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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
242/277

226 認定


「ようこそ、おいでくださいました」

王宮の一角、立地では南の端に位置する建物に連れてこられたコレットは、そこで客間のような部屋に通された。こちらで、と案内役の魔道士に簡素な椅子を勧められ、大人しく腰を下ろす。そうして待つ程もなく現れたのは暗い色のローブをまとった中年の男だった。

あの折、学校のホールで見かけた魔道士。恐らく魔道庁の長、魔道士長トマだろう。

「私は、魔道士長のトマと申します。この建物は魔道庁、魔法に関する件を扱います」

なるほど、とコレットは思う。

王国の中枢といえど、役所の一つだから実用的で余計な飾りは省かれているのだ。豪華な宮殿の謁見の間、などという場でなくてコレットはほっとした。

「まず、こちらで貴女の魔力の量と適性を確認させていただく。それが終わったら、失礼ながら素性をお伺いする」

「はい」

この辺りの細かい描写はゲームでは飛ばされていたので新鮮だ。コレットは神妙に手順を聞く。

「ここまでで貴女が特別な力の持ち主かは判断できます。ただ、それ以外にも審議が残っています。これは私達の管轄ではありません。その後は別の方々が貴女に会われます」

「偉い人達ですか」

コレットの問いにトマは微笑んだ。

「はい。内務省の儀典局の長、それから、宰相のロラン閣下です」

「あの、私なんかを王宮に呼ぶことに、反対する人達っていなかったのでしょうか」

ここまでスムーズなのがある意味怖くもある。いわゆる、ぽっと出の平民風情が~云々と聖なる乙女の存在を否定する有力貴族というお約束の勢力はいないのか。

「ああ。さすがに主だった貴族の子女が皆、貴女の力を目の当たりにしています。並外れた能力は、むしろ『特別な何か』に組分けできた方が人は安心するものです」

「私の場合は、聖なる乙女、ですか」

「はい。見知らぬ少女が理由もなく誰よりも優れているよりも、この国の聖乙女という存在だから、と決定されれば楽なのです。改めて対応を考えられますので」


なる程。

この世界を変えかねない強い力を持つヒロイン。既に魔物襲撃の際、その一端を知った彼らは、異議を唱えるのをやめ、地位が確定するのを静かに待っているのか。

つまりは、これでコレットがただの馬の骨であったら容赦なく叩き潰すのだろう。

実際はそうならないと知ってはいるが、上流世界の澱み具合に触れたようで、あまり良い気はしない。そういう世界の真ん中に今、自分はいるのだ。

しかもゲームの特別枠は、この世界では保証の限りではない。

コレットは、ぶるりと身を震わせた。




待つ程もなく、部屋にローブ姿の男が十人程、入ってきた。

二つに分かれた集団の先頭に立つのは、トマより少し年嵩の灰色の髪の男と、若い焦げ茶の髪の男。全員が魔道士だ。

「こちらの者達が貴女を精査します。大勢で申し訳ありません。確認には指定の人数の評価が必要なので」

評価。

誰か一人の判断で聖なる乙女とは認められない、と。まあ当然だ。

「こちらの者が魔力の多寡をみます。彼の後ろの者達も同じです」

灰色の髪の男が一礼する。

「そしてこの者達が貴女の魔力の適性を測ります。それぞれに視やすい魔法が違いますが、総合的に観察します」

焦げ茶の男が頭を下げ、後ろの者達もそれに倣う。

「それで、本日中に力について確認したいのですが、診断には、貴女に魔力を放出していただくことになる。かなり体力を使うので、少しお休みになってから行いましょう。休憩はここで、」

「必要ありません」

コレットはきっぱりと言った。

トマがおや、と眉をあげた。

「寮から王宮までいらしてお疲れでは」

「平気です。それより、せっかく集まっていただいたんですから、すぐにやりませんか」

こんな大勢がコレットの為に待機している。そう思うと多分、落ち着かない。さっさと済ませてしまってから、休むなり倒れるなりしたい。

ふ、とトマが笑った。

「わかりました。それではこれから行いましょう。魔力を使うので場所だけは移動します」


ぐるりと高い塀に囲われた広場にコレットは佇んでいた。魔道庁の敷地にこのような場所があるとは思いもしなかった。そこは広く空は見えているが、強く意識すれば塀から上を遮蔽の術が幾重にもかけられて、ドームのように覆っているのがわかった。ここは、外でありながら外ではない。魔法で天井に幕をかけられた空間なのだ。

「では、コレット様。少々大変ですが、魔力をあちらの的に向けて放ってください」

広場の反対側、塀の手前に簡易な的が設置されていた。こちらからだと距離のせいで小さく見えるが、実際はかなり大きいのだろう。あれ目掛けて魔力を放て、と言う。

「全力でなくとも構いません。ご自身の力を解放する心地で放出させて」

コレットは、ふっと全身の力を抜いた。それから、心を落ち着かせて気を中心に溜める。

「ふっ」

口から洩れたのは一つの呼気。それが合図であったかのように、次の瞬間、コレットは体の内にある力を解き放った。



───────────────────────



「お疲れ様でございました」

「いえ。あの、大丈夫でしょうか」

トマの労いが空々しく感じるのは、己の罪悪感のせいか。

コレットの問いに、トマは何でもないように首を振った。

「すぐにコレット様が遮蔽魔法を張り直してくださったので、大事ないかと。既に修復の依頼を政庁にあげるよう下の者に通達済みです」

「──すみません」

コレットの放った力は、的を瞬時に消滅させた。それだけでなく、広場の塀を破砕し、魔道庁の敷地を突き抜けて王宮を囲う壁に大きな穴を穿っていた。

コレットは、破砕した音の凄まじさに身を竦めた。それから、粉塵が静まった後に見えた惨状に呆然とした。

力を測る為に広場に点在していた魔道士達は、身を庇う暇もなく立ち尽くしていた。

その姿に目をやって、コレットは慌てて動いた。彼らの向こう、塀が壊れた先に景色が見えたのだ。


──これはいけない。


とっさに遮蔽術を放ったのは、自分の不始末をなんとかしたかったから。崩れた塀、消えた魔法の膜をべたべたと術で覆い隠す。

そうこうしているうちに、我に返った魔道士達が被害の状況を確認したり、塀の崩壊をとどめる術を放ち始めた。当初の予定通り、コレットの魔法痕を見極める者もいた。さらには、別の場所で轟音と衝撃を感じた魔道士達が駆けつけて、広場は騒然となった。

混乱する現場に、トマは後の始末を魔道士達に命じると、急いでコレットを屋内に避難させた。

最初に通された客間でトマに勧められるまま、椅子に座らされて。

身を縮めてコレットはトマを見上げた。

「テストは、やり直しですか」

「いいえ」

「でも、私、失敗しましたよね」

「そんなことありません。貴女のお力はよくわかりました。とんでもない、いや失礼。素晴らしい力をお持ちだ。しかもあの強さでありながら、全力ではない、ですね?」

「はい、多分」

「内にある力の一端を解放しただけ。その結果が、あの様です」

言い当てられてコレットは驚いた。そういえば、トマは広場ではすぐ傍らに立っていた。聖なる乙女の力を測る者達とは別に、彼自身、コレットを観察していたのかもしれない。

「あの力だけで充分、聖乙女の認定に足りる。しかも放たれた力のほとんどが光にまつわるもの」

──しっかりと注視されていた。

「今、あそこで精査している者達も同じ結論に達すると思いますが」

にこりと笑まれて、コレットは答えようもない。

「コレット・モニエは聖なる乙女に相応しい力を有している」

すい、とトマが告げる。

「宰相閣下にはこう申し上げるつもりです」

「ありがとう、ございます?」

自分が聖なる乙女と認められることは最初からわかっていた。だがこんなやらかしの末に認定されるとは考えもしなかった。

「とにかく、今日の予定はこれでお仕舞いです。明日、儀典局の長と宰相閣下と面談となります。部屋を用意しますので、コレット様はゆっくりおやすみください」

先程のアレで魔道庁の審議は合格となる。トマがこの結果を上に報告して、明日の予定が決まるのだろう。

ひとまず、課題をクリアしたというわけだ。安堵したコレットは、ひとつやり残したことを思い出した。

明日は魔道庁から別の役所に行くことになる。魔道のこと、知りたいことを聞くなら今しかなかった。



「あの。知っていたら教えて欲しいんですが」

「なんでしょう」

トマは穏やかに返した。それに力を得て、コレットは思い切って尋ねた。

「ルイ王子、殿下が出した聖剣。あれってどこから現れたんでしょう」

「その場で見ておられたのでは」

「私、背中を向けていたので。その瞬間は見ていないんです」

「ああ。コレット様は魔の通り道を塞いでおられたのでしたね」

ゆっくりと頷いて、トマは答えをくれた。

「殿下の腰にある宝剣。第二宝剣ですが、こちらの柄に丸く石に変えて嵌め込まれていました」

「そんなこと、できるんですか」

ゲームではなかった設定だ。

「優れた魔道師ならば。先代の魔道士長、ジュールというのですが、彼がどうやら殿下の御為に術をかけたようです」

「──」

ジュールが。ここで出てくるのか。

コレットの頭の中で目まぐるしく情報が錯綜する。ゲームの知識と、この世界のリアルと。


「コレット様?」

「ああ、いえ。ジュール、様?とは存じ上げないので」

この世界では。と注意深くコレットは唱える。こちらでの私の知識、経験の範疇で考えなくてはいけない。ゲームの設定はないものとしなければ。

そんなこちらの気持ちには気づかず、トマはああ、と話し出した。

「そうですね。もうずいぶん前に引退した方です。ただ、とても優れた魔道師でした。空恐ろしい程の力を持っていて国王陛下の信頼も篤かった」

「お仕事は辞めたのですよね。なのにルイ王子とお知り合いなんですか」

白々しく聞いてみる。

「ええ。引退後に交流を持ったようです」

「それで、王子が聖剣を手に入れた時に、石に変えて宝剣に嵌めたのでしょうか」

「はい。どうやらルイ殿下が聖剣を獲たのはずいぶんと前の時分らしいのです」

「前…。まさか、ルイ王子が子供の頃ですか」

コレットは驚いて尋ねた。

「殿下ご本人に確認したわけではありません。ただ恐らく、数年は前ではないかと私は想定しています。ルイ殿下が聖剣を持ち歩けない程のお姿であった、と」

「だから石に変えて持ち運んだ」

「ではないか、と。そうなると、聖剣を獲た折にジュール魔道師も居合わせたことになりますが」

「え、」

淡々とした話の中で、聖剣の取得について聞き捨てならない言葉を聞いた。コレットは目を見開いた。

「あくまで、私の想像ですよ」

だがトマはそう付け加えて、コレットの追求を封じてしまった。



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