23 ダンス
明るい日が射し込むホールで、シャルロットの手を取り前へ一歩踏み出す。胸を張り顎を引いて姿勢を意識して綺麗に立った。
「ルイ様、よろしいです。シャル様はきょろきょろしない」
クレアの声が飛ぶ。
もはや日常と化したダンスのレッスン。
始めた当初は、ホールに立っても全身駄目出しされて動きを覚えるどころではなかった。クレアに指摘された箇所を一つずつ直し、なんとか見られる立ち姿をできるようになった時は嬉しかった。ステップを教えられてきちんと踏めるようになると、兄妹で組まされた。
それからも至難は続いた。
クレアの指示通りを懸命にこなそうとするルイと持ち前の勘の良さで跳ねるように踊るシャルロットは、正直息が合うとは言えなかった。それでも根気よく呼吸を合わせ、間合いをはかり、二人で踊る練習を重ねた。
時にシャルロットが癇癪を起こしてその場から脱走し、タイミングが合わないことに我慢ができず、お互いのズレを指摘して言い合いになったり。普段はそれほどぶつからないルイとシャルロットが喧嘩のような攻防を繰り広げるのは、このレッスンの時だけだった。
既に組んで半年以上も厳しく指導されたので、シャルロットをホールドするのも慣れたものだ。背丈はほぼ同じ。それがダンスの相手として良いのか悪いのか。組む相手を他に知らないからわからないが、弾むシャルロットを上手く遊ばせつつリードするのも慣れた。シャルロットも正確だが生真面目すぎるリードに従いながら、怒られない程度に跳ねたり伸びたりするタイミングを取る。お互いの特性を承知で自分のペースを維持する。
クレアの手拍子に合わせてステップを踏む。幾度も練習した慣れた動きで、ルイもシャルロットも余裕があった。
くるり、とルイの腕の中でシャルロットが回る。離れた体をふわりと受け止めた。
至近で向かい合ったシャルロットが、ルイを見上げて笑った。
「ルイの髪、きらきらしてとっても綺麗!」
「!」
パートナーを放り出し、わしっ、とルイは両脇の髪を掴んで押さえつけた。
「そういうの、やめて」
「なんで。綺麗だもん」
「嬉しくないよ、普通」
男だし。
シャルロットと同じ、肩につかない程度に伸ばしているだけだ。普通なら自分がシャルを褒めるところだろう。確かにホールの窓からの日差しを受けて髪が光を弾いてひかってるのだから。
だがルイ自身は外見については拘りがない。鏡を見ても、過去の黒髪さっぱりめの容姿とかけ離れている、という気持ちしか持たない。
なのでシャルロットにいろいろ言われるのは気恥ずかしかった。
「切っちゃおうかな」
「絶対駄目!」
思いついて口にすると、食い気味に止められた。
「でも男なんだし。もっと短くてもいいよね?クレア」
突如始まった言い合いにダンス指導が宙ぶらりんで佇んでいたクレアは、ルイに振られて言葉に詰まる。
「え、あー」
シャルロットが大きな目を見開いてぐっとねめつけた。無言だが強烈な圧に、クレアは誤魔化すように小さく笑った。
「まあ。男子でもこのくらいの長さは一般的だと思います。短いのは軍人、騎士の方々が多いですし」
「ほらあ!クレアも言ってる。そのくらいの髪の長さ、普通だってば」
「えー。長いよ」
生前の記憶、常識では、男で肩くらいまで髪がひらひらしてるのはあまりない。
「普通。そのままでいいよ」
それでも一生懸命なシャルロットに、ルイは折れた。どうしてもシャルには弱い。
「わかったよ。じゃあもう髪のことでからかわないで」
「からかったんじゃないんだけどな」
念押しに口を尖らせたシャルロットをきつく睨む。ルイの本気を感じ取ってシャルロットは慌てた。取って置きの上目遣いで懇願する。
「ごめん。もう言わない。絶対言わないから。ダンスの続きしよう?」
「──」
気にしなければ問題ないか。
そう結論づけて、ルイは再開した手拍子に集中し直した。シャルロットの腰を抱き、音に合わせてステップを踏む。
髪はそのまま、シャルロットと同じ長さが維持された。




