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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
238/278

222 婚約者


皆が聖なる乙女に注目する中、第一王子の動きに強い危機感を抱いた勢力もいた。

第二王子支持派、王妃に連なる大貴族の面々だ。

こちらにとっては聖なる乙女『など』後回しに考えるべきであった。

忌まわしい魔物に襲われたフィリップ王子の無事を喜んだのも束の間。想定外のルイの活躍に、表に立つことはなくとも暗い感情で心は満たされ、状況を深刻に捉えたのだ。

彼らは学校に在籍中の子らから詳細を聞き出し、役所に伝のある者は王宮と政庁の動向を探ろうと躍起になった。そうして不安を抱えて、派閥の中心となるフォス公爵の元に集ったのだ。


元々、国王の不例から新年祝賀の類いは全て中止の筈だった。

敢えて王立学校のパーティーのみ開催したのは、フィリップ王子の権威を同世代の貴族子女に知らしめる為。

だというのに、結果は大切な王子の身を危険に晒し、政敵である双子の王子王女に守られるという不名誉を被った。

フィリップ王子が無事であったのは幸いだが、第一王子が王女と共に活躍してしまった。

全校生徒の見守る中で起きた出来事だ。人の口に戸は立てられぬ。

第一王子の人望は密かにあがる。


それだけでも認めがたいというのに。

第一王子がナーラ王国伝説の宝物の一、聖なる大剣を得ているという事実が判明した。

第二王子擁立派が受けた衝撃は大きかった。

伝説にある宝などお伽噺の類いである。だがそれが現実のものとなれば、忽ち大きな権威、王国を担う者の象徴となる。

それが、第一王子の手にあった。

ただ我が物にしているだけではない。第二王子が魔物に狙われている危機、騎士や魔道士が不在の状況下での脅威を、聖剣の力を行使して払ってのけた。

それは皆の目に、国を救った英雄に映った。


これは良くない。許されない兆候だ。



さらに。彼らの仰ぐ今一つの旗印に気がかりが生じた。

「それで、妃殿下はいかがされておられましょうや」

恐る恐る、と伺いを立てた貴族は、フォス公爵の眉間の皺が深く刻まれたのを見て戦慄した。しかし、ここは公爵の機嫌を損ねても確かめておかねばならない勘所だ。

そんな貴族達の空気を感じ取ったのか。

フォス公爵は苦々しさを滲ませて語った。

「妃殿下には全て申し上げた。貴族達皆周知のこと、さすがに隠しおおせることでもないからな。だが話をするうちにご様子に異変が生じてな。あの雛が聖剣を発現させて魔を退けた、と話したところで遂には発作を起こして昏倒された。それ故、面会は中途で終わらざるを得なかった」

唯一の息子、フィリップ王子が陥った状況を鑑みれば、王妃ナディーヌの狂乱も致し方ないかもしれぬ。しかし、彼らにとってはさらなる悪材料だ。

「以来、お目通りは許されぬ。何か確たるもの、フィリップ殿下の御為になる成果を捧げねば、妃殿下の快復は難しかろうよ」


フィリップ王子はルイ王子に後れを取り、王に影響を与えられる王妃は表に出ることも叶わず。


魔道庁の防御壁を通り抜けて王子に手を伸ばす強大な魔物が現れた危機的状況。だがフォス公爵の権力を恃む貴族達にとっては、『そんなこと』よりはるかに看過し得ぬ大事であった。


フィリップ王子に、第一王子より強く輝く権威を持たせなければならない。聖剣より上に立つ何かを付与させねば。

そうして皆がそこに行き着いたのは、至極当然の成り行きだった。

ちょうど、魔道庁の中で公爵に阿る者から詳報がもたらされた。その好都合な事実に、彼らの総意は固まった。


聖なる乙女を『こちら側』に取り込む。


それが彼らの至上命題となったのだ。



───────────────────────



「ミレーユ」

父であるアンベール侯爵は呼び出した娘を前に、苦り切った面持ちを隠せぬままその名を呼んだ。

「はい、お父様」

愛娘に甘い侯爵が笑顔もなく話があるという。それだけでこれから父が語る内容が予測できるというものだ。

自分にとって歓迎できぬ、指示。

「お前にしかできぬことだ」


それは半ば予想していた、いや覚悟していたと言うべきか。

聖なる乙女とおぼしきコレット・モニエ。

未だ王宮の公式な認定はされていないが、誰もが『そう』であると感じていた。

そんな特別な彼女を第二王子の支持者、支援者とする。王国の伝説の乙女が後継としてフィリップを推すならば、第一王子が聖剣の保持者であろうとこちらの勝ちだ。

だが彼女を引き込むには、それなりの処遇を与えねばならなかった。

コレット・モニエをフィリップの婚約者とし、将来の王妃の座を確約する。

それがフォス公爵以下、第二王子擁立派の下した結論だった。

それには、現婚約者にはその立場を降りてもらわねばならぬ。


父から指示されたのは、フィリップとの婚約の破棄、自ら辞退を申し出るというもの。

ミレーユはいつの間にか下を向いていた顔をあげた。

「私は殿下の第二妃でも気にしません」

「ミレーユ!」

「陛下もエルザ様がおられました」

「エルザ妃とお前は違う!」

娘の思いもかけない抵抗に、侯爵は反射的に断じた。だがそこではっとしたように視線をさ迷わせる。それから、言い訳のように言葉を継いだ。

「いや。伯爵家の者はいざ知らず。侯爵家の娘を、側室になどさせられるものか」

「──」

ふ、とミレーユは笑いたくなった。父の言えずに飲み込んだ真実が手に取るようにわかったからだ。


そう。エルザ様と私は違う。側室であろうと誰よりも陛下に愛された方と、家格で決めた婚約者では同じになりようがない。

聖なる乙女がフィリップの妃になったら、自分は側にいてもいないと同じ。


それでも。


ミレーユは父にわからぬように唇の内を噛み締めた。

フィリップから離れることは考えられなかった。

幼い頃からの刷り込み?決められた道を辿ることを良しとする家の圧力?

そうと理解していても、まともに顔を合わせられる程になった今の近しさを、捨てたくないのだ。側にいて、冷たく固い顔がほのかに和らぐのを見るのが嬉しいだなんて、なんて愚かなのか。

長い間、会話すら成り立たなかった関係だ。今更、ぽつぽつと話ができるようになったからとて何になる。そう切り捨てられたら簡単だ。なのにそれができない。

あちらはミレーユとの時間は義務感で応じているだけだ。

この間は、魔物から庇ってくれたけれど。それもフィリップの王子としての寛容さの表れ。

ただ、ミレーユはとても嬉しかった。恐ろしい魔物に対する恐怖を一瞬、忘れる程、心が跳ねた。だからどうだ、というものでもない。本当のことはわからない。

だが今、離れよと命じられて正直な気持ちを形にすれば。

完璧な令嬢の皮を投げ捨てても、側にいたかった。



父には否定され、許されなかったそれ。

殿下に先に願い出たなら許されるかもしれない。

婚約辞退という侯爵家の決定は、第二王子擁立派の総意であり、ミレーユ個人の意志が入り込む余地はない。

ならばフィリップを動かすしかなかった。


私はアンベール侯爵令嬢。

手元に置けば父は逆らえぬ。そうした計算がつかぬ殿下ではない。

ただ、王子が打算で動いてくれるか、そこが問題だった。第二王子はその振る舞いからひどく冷たく思われるが、必要以上には非情ではない。私を側室として遇することに躊躇われるかもしれない。

それでも、何としても選んでいただかなくては。

ミレーユは強く願った。


ただの家柄で決められただけの繋がりでも。私にはフィリップ殿下の元にしか居場所はないのだ。


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