代程前でしたか。当代の夫人が、とある一族の出であった。時の国王に大層重用される魔道師の率いる家で、非常に栄えていたとか」

「……」

「だがそれも長くは続かなかった。権力抗争に敗れ一族全てが放逐された。その折、ゾエ殿の家も血縁を問われて爵位を剥奪された」

「妻を流刑地に送ることが爵位安堵の条件であったので」

両親に聞かされた話だ。特に恥じることはではない。

しかしアントンは顔をしかめた。

「ひどい話だ。夫人も子爵殿も、全く無関係であったのに」

「昔のことです」

「そうかな。しかしお家には大きな影響があったに違いない。かつては王都に別邸があったというのに爵位の剥奪と共に国に接収されて一族は田舎に追いやられた」

「領地の邸は残されましたから」

「ゾエ殿の血筋は代々学問において優秀な人材を輩出している。爵位があれば家の生計を考えず思う存分研究に専念できた。しかし領地も減じられた当主は、家の存続の為、政庁で役人となるしかなかった」

「それでも、」

「無実の咎で受けた処遇でも?」

「私の家族は現状で満足しています。私だって、魔法学を学んで治癒師として勤務できている」

「だが今また、王家に起きた事件によってあなたは拘束されている。確たる証拠もないのに疑いのみで捕らえたのだ。半ば無関係と知りながら、役人の面子を立てる為に。覚えのない罪はご実家にも及ぶかもしれない」

「それはあなたが、あなた方が王子殿下を襲ったせいでしょう」

「全ては、この国の歪みのせい。支配に固執して我らを虫けらのように扱う王家が元凶なのだ。彼らがこの国の中心にある限り、こういった無実の被害者は増え続ける」

「──」

「この国を、正しい道へと立ち返らせるのだ」

すい、と手が伸ばされる。

「ゾエ殿も、我らと志を共にしないか」

「あ、」

その時、アントンの光を含んだ瞳に吸い込まれる力を感じた。ゾエは、ふらりと引き寄せられて半ば機械的に頷こうとした。


こん。


扉が叩かれる音が二人の動きを止めた。

こん、こん。

続けて音が鳴る。

「治癒師ゾエ」

名を呼ばれてゾエは我に返った。

「起きているか。治癒師ゾエ。面会だ」

「──あ。はい、起きてます」

「いるならさっさと返事をしろ。入るぞ」

「は、」

慌てて目の前の男に視線を走らせて。

ゾエは目を瞪った。一瞬の間にアントンの姿は影も形もなくかき消えていた。

「おい」

「は、はい。今、開けます」

苛立ったような扉の向こうに、急いで握りに飛びつく。

扉が開いて廊下と繋がった瞬間、防御魔法が再構築されたのがわかった。アントンがいた痕跡は何もない。

夢から醒めた心地で呆然としていると、見張りの衛兵がどうした、とわずかに首を傾げた。

「いえ、あの面会って」

「ああ。待たせるわけにはいかん。急げ」

ゾエの問いに答えることなく、追いたてるように急かす。

ここに閉じ込められてから、取り調べ以外で部屋を出たことはない。顔を合わせるのは役人や衛兵だけで、外の人とは連絡を取ることすら許されなかった。なのに今更面会とはどういうわけか。

戸惑い、先程のアントンとのやり取りを思い出しながら、ゾエは衛兵の背中を追った。




───────────────────────




内務省の案内を経て宮廷庁に恭しく迎え入れられたルイは、通された応接の間で逸る心を抑えて待っていた。

ついに扉が開いて待ち人が現れた時には安堵のあまり、膝が崩れ落ちそうだった。

「ゾエ先生…!」

衛兵の後ろから怖々とした様子で部屋に入ってきたのは、約一ヶ月ぶりに見る恩師。

さすがに痛めつけられたり粗雑な扱いは受けていないようだったが、別れた時より痩せて、窶れていた。

「ルイ、殿下」

面会人がルイだとは知らされていなかったのか、ゾエは落ち窪んだ目を大きくした。

「どうして殿下が」

「ゾエ先生が王宮で捕まったって聞いて」

そこでゾエを連れてきた衛兵に気づいて目配せした。堅苦しい態度を崩さぬ彼は、こちらの身分を承知しているせいか動きに無駄がない。一礼すると静かに扉を開けて出ていった。

これで良し。

「学校に戻られたジェローム先生から、今回の事件の容疑をかけられているって教えてもらったんです。それでロランに詳細を聞いて、どうにか先生を解放してもらえないか頼んだんだ」

その時の苦い答えを思い出し、ルイは眉を寄せる。

「でもロランもどうにもできなくて」

「ああ、王妃殿下がお許しにならないでしょうしね」

閉じ込められていて尚、ゾエは状況を察していた。

次期国王と目される第二王子襲撃事件。魔物を行使した国を揺るがす陰謀の首謀者が掴めない情勢では、わずかなりとも怪しい者を捕らえていなければ管轄の宮廷庁も立つ瀬がない。故に容疑が限りなく白でも、宰相ロランからの要請であっても、宮廷庁の長はゾエの釈放に頷かなかったのだ。


「それで行き詰まっていたら、フィリップが助けてくれたんだ」

「──フィリップ、第二王子殿下が?」

「うん。自分もゾエ先生には世話になった。人柄も信頼できる。そんな先生を証拠もないのにこれ以上拘束するのは許されるものなのか、とか言って」

「そんな、一度会っただけなのに」

「うん。まあその辺はフィリップが大袈裟に言ったんだと思う。で、すかさずロランが宮廷庁に圧力をかけたんだ。殿下がここまで言う治癒師をまだ拘束する根拠を示せ、できないなら不当逮捕だ、って」

自分達が仰ぐ王子に苦情を言われて揺らいだ所を、ロランが理詰めで談判した。元々、ゾエに対する容疑はあやふやなものであるから、そうなれば事は早かった。

国王が病に伏している今、王子の発言は重い。しかも事件の当事者だ。第二王子派は王子の意向に沈黙し、宮廷庁は言を翻してゾエの釈放を許可した。

「──それは、皆様にご迷惑をおかけしました」

「ううん、ゾエ先生は何も悪くないですから」

言って、ルイは大事な言伝てを口にする。

「あと、フィリップが」

「フィリップ殿下が、何を」

「すまない、許せ、って」

ゾエの目が丸くなる。

ルイと違う、王家の規範に完璧な王子が、伝言とはいえ謝罪を口にしたのに驚いたのだろう。

「フィリップ殿下が…」

「うん、本当はきちんと詫びたいらしいんだけど、公けにはできないとかなんとか、」

政庁の者達の方針に異議をとなえるような意見は、国の王子として個人的にも慎むべきこと、らしい。それでもフィリップの為にあらぬ嫌疑をかけられて、長期間拘束されたゾエに正直な気持ちを伝えたかったのだ。


限られた言伝て。

短いとは決して言えない時間を理不尽に閉じ込められ、無為に過ごさざるを得なかった治癒師が、それをどう捉えたのかはわからない。

ゾエは束の間、下を向いた。肩が微妙に傾いだのは見間違いか。すぐに頭をあげたからよくわからない。

こちらを向いた治癒師の顔は穏やかだった。

「殿下。助けて下さって、ありがとうございます」

「いや、遅くなってごめんなさい。もっと早く出せたら良かったんだけど」

礼を言われてルイは戸惑う。ゾエの件に関しては自分はあまり役に立っていない。

「いいえ、いいえ。間に合ったのです。間に合ったから、良いのです。ルイ殿下、本当に救って下さってお礼申し上げます」

「よく、わからないんだけど?」

「わからなくていいのです。私は、私の人としての道は救われました」

首を傾げたルイを見て、ゾエは少し笑った。今のやり取りのどこに笑いの要素があるのかも、やっぱりわからなかった。

ただルイは、不当に拘束された治癒師が自由の身になったのが嬉しかった。


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