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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
248/276

232


ゾエは、政庁の片隅にある内務省と繋がる宮廷庁の管轄の独房に入れられていた。


魔道庁では同じ魔法使いとてどんな手心を加えるかわからない。そういった疑心で魔道士長トマからの再三の要請も撥ね付けて、魔道に関しては素人同然の宮廷庁がゾエの身柄を確保していた。

とはいえあくまで参考人であり、栄えある王立学校の教師と身分も確かな女性を罪人と同じ扱いにするわけにもいかず。拘禁されてはいたが、独房は簡素な私室といった体で、ゾエは謂わば囚われの客人であった。そうして申し訳程度の魔道遮断の術がかけられた空間に、既に一週間以上留め置かれている。

訊問は形式的で、ゾエが異議を申し立てても反証はないが解放もされない。

かけられた大逆の罪とはかけ離れた生温い幽閉の日々。

そもそも罪状が第二王子弑逆を謀った咎ならば、宰相直属の役人の訊問であるべきなのだ。もちろん、その場合は厳しい調査が為される筈だ。

しかし今までそういった話は一切出ていない。宮廷庁の役人がゾエを囲い込んでいて、非正規の取り調べに終始しているのだ。彼らの一貫性のない動きは、全て王妃と外戚のフォス公爵家の意向を気にするが故のものだ。

王立学校が管轄である宮廷庁の役人は、本来、事件の責任を一手に被らねばならない。王子は無事だったものの不手際を糾弾されるのは確実、しかも首謀者は未だ掴めないまま。裁可する権限を持たないとはいえ、彼らの大切な王子の身を危うくした責めを躱す為の生け贄がゾエなのだ。


と言って、ゾエにはなんの心当たりもない。事件の起こるはるか前より、王宮に詰めていた。国王の病状に関しては秘匿とされたから、外部との接触も一切絶たれていたのである。

十二月の半ばから年が明けたのも気づかず仕事をして、王立学校の新年パーティーが魔物の襲撃にあった、と聞いたのは事が起きた翌日だった。

それからはあっという間だった。怪しい者が学校に不法に出入りした形跡があり、辿ると医療処置室への荷を搬入するという方便が用いられたと判明した。業者が調べられて、魔道庁から納入される薬以外の取引が明るみになった。

国の運営する王立学校には魔道庁精製の薬が卸されると決まっている。他での購入は公けには認められていない。ただ、どうしても量が不足したり薬の種類が限られるので、まともに処置室を回すには別のルートからの薬の入手が不可欠だった。

ゾエは不足分を補う為に町の売薬を試し、また薬効が高い品を求めて、予算の許す範囲で安定した供給元を探し、件の薬屋から薬を定期的に購入した。

それらは平時であったなら何ら問題のない行動であった。だが事件が絡んだ今、この行為は由々しき謀反と見なされた。

特に、取引の先の薬屋が主の遺体を残して全ての証拠を消してしまった今では。

学校に怪しい侵入を果たした薬屋の主人が殺されて、店にあった大量の薬も書類も、何もかもなくなった。ゾエはそれを宮廷庁の役人から聞いた。

夢の中にいるかのようだった。だが取り調べは続いて、薬屋についても細かく詮議されているので事実なのだろうと思うばかりだ。


あの優れた薬屋が死んだ。殺されてしまった。愛想が良くて、研究熱心なアントンが。

信じがたいことだ。

さらに現実とは思えないのが、彼が魔物を学校に出現させて王子を襲わせた悪人共と繋がっていたかもしれないということ。

殺されたのだから、もしかしたら弱みを握られて手伝いをしていただけかもしれないが。

いくら考えても答えは出ない。与えられた情報が少なすぎる。

溜め息を吐いて、ゾエは首を振った。


と。

パシン、と薄い板が割れたような軽い音がした。

はっとゾエは身を固くした。この部屋の防御魔法が破られたのだ。

しかも部屋の外にいる筈の衛兵は無反応だ。いつも少し大きな音を立てるとすぐに飛び込んでくるというのに。

彼らが魔道に暗いとはいえさすがに異変に気づきそうなものだが、それがないということはつまり。外にはわからない高いレベルで密かに干渉してきている。

一体、何者が。


「ゾエさん」

誰もいない筈の部屋に声が落ちる。

瞬きをした、一寸の間の後、ゾエの真正面に人が立っていた。

──魔法。

転移か侵入か。

いずれにせよ強い魔力を高レベルで行使した希少な術だ。

そして。

「アントン、さん」

ゾエの前に現れたのは、役人も衛兵も死んだと告げた男。

件の薬屋で遺体となって発見された筈の店主、アントンが薄い笑みを湛えていた。


「亡くなったと聞いていました」

「初歩の目眩ましですよ。調べた者達は誰も私の顔を知らない。面通しをする客は素人だから簡単に誤魔化せた」

「でも、身代わりがいたということですよね」

ゾエはきつく目を眇めた。目の前の男は笑った。これまで見たことのない暗い嗤いだ。

「勘がいい。そう、別の死体を私と信じ込ませた」

アントンは死んでいない。

追求から逃れる為に身代わりの遺体を何処かから調達して便利に使った。周到に準備していたのだろう。もはやこの薬屋は、ゾエの知っているまっとうな店主ではない。

「何の為にここに。いくら責められても、私はあなた方のことは何も知らない。口を封じる必要があるとも思えない」


「この姿を、覚えておいでですか」

「──あ!」

アントンの掌がひらめく。

薬屋の姿が消えて、そこには少しだけ若い、茶色の髪の肌の浅黒い男が立っていた。

「町の、魔道師殿」

ゾエは小さく喘いだ。

忘れない。忘れる筈がない。

学校を出て、魔道庁の誘いを断って王都で治癒の真似事を始めた頃。

治癒魔法を修得しただけで事は成ると浅はかに信じていたゾエは、すぐに壁に行き当たっていた。人々の願いは怪我よりもそこら中で患う病から救ってくれることだった。魔法では簡単な病を治すこともできない。薬を求めて訪れる人々は皆、失望と落胆に足取りも重く背中を向けた。

一般的な薬さえ手元にないゾエは罵声を浴びせられた。

魔道庁との関係を絶って市井におりた当時、正規の薬を手に入れるルートはなく。途方に暮れていた時に、出会ったのが町の片隅で小さな商いをする魔道師だった。

崩れ落ちんばかりの傾いた家屋で王都の外から採取した薬草を煎じた薬は、安価でありながらある程度の効果を持っていた。わずかな小金で熱冷ましやせき止め、感冒薬を揃えることができたゾエはこの縁に感謝した。お陰で小さな医療院──彼女の城──は軌道に乗ることができたのだ。

そのうち、評判を聞いた王立学校から声がかかり、校内の医療処置室で働くことになった。王宮の管理下にある学校の施設には、魔道庁から薬が回される。いつしか魔道師とは疎遠になったが、あの一番苦しい時期に助けてくれたことは心の片隅に刻まれていた。


思いもかけない懐かしい姿にゾエは引き込まれる。


いつのまにか、アントンの言葉遣いは変化していた。丁寧であるがわずかに滲む傲慢。だがゾエは違和感を覚えることもなく、その一言一言に聞き入っていた。


6章213

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