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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
245/277

229 白の部屋

時系列が前後します


「まさか、このような場に呼ばれるとはな」

「前士長殿は予想がついていたと思いましたが」

ジュールの軽口は、トマの冷え冷えとした声音に叩き落とされた。


ここは魔道庁の奥の奥。漆喰に塗り固められた特殊な一室だ。

「さて。魔道士長殿が私に何やら言いたいことがあるのは、理解しているが」

惚けて言うと、トマは小さく息を吐き、真ん中に置かれた簡素な生木の椅子を指し示した。ジュールが腰を下ろすのを待って向き合った同じ椅子にトマが座る。

「ジュール殿。私は国の大事を扱っているのです。貴方がルイ第一王子殿下に肩入れしているのは承知している。だからといって」

「魔道庁が重責を担っていることはわかっている。特にこのような魔物の事件が起きる世ではな。しかし、広場の塀が崩れていたようだが」

会話を断ち切って、ここに来る途中、見たものについて触れる。一瞬、トマの頬がぎこちなく強ばった。

「とてつもない力の一端があそこで暴れまして」

「…なる程」

先日、聖なる乙女が認定された。その能力の審査に魔道庁が関わったのは周知のことだ。つまり、とジュールは事の顛末を察した。

現世に顕れた聖乙女は非常に力に満ち溢れているらしい。

姿を見たことのない伝説の存在にしばし意識を向ける。と、こほ、と咳払いの音で我に返った。

「横道の話はここまでにしましょう。先日、ルイ殿下に話を伺った件です」

そう。

一昨日、ルイ王子の宮に魔道士が事情聴取の為に訪れた。事前に告げた通り、ジュールはその場に同席して王子の後見をした。その後おまけのようにシャルロット王女も簡易な質問を受けた。

何か問題でも?とジュールは尋ねた。

「殿下を聴取した魔道士は魔道庁に報告をあげたのだろう?」

「ええ。貴方に丸め込まれた、とても見事に整った報告書が提出されました」

「それで」

「改めて当の魔道士を呼び出して詳細を聞きましたが、報告書と一字一句同じ、『刷り込まれた会話』を繰り返すのみで、全く甲斐のない時を費やす羽目になりました」


そうなのだ。

後回しにされていたルイ第一王子への聴取。主に聖剣にまつわる事情を聞くべく派遣された魔道士は、帰庁して証言を取りまとめて報告書を提出した筈だ。

だがその内容はといえば。

「ルイ王子殿下は、宝剣を下げて宮邸の庭で散策していたところ、枝木で腕を刺し、怪我を負われた。その血を吸った第二宝剣がにわかに輝きだし、中空に黒刃の剣が顕れた。驚いた王子殿下はジュール殿を呼びつけ、貴方はそれがナーラ国の伝説の三つの宝の一つ、聖剣と判じた。そして聖剣を石に変えて殿下の護剣である第二宝剣の柄に嵌め込んだ」

ジュールは両手で拍手した。

「再現、お見事。確かにそうだったな」

「ふざけないでいただきたい」

「ふざけてなどいない。ああそう、その出来事があったのは、殿下が十一歳の折だ」

気色ばむトマに、ゆるりと付け加える。

「それも報告書にありました。それと、去年の薬屋が訪問した件も別にまとめられています」

「ああ」

「医療処置室の責任者が不在の間、留守居を任されていたルイ王子の元に、かねてから取引のある薬屋の商人、クロウが注文品の用意ができたと告げに来た。殿下は了承し、学校の受付に荷を預けるよう取り決めた。後日、受付の職員の元に届けられた薬を受け取り処置室で検品をした。薬に誤配等は一切なかった。ただ受付を訪ねた際、藁色の小さな袋を見た、と。職員に尋ねると、薬屋が置いていったものだと告げられた。殿下はそこで新年の縁起物の存在を知った」

「その通りだな」

「…こちらの薬屋の件は問題ありません。元々、殿下を疑う余地はなかった。報告書は清書の後、提出されます。

──私の申し上げたいのは、先程の聖剣獲得の件です」

「トマ魔道士長。お前はそちらの報告も正式なものとして上にあげるべきだな」

「あんなもの。あれが聖剣を獲た真実だと強弁されるおつもりか。こんな穴だらけの疑問の余地がある経過など。全て貴方の術で惑わされたまやかしではないですか」

固い声にジュールは肩を竦めた。

「派遣された魔道士は納得して帰ったぞ」

「当たり前でしょう」

トマの口調がますます冷えたものになる。

「貴方とルイ王子殿下と派遣した魔道士の間でどんな会話があったのか。それは私には知るよしもない。貴方が魔道士の頭の中身を書き換えてしまったのだから」

「そう考えて、この部屋に呼んだのか」

「──ええ」


この部屋──白一色の漆喰に塗り固められたこの窓のない部屋は特別だった。魔道、魔法を司る魔道庁で、唯一()()()()()使()()()()空間なのだ。

この庁舎に出入りする全ての魔道士が魔道に長け、様々な術を駆使する中、代々の魔道士長の術によって強化され網目のように強く張られた、魔法が無効化する部屋。

そこにトマはジュールを招いた。

「宮邸に赴いたのは、若いとはいえ魔道庁に採用された魔道士です。そんな彼が術で記憶を改竄されて違和感に気づくこともない。

つまり貴方は──私の術にかからなかった」

トマは十五年以上前の辞職の記憶を語る。

「あの時、手応えは感じました。だがそう意識する前にわずかなズレがあった。そのズレが、貴方が私に為した術の残滓だったのでしょう。魔道士長を辞する際の、忘却の術は返されてしまった。魔力の削減も同時に失敗した。そうですね?」

──気づいたか。

特に感慨もなくジュールは思った。

トマの忘却術が自身を素通りしたと理解したあの時。ほとんど無意識のうちにトマの感覚を弄っていた。達成感を加味して『成功した』と思わせたのだ。

仕方ない。トマ程優れた魔道士ならいずれわかることだった。意外にも長く保った、それだけのこと。

「それで、お前はどうするつもりだ」

「貴方に、ルイ王子殿下が聖剣を獲た真相を教えていただく。この部屋を出た途端、記憶を消されたとしても、今この時、真実を知りたいというのが、私の正直な思いです」

「知ったとて、後悔すると思うがな」

「その判断も自身がしたいのです」

揺るぎなく言い切る。

後任の魔道士長が実直でありながら、意外にも頑固であったのをジュールは思い出した。

仕方ない。この白の部屋で、余すところなく語ってしまおう。


「ロラン宰相に請われて王宮で遺体を検分したことがあっただろう」

突然、飛んだ話にトマは戸惑って目を泳がせた。

「──。ああ!はい、 随分と前のことですが」

思い当たってか頷いて、ふと気づく。

「ジュール殿は経緯をご存じか」

「むろん。その男をロランの元に『飛ばした』のは私だ」

「それは──それがルイ王子殿下の聖剣獲得に繋がるのですね」

「そうだ。お前が求めたことだ。聞いてもらおうか」


「今から五年程前。ルイ殿下が十一の頃だ。宮邸が襲撃された」

「なんと」

「男が一人、刺客として侵入。ルイ殿下を襲った。その際、シャルロット殿下が重傷を負われた」

「男は」

「仕事を失敗したら死ぬ術をかけられていた。私が駆けつけた時には苦悶のうちに事切れていた」

禁断の下法。苦しみと驚愕に染まった男の顔を、ジュールは覚えている。その男をトマも知っていた。

「それがあの遺体、」

「何者かに依頼を受けた刺客の男だ」

「──」

何者か、にトマが反応を見せる。

遺体をトマに見せた折の話は、ロランに聞いている。あの場にはフォス公爵が現れたというから、ロランと別れた後に何事か事情を聞いた可能性はあった。公爵が首謀者ではないから、全てを知っているとは思えないが。

「とにかく、襲撃は失敗に終わった。だがシャルロット殿下は瀕死の状態で、そのままではお命も危ういと思われた」

「そんな、あ、まさか王女殿下の顔の傷は、その時の?」

先日の事件でシャルロットとも顔を合わせたという。傷は薄く目立たないが、目敏いトマは気づいたのだろう。

「顔から肩にかけて斬られていた。ルイ殿下が必死で治癒魔法を施していたが、失血が多くどうにもならなかった」

「治癒魔法。それで──」

「私は禁忌の手法を採ることにした。常世の森の泉の力、魔力の水を使う。妹殿下を救う為、ルイ殿下も同行した」

「常世の森に。──魔道士長の記憶は定かでいらっしゃる」

歴代の()()()魔道士長しか知り得ぬ王家の秘密。その存在を把握しているジュールは即ち、辞める際に忘却の術から逃れたという証となる。

「皮肉はいい。シャルロット殿下を救う役に立ったのだ。私は後悔していない」

実に、良かった。元気で明るい王女は助かり、お陰でルイ王子の心も壊れずに済んだ。あの王子の健やかな成長を思えば、聖剣は──ただの余禄である。


「森に着いて驚いた。魔道庁の防御があまりに脆く、希薄になっていた」

は、とトマの顔が緊張する。森の管理が疎かになっていたという自覚はあったのだろう。明らかに魔道庁の不手際だ。

「申し訳、ありません」

「それ故、泉の近くにも魔物が巣食い、我らは度々戦う羽目になった」

トマの謝罪を流して話を続ける。

「ルイ殿下をお守りしつつ、な。元々殿下はあまり戦闘向きではない。故に常に後ろにおられたのだが、混戦の中、殿下は泉の淵にまで追い詰められた」

「泉の、淵」

「そうだ。そして私は直接目にしていないが、恐らくその際に宝剣が泉の水を浴びた」

「まさか、それが」

「言い忘れていたが、森に来る前、シャルロット殿下を懸命に介抱していたルイ殿下は、妹君の血に塗れていた。もちろん着替えてから森へ向かったのだが、宝剣についた血は完全には拭い切れていなかった」

「──王家の血、そして魔力の水。そういうことですか」

トマが震える声で尋ねた。ジュールはそれに答えず、とある詞を諳じた。


「第二宝剣は聖なる宝──闇裂く光剣を導く鍵なり。 柄頭にある石留の窪みに王家の血が捧げられ、常世の森の秘匿の泉に湛えられし聖魔の力を浴びた時、剣は闇を裂いて現れる」



228の前半と後半の間、冬休みの話です。

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