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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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王立図書館の書庫は、厳重に遮音された。ジュールをして三回、術が重ねられ万一にも外から話を聞かれぬようにとの配慮だった。

高い天井まで続く本の層。それを背にしてルイはアルノーとジュールに向き合う。

語る内容は魔物の襲撃について。彼らが入手しているであろう、機密となる捜査の現状だ。


それで、と続きを促すと、ジュールが語ってくれた。

「幾度も考え、魔術の痕跡を魔物の動きを精査しました。結論は同じです」

「じゃあ誰かが、どこかの魔道師が魔物を操って学校を襲わせたってこと?そんなこと出来るのか」

「我々には考えられないことですが、恐らく」

「そんな…」

「しかも、学校という大まかな場所を的にしたのではない。仮にその魔道師、または力を持つ勢力を『敵』と称しますが。敵の彼らは学校の新年パーティの最中に合わせて魔物を使役して襲撃させただけではなく、魔物の攻撃対象をフィリップ殿下と定めて、過たず狙わせていた」

標的はフィリップただ一人。それは端で見ていても明らかだった。ルイ自身、全ての魔物が弟を狙うのを目の当たりにした。

しかし、それが何者かの仕業だとしたら。

「そこまで自在に魔物を手懐けている、と?」

「もしくは強力な魔力で意思を曲げて動かしているのではないかと」

「誰がそんな」

「わかりません。ただ、外部から訪問者があったとのことでそちらを調べているようです」

「訪問者」

「ルイ殿下が会われているそうじゃがの」

「え」

さらりとアルノーに言われて、どきり、とした。

外の見知らぬ不審者など、心当たりはない…。

「まさか」

「医療処置室を訪ねてきた商人がいたそうだが」

「──!」

ルイは愕然とした。そこまで限定されてしまったら、勘違いはあり得ない。

「そんな。処置室に薬を届けに来た人なのに?」

しかも飛び込みではなく、以前からゾエと取り引きがある、信用のおける薬屋だ。

「きちんと確認したけれど、薬は注文通りだったし、それも事前にゾエ先生が頼んだ品で、おかしなところなんてなかった、筈」

記憶を探るが、あの男──確か、クロウだ──は本当に、まっとうな商売人のようだった。まっとうで、頭の回転の早い、

「薬を届けに来た、それだけではなかったようなのだ」

「どういうこと──」


「うむ、薬屋としては商売はまともで扱う品も有効性の高い良品じゃったそうだ。ただの、」

「薬を届けに来た際に、いろいろと策謀をしていった」

「それが、あの事件に繋がるってこと?」

「そうなるのう」

「どんなことを仕掛けたか、二人は知っているの」

「まず、受付の職員と警備の兵を無力化した」

「あ──」

マクシムの言っていたことだ。校門の受付の二人が倒れていて、警備兵は人数が足りなかった。その原因が、薬屋にある?

ルイは続きを待った。

「意識の戻った職員に訊ねたところ、薬屋が置いていった甘味が原因だった」

「大量に配ったのも、校内で広くばらまく為であったようじゃな」

「──」

「ルイ殿下、いかがした」

「どうした」

「飴、だ。新年の縁起物の」

ルイは呟いた。

「知っているのか?」

「薬を取りに行った時、受付で見た。藁色の布袋に入ったのを。たくさん貰ったって言ってた」

「それで」

「分けてくれようとしたけど、断って。ただその時、飴の説明と、年明けに食べるって話をした」

ジュールとアルノーが頷き合う。

「それです。受付の職員は貰い物を警備兵の詰所にも配った。純粋に好意からのものでした。そして巷でも売っている品なので、皆、不審がるでもなくお決まり通りに新年に口にした。だがこの飴は、そこら辺で売っているものとは中身が違った」

「──」

「私もロランからいくつか横流しされて確認したが」

さらりと宰相閣下の不正を暴露されたが、ルイはそれどころではない。


「一般に売られている飴の成分と似てはいる。味は遜色ない。むしろ高価な蜂蜜が使われている為、甘みが強く美味かもしれない。だがそれは効能を誤魔化す為のもの」

「効能」

「元々の飴も、高揚感を与えたりするのですが、こちらはその作用がより強く、酩酊感が長く続く。だがそれは一つだけ食した場合だ」

「小さい飴じゃからの。自然、二つ、三つと口に入れるんじゃ」

「いくつも食べると、どうなるんだ」

「まず、酩酊が強くなり、注意力が落ちる。この成分が特殊だ。特に、魔を魔と認識しない。つまり、敵と見なくなる」

「それって──」

まさにマクシムが指摘していた、ホールの警備兵の有り様だ。鈍い動きは、魔の蛇を前にして剣を振るうのを躊躇っていたのだ。

「さらに食べると意識の混濁、そして昏倒に至る。受付の者達が倒れていたのは、そういうわけだ」

「ホールの兵が少なかったのも?」

「ああ。何人も倒れてしまって人が足りなかったらしい」

何てことだ。あのかわいらしい袋に入っていたものがそんな効力を持っていたとは。

「そんな仕掛けをしてたなんて」

「飴の危険に気づいていた兵がいたようだが、その者は当番ではなくてな。彼の注意は無視された。まあ、得てして耳に痛い忠告は嫌がられるものだ」

その者は、平民だが魔力に敏いという。逆にそれが他の兵が忌避した所以らしい。

「王都で評判の薬屋というのは伊達ではなかったようだ。あの小さな飴にそれだけの効果を盛り込むとはな。しかし、薬屋の仕込みはまだあった」


「何をしたんだ」

「薬を運び込む際に、男を一人、密かに学校に送り込んだ」

「ホールで自死した者がいたそうじゃが、そやつだの」

「あの男が?」

「ああ。薬を運んだ時に入り込んだようだ。受付では二人と認識されていたが実際に訪れたのは三人。そして薬を置いて帰ったのは二人。つまり一人はそのまま校内に留まった」

「──目眩ましの魔法」

「そうだ。魔道庁が調べると、受付の職員二人、それから校内の下働きの者に術の痕跡があった」

「ホールで死んだ男は、どうも使用人に紛れていたようじゃ。そして、パーティーのタイミングで魔物の通り道を出現させたと見られている」

高度な魔術の遣い手だ。

「空間を繋ぐ術に長けていたのじゃな。かなりの腕前がもったいない」

「アルノー」

軽口を叩くアルノーをジュールが睨んだ。

「怖い怖い。ま、そういうわけで魔道庁の調査で、まず薬屋が事件の関係者なのは確実となっての。翌日には魔道士と衛兵が薬屋を押さえに行ったのじゃ」

「だが店舗はもぬけの殻。一人の男の遺体が残されていた」

「それって」

考えもしない展開だ。ルイは恐る恐る尋ねた。

「殺されたのは店主で、店内の貴重品、薬や薬草などの材料、書類関係、金品等全てが消えていたので、衛兵が物取りの仕業と断定して、王都の警備隊に後処理を任せた」

そんな馬鹿な、と言いかけたところにジュールの声が被さる。

「もちろん、全てはまやかしだ」

「──」


「学校の襲撃は表沙汰にされていない。校内にいた者──貴族には知れ渡っているが、民には秘している。王子が魔物に襲われたなどと、発表できないからな。だから、薬屋の件も表向き強盗にあった、として終わらせた」

だが裏では真犯人を追っている。

「死んだのは薬屋の主ではない。素性はまだ割れていないが町の者らしい。つまりは真犯人──薬屋は、店舗の目ぼしいものを抱え、身代わりの遺体を残して消えた。今、政庁はその後を全力で追っているそうだが、未だ行方は掴めていない」

そこまで調べが進んでいたなんて、ルイは全く知らなかった。

しかし。


「俺は?薬屋とやり取りしたのは俺なのに、魔道庁は何も聞いてこなかった」

事件の直後、現場となったホールでトマが治癒魔法や聖剣について尋ねたきりだ。

「ああ。殿下が接触したことは、当然魔道庁も政庁も把握しています。ですがさすがに王子殿下に疑いをかける者はいなかった」

「第二王子派は疑いたかったじゃろうがのう」

「さすがの奴らも、ルイ殿下が聖剣を顕現させて魔物に立ち向かった事実を前に、沈黙するしかなかったな」

悪い笑みを浮かべたアルノーに、ジュールも唇をつり上げる。

「…聖剣を使って良かったってことかな」

「はい。お陰で余計な回り道をせず、薬屋を疑うことができました。校内でいろいろと工作したのが薬を運んできた者達、と早い段階で断定できたのは幸いでした」

「でも。ごめん、聖剣を石に変えて宝剣にくっつけたのはジュールだって、トマ魔道士長に言っちゃったんだ」

「ああ。構いません。いつかバレることですから」

けろりと言い放つジュールは本当にそう思っているようで、頼りになるが恐ろしくもある。


現魔道士長トマも、確かな実力の持ち主で頭も切れる。ルイにしてみれば口先だけで誤魔化せない、なかなかに油断のならない人物である。そんなトマに重大な秘密を知られてしまったのだ。少し不安になりはしないのか。

「もしかして。いざとなったら記憶封じでもするつもり?」

「必要ならば」

軽い気持ちで口にしたそれにいとも容易く頷かれて、ルイは天を仰いだ。

攻略対象者ではないのかもしれないが、ジュールが非常に手強いのは間違いない。



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