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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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214


裏通りの薬屋が事件に巻き込まれたのは、突然の事だった。


出入りの商人が訪れた日、早仕舞いとは珍しい、と人々が噂したのだが、翌朝に異変があった。

店の棚一杯にあった薬や薬草、書類の一切が持ち去られ、床に男が一人、冷たくなっていた。死んだ男は薬屋の店主だという。閉まったままの店の異常が早々に判明したのは、昼前に王宮の兵達が群れをなして薬屋に押し入った為である。

何事か事件の手掛かりを探して来たらしい彼らは、応答がないことに業を煮やして突入した。そうして店内に足を踏み入れた彼らが見たものは、空の棚と恐怖に顔を歪ませた男の遺体であった。

裏通りの人々が兵から漏れ聞いたのは、死んだのは店の主で恐らく朝には既に息絶えていただろうとのこと。店の中が空っぽであったことから、物取りの仕業ではないかと疑われて捜索が始まるという。

物見高く通りに出ていた人々は、犯人はまだ逃亡中であるから、皆々戸締まりをしっかりとして不審な者に気をつけるようと言い渡された。


何故、こんな裏店に王宮の兵が大勢でやってきたのか、と疑問に思った者もいたが、布にくるまれて運び出される遺体に些細な違和感は消え失せた。

兵には店主の人となりや店の様子、客筋など問われるがまま、皆語った。ただ専門性の高い顧客が主であったので、隣近所に店を構えていても実態はわからないのが正直な話だった。

ここの薬は効くと評判であったから、これを目当てに押し入ったのかも、などと兵に己の見立てを告げて満足する者もいた。

人々が話しかけても丁寧に応える兵達は、しかし遺体の確認などは求めてこなかった。

店内を時間をかけて隅々まで調べあげると、彼らは仲間の一人を見張りとして残し、この場を後にした。



───────────────────────



廃屋の主の元に、巷で衛兵に血眼になって捜されている薬屋出入りの商人──クロウが夜半、ひっそりと訪れた。


「この度は、ご助力いただいたというのに事は成らず」

「まさか、聖剣を王子が得ているとは思わなかった」

「宝玉の行方を追っていて、そちらの捜索を怠っておりました。まさか既に手に入れた者がいるとも思わず」

「王子は…外腹の方か。王位に近づく為に宝を我が物にしたのか」

廃屋の主は明らかになった情報に己の憶測を加える。

「さて、それは」

王家が表に出さない、後ろ楯もない側室の子と、価値のないものとして数に入れてなかった。故にこの王子については最低限の出自程度しか知らない。故にまだ判断はつかないでいる。

だがこの国を左右する宝の一つを手に入れているならば、その存在の重みは一気に増す。


「宝を己が野心に利用する俗物ならば、こちらに与しやすかろう」

男の言葉にクロウは頷くことはできなかった。一度会っただけだが、そういった単純な思考の持ち主には思えない。

「そうとも断定できません。偶然手にしたということも有り得るのでは」

「馬鹿な。わざわざ聖剣を石に変えて密かに持ち歩いていたというではないか。なのに王宮の政庁も、王子が宝を得ていた、聖剣が現れていたと知ったのは此度の件でという。つまりは、あの王子は聖剣を得ても素知らぬ風で時を過ごしていたということよ。何事か、腹に抱えているからに他ならぬ」

「予断を持たずに調べていただきたい」

先の事件で起こった現象、対象の王子以外にも魔物と対峙した生徒、王女、聖剣を発現させた王子、そして全てを終わらせたという女生徒の大いなる力。

それぞれがあの方の宿願の障壁になる。

しかしあまりに情報が少ない。

故にあの方は、今の段階ではただできるだけ正確な材料を集めることに力を注げ、と命じた。

──常に俯瞰で物事を見ることの出来る方だ。彼の方程に感銘を受ける存在を、自分は知らない。

事を起こして失敗に終わって尚、クロウのアントンへの忠心はより強くなる。


「第一王子について探るよう、あの方が望んでおります。それから、聖剣を実際に振るった生徒のことも。得た情報によると顕現した剣を迷いもなく使いこなしたとか。ただ者ではありませぬ。今後の障害になるやもしれぬと、あの方はご懸念されてます」

「女子生徒の方は」

「そちらもお願いします。王宮では慎重に見極めると思います。何しろ、聖剣よりもある意味、国を左右する偉大な存在です。もし本物とすれば、彼らは囲い込みに躍起になる」


クロウは今しばらく表には出られない。王都の町はもちろん、王立学校でも顔を見られている。魔道庁の監視も厳しくなっている筈だから、様々な探索は控えるべきだった。特に個として認識されている学校には近づかないのが賢明だ。

今一人の女生徒は、王宮の内々で資質を判断されるだろう。

そうして『本物』であるならば、あの方の脅威となるが、為政者達にとっても重要な存在になる。当人の能力、考え、性格の諸々が権力の綱引きにおいても留意される。故に今後様々に明らかになったとしても、重要な話は特に秘されるのは間違いない。

巷に下りてくるのは真実の一欠片にも満たないだろう。

事実を探るには、この廃屋の主が各所に潜り込ませている者達の働きが必須だった。


「とにかく、王宮の上の者達の動向に注意して、件の少女と第一王子に関する事柄を全て収集して欲しい。貴方の見解は入れぬ、純粋な事実だけを集めるよう、特に留意して、あの方のご希望に沿うべく動いて下さい」

しつこい程に釘を刺し、念を入れた。個人の感想や思い込み、予断はいらない。ただ事実のみを積み重ねてあの方──アントンに差し出すべきなのだ。

「わかった。王居、王都の全ての者共にあの方の御指示を徹底させよう。予断のない、正確なありのままの事実を収集するよう、な」

「恐れ入ります。あの方の望むままに。我が配下の者に徹底させましょう」

主がアントンの意図を正確に理解した、そう確信を抱くとクロウは廃屋から立ち去った。


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