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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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「……何ですか、それは」

「この国の口伝書にあった一節だ。闇市で買った写しだから信憑性はない。だが私の話した聖剣の顕現とあまりにも相似していると思わないか」

「本来、容易には集まらぬ筈の三つの条件が、その場に揃って聖剣は顕れた、と」

「そう。あの時はまさに口伝通りに突然、宙に黒刃の長剣が出現した。そして、我々が見つめるうちにその不思議な力で周りにいた魔物を全て滅してのけた」

「それが、聖剣」

「その後、泉の水を持ち帰る際に、大剣を運びやすくする為、私が石に変えて宝剣の柄に嵌めた」

何しろ、泉から常世の森に至る道は洞穴の細い通路を通らねばならないからな。

そう言うと、泉に至る隘路を知るトマは納得したようだった。

「この時の道行きはあくまでシャルロット殿下をお救いする為のもの。聖剣はあくまで余慶でしかない」

「であるから、これまで秘匿してきたと?」

「いや。王宮に伺候して事の発端から説明申し上げたら、困るお方が出るのではないか」

「──」

トマが表情を消した。

やはり。

ジュールは思う。

トマはこの件には一切関わっていない。だが事後の諸々で、少なくともこの事件の背後にいる人物を察しているのだ。そして、全てが公けになることを望んでいない。

彼と彼の背後にいる勢力が守ろうとする存在。ジュール達が予測していた通り、王妃ナディーヌがあの襲撃の黒幕なのだ。


「まあ、そういうわけで殿下は聖剣を宝剣につけた形でお過ごしであった。だが石となった聖剣は、私の知る限り、その後一度も本来の姿には戻らずにいた。先日の魔物の襲撃まではな」

代わりに周囲に助けとなる者が集っているのは、偶然なのかなんなのか。

ジュールの内の小さな疑念だ。

「話によれば聖剣の石に殿下の血が滴ることで聖剣は出現したとか」

「はい、多くの目撃者の証言も一致しています」

「なるほど。最初の発現には三つの条件が必要だった。だが発現した後は、石に変化させても聖剣と同義であるから、王家の血一つで剣を呼び出せるのか」

石に変じてから初めての顕現だ。ジュールとしても新たな発見に思わず心が弾んだ。

だが固い面持ちを崩さない魔道士長に、話を戻す。

「まあそのようなわけで、ルイ殿下は魔物が現れた危機に聖剣を発現させた。そしてブリュノ将軍の末息子、マクシムは常世の森に同道していた。聖剣の発現の場にも居合わせたから、その威力をよく知っている。故に、先日はルイ殿下の指示で容易く聖剣を操ってみせたのだろう」

話をまとめあげて、これで全てだ、とジュールは口を噤んだ。

「…よく、わかりました」

トマは噛み締めるように

「何か、質問は」

「特には。詳しくご説明いただき、ありがとうございました」

「真実を話したとは限らないがな」

「──。このような時に偽りを作る方とは思っておりません。都合の悪いことは言わぬ、くらいはされましょうが」

「は。よくわかっている」

トマの指摘が正鵠を射すぎていて、ジュールは失笑する。そう、確かに意図的に省略した。大勢に支障はないから嘘はついていない。ただ詳しく話さなかった箇所があるだけ。

そんな説明を、トマはどう受け止めるのか。

「ルイ王子殿下が聖剣を獲た経緯はよくわかりました。本来あった目的を果たすついでにに手に入れた、というのも真実だと」

「それで、お前はどうするつもりだ」

「別に、何も。ルイ王子殿下への聴取は滞りなく行われました。生真面目な担当者は既に報告書も提出している。魔道庁の長として私も査閲しましたが、何ら問題はなかった。この件については、それで終いかと」

するすると。

淀みなく続けて、トマはジュールをまっすぐに見た。

「それがお前の考えか」

「考えも何も。信頼できる部下の報告書をきちんと上にあげる。当たり前のことです」

「そうか。──では、今日のところはこれで終わりか」

「わざわざご足労いただきありがとうございました」

質素な椅子から立ち上がると、ジュールは白く塗り込めた部屋を出た。続いてトマが扉を後にする。



───────────────────────



その瞬間、トマは来るべき衝撃に備えた。身体的は特に響くことはなくとも、記憶への強い術の操作は独特の頭痛や悪寒、疲労感を残す。今まさにそれが襲うと覚悟して身を固くした。


「 」

トマは目を見開いた。

「何をしている」

足が止まったのに気づいてか、先を行くジュールが振り返った。

「いえ、なに、も」

そう絞り出すのが精一杯だった。

「…そうか。行くぞ」

あからさまな取り繕いに表情を変えぬまま、ジュールは踵を翻す。トマは強ばった足を無理やり動かして後を追った。

心は動揺に波打ったままだ。


何かが起きたからではない。

何も起きなかったのだ。


トマは数歩先を歩く背中を見た。こちらの受けた衝撃を知りながら、関知せずの有り様に敗北感を覚える。

前魔道士長が己のはるか上をいく存在と知っていた。

しかし、宮邸襲撃、シャルロット王女の負傷、さらには禁忌の常世の森へ不法に侵入したことなど、ルイ王子と聖剣の関わりを語る上で、あまりに不用意に情報を流しすぎたではないか。

トマが第二王子擁立派のフォス公爵に繋がっていることは、ジュールも百も承知の筈。

だというのに全てを明らかにしながら、トマの記憶を消さない。外の世界に出た今、ジュールの力ならば、白い部屋で語った話を一切なかったことにするのも可能だ。だが彼は為さない。

トマが公爵に告げることはないとわかっているのだ。

塗り込めた部屋で、確かにトマは言った。王宮には既にある創られた内容の報告書をあげる、と。だが自身の後見であるフォス公爵には全てを詳らかにする可能性はあろう。ある筈だ。

しかし、まるでこちらの心を見透かすかのように、彼はトマの記憶を奪わない。

──お前にはできない。

そう言われているかのようだ。

その傲慢ともいえる自信が腹立たしいが、まさに図星を突かれたトマはジュールの手の上で踊るしかない。

何故なら、既に決めていたからだ。

白い部屋で聞いた話はフォス公爵には告げない。魔道庁の誰にも口外しない。己の胸の内に留めると。

記憶を消されると身構えながらも心に期していた覚悟。

しかし肩透かしを食らわされて揺れる心は逆に吹聴する方向に──行かないとまでジュールは読んでいるのだ。

その読みはまさしく当たりだ。トマには語る積もりはない。


白い部屋で、ジュールは最初の頃になんと言ったか。


──お前はその報告を正式なものとして上にあげるべきだな──。


まさにその通り。

ジュール魔道士長の言葉に間違いはない。

結局、ジュールの言葉に従い、初めに派遣された魔道士があげた報告書に沿うのが、一番無難でこれからの国の施策を妨げない最良なのだ。


完全に前魔道士長の手のうちで転がされている。だが自身下した判断がジュールと同じならば、恐らくそれは正しい選択なのだ。

偽りで真実を隠して、無用の争いを避ける。

一国の省庁の長として、嘘をつくのが上手くなったことを祝うべきだった。



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