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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
23/275

22 革の本 古語編


忙しない日々が日常になり、あっという間に季節が一巡して、ルイは七歳の誕生日を迎えていた。

古語をある程度読みこなせるまで待って、夏の陽の長い日、ルイは改めて夜中に秘密の小部屋に訪れた。

革の本は変わらずそこでルイを待っていた。表紙を開くと以前読み覚えた文字が違わずそこに並んでいた。少し安心すると既に知る箇所を流し読みして、新たな頁を繰る。


古語の羅列。

しかし以前は意味不明な難文でしかなかったものが、確実に意味を読み拾えるようになっている。

学習の成果に満足して、すぐにルイは長文の海に没頭した。


そこには、ゲームのヒロインの出会う攻略対象者、すなわちルイについてさらに詳細が記されていた。


ヒロインの最初に出会う攻略対象者が王国の第一王子。

つまりはルイだ。

第一王子は攻略対象であると同時にゲームスタートの鍵とも言うべき存在で、二人の出会いによって物語は始まる。この後、ゲームの分岐やプレイヤーの指向によってヒロインと結ばれる対象は変わるが、まず二人の出会いが切っ掛けとなる。


──つまりは、僕がヒロインと会わないとこの物語が始まらない、ゲームのストーリーが成り立たない、ということか。


ゲーム特有の縛りというものを頭の隅に記しておく。縛りというのは、この世界の理のようなものだろうか。


さて、さらにゲームの展開についても触れられていた。

世界を救う三つの宝。

ゲームのタイトルにもある、重要アイテムである。

ヒロインが第一王子と出会い物語が動き始め、学校生活の中で攻略対象者と親交を深めていく。その過程でこの国に眠る宝を見つけて手に入れる。入手しないとゲームの進行で起きる事件に対応できないので、宝を得ることはゲームをクリアする為に必須となるのだろう。宝は各攻略対象者の特性に応じて得る物が変わる。宝は不思議な力を持つが、聖なる力を得たヒロインと対象者の協力により悪を倒す。得た宝が一つでも世界を救うことは可能である。


──全ては、ゲームが始まってからの話だ。


ルイはヒロインと王立学校で出会う。

学校入学は十五歳。今は七歳だから八年後。少なくともあと八年は猶予がある。

そこから、世界を救う?救わねばならない危機が起きるのか、その前から兆候があるのか、詳しいことは不明だ。

ただ、その時までルイは王子の地位にあり、学校に在籍できる程度には順調に成長する。ゲームの縛りで最低限、未来が確保されているのだ。

ならば不確定なことを思い悩んでも仕方がない気がした。


本文には第一王子のゲーム内の設定もあった。

ヒロインと王子は王立学校で出会い親交を深めていくが、二人の仲を邪魔する人物がいる。

恋愛関連のゲームによくあるストーリーに起伏をもたらす障害の設定で、通常は対象者に既存の婚約者、恋人が設けられていることが多い。


「なるほど」


ゲームの約束事を知らないルイ(の中身)に配慮してか、設定にまつわる註釈も付加されているのがありがたい。

ゲーム開始時に第一王子に婚約者や恋人というものはいない。少なくともゲーム上で設定されている人物はない。代わりに王子の側にいて事あるごとにヒロインの邪魔をするのは双子の王女だ。


「……」

その項を見た時、おかしなことだがルイはとても安心した。

前の人生では社会人となっても恋愛には無縁で、芸能界に存在するグループを追いかけるくらいだった。と言っても、映像や音源をチェックするレベルの緩いファンである。

この世界の、しかも王子や貴族だったら当たり前かもしれない幼少からの婚約者。だが正直、自身に配されたとしたらどう接したらいいか扱いに困る。敵だとか世界を救うだとか世界を救える宝と同じくらい、自分とはかけ離れた実感の湧かないものだ。存在しなくて幸いである。

それと同時に、ゲーム設定に妙に納得してしまった。

この世界に生まれて七年。記憶が蘇って一年。その間過ごしてきた中で、シャルロット以上に近く大事な存在はいない。

母は亡く父王から遠ざけられたという特殊性か。お互いが大事な双子ゆえに、シャルロットもルイを一番としているのも意識することなく信じていた。ならば当然、二人の間に入るヒロインは異物、邪魔に感じるだろう。

この辺り、ルイとシャルロットの関係からゲーム設定としてもリアルだと感心する。

しかし。

書かれている文章に気になる箇所があった。

王立学校で優秀な生徒である王子と庶民のヒロインの交流を、双子の王女は快く思わず邪魔をする。

妹王女は兄以外の人とは関わらず、学校に所属しているが引き籠って外に出ない。その姿が描かれるのはルイと暮らす宮邸がほとんどで表に現れるのは稀だ。それ故に王子への執着は強く、ヒロインへの悪意も次第に大きくなる。


シャルロットが引き籠り?


いつも見ている活発な姿とそぐわない、納得いかない描写である。

宮から出ることはほとんどない、それはゲームと同じだ。今も大半の時間を宮で過ごしている。だがその点は書庫へ行く前のルイも同じであるし、今のシャルロットは宮でメラニーやクレアと勉強やダンスレッスンをしている。宮邸以外の人、ブリュノ将軍とは師弟関係を結び、一緒に稽古をするマクシムとの仲は多分ルイよりも深い。


考えても答えは出なかった。


本の文章は続いていたが、先はまた読めない文字だった。

またも途中の頁から、理解し得ない言語に切り替わっていた。ナーラ語でもなく古語でもない、似通ってもいない不可思議な言語。


どこまでも語学力を上げていかないと読破できない仕組みのようだ。

もしルイが学業不振、もしくは語学修得を忌避してたらどうするつもりだったのか。

生まれる前に一度聞いたきりの、もはや幻のような声を思う。

神様(仮)がどういう意図で本の内容をここまで違う言語で書き分けたのかわからない。

取り敢えずここまでで、自身の身の上は最低限記されていたように思う。

王女と現実のシャルロットの異なる性格描写が気になるが、少なくとも二人は学校に入るまで無事に過ごせる。

そしてルイは王子であっても婚約者を宛がわれることはない。今後もいずこかから現れる予定はない。


読める範囲でわかったことを整理して、ポジティブな要素を心に留めていく。

これからルイもシャルロットも成長していく。その過程で何かを得て何事かが起きる。

世界の危機はまだ起きないだろうから、兆候が見えたら用心する。そのくらいしかできないので、あまり思い悩まない。思い詰めない。

読めない言語も習得して、そうしたらまたここに来て本の先を読む。それしかない。

ヒロインとの親交、が恋愛関係だとしても(恋愛、なんだろう、多分)八年以上猶予がある。出会いが必須だとしても、他の対象者が相手になるかもしれない。

何とかなるだろう。

そして少なくとも、それまでは不意打ちで婚約者などというものは現れないのだ。

大丈夫。


……わずか七歳でこんなことを考えているのもどうかと思う。

だがこの世界は産業革命より以前の平均寿命も限られている世界のようだ。十代で結婚相手を決めて二十歳前に結婚する者も多い早生な社会では、七歳で将来の伴侶がいたり、具体的に相手を探し始めるのも一般的なのだろう。

本来、ルイの身分では生まれてすぐに婚約者を決められてもおかしくない。王子の配偶者とは、極めて政治的に重要な立場である。これが不在なのは、ルイの不安定な身分、父王と疎遠で後ろ楯がないこと、存在を認められず公けに御披露目されてないなどが原因だろう。



一方の第二王子といえば。

まだ見ぬ弟についてルイは考えを巡らす。


父王と王妃周辺に関することは、アンヌに真正面から聞くのは未だに憚られた。故に宮で小耳に挟んだ話を種にメラニーとクレアに日々それとなく訊ねた。少しずつ聞いた細切れの話を繋ぎ合わせると大体のことはわかった。特に秘密にされているわけではないのだが、噂話に真実が紛れている。王家の跡継ぎ話は他人事ではない。ルイには極めて重要である。


第二王子は、ルイが国王に認められてすぐ、五歳になった折、大貴族の侯爵令嬢が婚約者と定められていた。

生まれた時から正式な王子として育っているだけはある。

さすがだった。

王妃の実家に加えて未来の婚家の後ろ楯がついているのだ。第二王子の次期国王への布石は、着々と打たれているようだった。


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