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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
247/277

231 囚われ人


冬休みが明けて、学校は再開された。

魔道庁の調査が完了し、密やかに警備の強化、部外者の校内への立ち入りに関して身許確認の徹底など安全措置が為された。万全の対策の上で、王家、大貴族の了解を得た政庁が授業再開の告知をしたのである。


年が明けて、十日程。

懐かしい感さえある医療処置室は、しかし主の気配はやはりない。

「これは、殿下」

一日の学課を終えたルイが白い扉の前で立ち尽くしていると、穏やかな声がかけられた。

「ジェローム先生。お久しぶりです」

昨年、十二月の半ばからゾエと共に王宮に詰めていた魔法学の主任、ジェロームだった。彼の魔力と魔法の知識を国王の為に提供するよう王宮に招聘されていた。

約一ヶ月ぶりの顔合わせだ。少しばかり痩せた気がしないでもないが、至って元気そうだ。代理で賄ってきた魔法学の授業も再開するのだろう。

「この度はルイ殿下はご活躍されたそうで」

「聖なる乙女のおこぼれのようなものです」

「ご謙遜を。──を発現させたと耳にしておりますよ」

わざと濁したのは聖剣の話を広げない為か。

生徒達は黒刃の剣が魔物を倒したのを目にしたが、その由来や意味を正確には知らない。国の歴史と伝承を読み解いた者は気づくだろうが、学校でも学ぶ機会はない。王家の伝説の詳細を知り、今回のことに結びつけて考えるのは、大人はともかく、生徒にはほとんどいなかった。

「ええと、そのことはちょっと、」

言葉を濁すルイに、ジェロームは頷く。

「わかっております。国家の機密に関わる話だ。私など秘密を知れる筈もない」

「そんな、」

「いや、本当に。──一介の教師には叶わぬことがあまりにも多い。魔法学を長く学んできたというのに、私には何もできない。そう自身、思い知っているところなのです」

「ジェローム先生?」

常にルイを導く優れた魔法学の師。その彼の気弱とも取れる吐露に驚いた。

王宮にいた一ヶ月の間に、何か自信を喪失させることがあったのか。

国王を快復させることができなかった、それ故の苦悩か、とルイは思う。

「先生は医師ではないのですから、お気に病むことはないのでは」

無力感に苛まれている魔法学の教師は、ルイの精一杯の慰めに首を振った。

「いや。違うのです、殿下」

実は、と声を落とした。

「先日の魔物の襲撃に、ゾエが関与していると疑いをかけられておりまして」

「え」

何を言われたのかわからなかった。

「ゾエは重要参考人として、政庁に拘束されているのです」

ルイは呆然とした。


「魔物が何者かに誘導されて校内に現れたというところまで判明しているのですが、その手引きをした者を探る中で、ゾエが浮かんだようで」

「──そんな、ありえない!」

「はい、私もそう思います。しかし魔法学の主任である私と治癒師のゾエが不在の時を突いて魔物が現れた。奴らの攻撃に対抗しにくい間隙を狙ったのは、あまりに絶妙だった。そのせいで、今回学校側が不手際を重ねてしまったのは確かなのです」

殿下と聖なる乙女のお陰で大事には至りませんでしたが。

「政庁は、学校の隙を漏らしたのがゾエではないかと見ているようです」

「そんな…」

「魔物を呼び込んだ者共は、かねてより成功するタイミングを探していた。魔道に通じる私と治癒に長けたゾエが揃って学校から離れたあの期間は、奴らにとって絶好の機会だったのです」

「それはそうですが、だからと言って、先生が関与していると決めつけるなんて短絡的だ」

「私もそう反論したのだが、役人は聞き入れてくれませんでした」

ルイの指摘はジェロームが既に訴えて却下されていた。正論は通じないのだ。

ぐ、とルイは唇を噛んだ。

「アルノーに、いや、ロラン宰相にゾエ先生を帰してもらうよう頼んでみます」

すぐにもロランの元へ向かおうと踵を返した。

が。

「無駄です。殿下」

ジェロームの無情な言葉がルイを足止めした。

「ゾエが通っていたという王都の薬屋の店主は遺体で発見されました。それで手がかりは途絶えてしまった。政庁としてはわずかなりと容疑をかけられる人物が必要なのです。ゾエはちょうどいい立場だった」


ジェロームは、薬屋で発見された男が身代わりであったとは知らないようだった。ロランからアルノー達に流れる話は機密も混じっている。どこまで事実が広がっているのか、見極めなければならない。

言葉に気をつけねば、と心に留めつつ、ルイはゾエの置かれた立場を考えた。


ゾエは、有力な貴族の出ではない。

憤りをぶつけるに支障のない、魔道庁とは無関係で実家も権力を持たない一介の治癒師。多少理不尽な罪咎で拘束してもどこからも文句は出ない。

「理不尽ではないですか」

「王族貴族の子弟が集う王立学校に侵入を許したのです。その上、奴らはフィリップ王子殿下を狙った。国王陛下の後継と見なされる王子をそれと定めて襲いにいった。この明らかな悪意の主犯を滅さねば、王妃殿下やフォス公爵、多くの貴族はおさまりますまい」

「フィリップは怪我一つしなかったのに?」

「それは結果論になります。王子殿下襲撃を許してしまった、その重い事実の責任を負わせる贄を、内務省は必要としていた」

「首謀者が見つからないから、先生を」

ジェロームは頷いた。

「ロラン宰相閣下といえども、ゾエの潔白を示す証を出せなければ放免することは不可能でしょう」

「──。それでも、何かできることがあるかもしれない。無駄かもしれないけれど、手立てを考えます」

ルイの言葉を聞いても、ジェロームの顔は晴れなかった。諦めの気持ちが強い。それだけ内務省の力は強いのだろう。

それでもルイはやめるつもりはない。ジェロームと別れて、ルイは師二人のいる図書館の書庫に向かった。




───────────────────────



「件の薬屋は、主が消えてて店の中は薬や帳面など、一切合切持ち去られていたそうです。お陰で個人を特定する物品は皆無。ですので取引していた顧客を当たっていますが、こちらも名簿等も残っていない為、進捗は良くありません。遺体が発見された為、関わりを怖れて自ら申し出る者もいない。薬屋には、近隣の店は全く関与していないとか。表向き、強盗として処理して聞き込みをしているが、周辺でも特段話は聞けず手詰まりらしい。捜査する衛兵は魔道関連で怪しいと感じた者を手当たり次第に確保しているが、訊問しても成果は見られない、という次第だ」



アルノー達に相談しても、ゾエを解放する有効な手立ては見つからなかった。事件の捜査、進捗は詳しく教えてもらったが、如何せん、犯人が捕まらない限りは、ゾエを解放する理由はないのが現状だ。

アルノーもジュールも、一応、ロランにも働きかけてみる、と言ってくれたが彼の管轄下ではないらしく、すぐには難しいとされた。

犯人が捕まらない現在、政庁はひどく張りつめている。ピリピリとした空気の中、部署の異なる職員同士の小競り合いまで起きていて、宰相といえど越権行為になりかねない命令は下しにくかった。


このまま、ゾエの勾留は続くのだろうか。


幾度めかの溜め息を落としながら、ルイは白い扉の前に立った。主のいない医療処置室に入るか迷う。

「ちょっといいか」

不意に背中に声をかけられた。振り返ってルイは目を見開いた。

「フィリップ」

弟──第二王子フィリップが壁に凭れてひっそりと佇んでいた。


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