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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
229/238

213


「申し訳ありません」


クロウの暗く沈んだ声。

この男にしてはひどく珍しい。事の不首尾は既に掴んでいる。魔物の敗北は離れた店舗にいても、アントンには逐一伝わっていた。

「第二王子襲撃は失敗に終わりました」

「あれは」

校内に潜んで魔物の住処とホールを繋いだ術使いだ。もちろん、無事を確認したい訳ではない。

「目的が果たせぬ折りは自死するよう指示を出しておりましたので」

「そうか。それで、どういった経緯で事が成らなかったか詳細は掴んだのか」

「は。どうやら大いなる魔力を持つ生徒が一人いたようです。王宮の内々でその者の審議をする話まで出ているとか。聖なる存在ではないか、と」

「それは気になるな。前の生でも顕現はなかった」

聖なる、乙女といったか。知識としては聞いたことがある。しかし実存するとは到底思えなかった。

王国の危機に現れる、奇跡の力を持つ稀人。

ただこちらでは材料が少なすぎて実態を窺いようもない。王宮がそうと認知したなら対処を考える。今、未確定の存在に徒に構えるべきではない。

それより先ずはクロウの話を全て聞く。


「それと。これは校内の生徒も実際に見たと取り沙汰されているのですが。聖剣が発現した、と」

「なんだと?」

「黒い大剣が現れ、魔物を打ち倒したと皆口々に言っているのです」

「聖剣はナーラ国の三つの宝の一。私も剣は目にしたことがないが」

またも伝説の中のモノが話に出てきて驚く他はない。ただ、見も知らぬ聖なる乙女と違い、聖剣に並び称される宝玉をかつて手にしたことがある身だ。現実的な有効性を知るが故に、感じる危機感も大きかった。

「は。伝承は知っておりますが、事の真偽はわかりません」

「誰が聖剣を使ったのだ。発現させた者はわかっているのか」

「第一王子です」

「──第一、王子?」

存在は知っている。だが長子とはいえ公けにされていない側室腹の日陰の王子として、政治的に無価値と見なされていた。

確か、

「王妃が一度、抹殺しようと動いたな」

「はい、傍らにあるアレが率先して助力しました」

「そして失敗に終わった。──その時の詳しい状況は未調査だったな」

「はい。早々に宰相が魔道師を動かしまして、宮邸の内情を探ることは不可能でした」

クロウは付け加えた。

「もちろん、その時点では王妃の懐に入り込むことが最優先であったわけです」

第一王子は王妃を揺さぶる駒でしかなかった。それはこの度の企みの上でさえそうだ。学校内に在籍していると認識しても標的の候補にも挙がらなかった。アストゥロ王家にもナーラ国にも、とるに足らない無価値のものと見ていたからだ。

しかし、密かに聖剣を獲ていたとなれば全ては変わってくる。

次期国王の芽も出てこようし、担ぎ上げる勢力も出よう。純粋に聖剣の保持者と見ても侮れない。


「それから、これは私の手落ちなのですが」

苦い口調でクロウが言い出した。有能な男の珍しい言葉にアントンは眉をあげた。

「なんだ」

「医療処置室で出会った生徒。あれが第一王子であったようなのです」

「ゾエ治癒師の助手か」

「すぐに素性を確かめるべきでした。私の怠慢です」

今回の騒ぎで、アントン達は直接手を出してはいない。薬の納入を利用して、下調べの後に事の仕込みをしただけだ。魔物を引き込んだ実行者は自ら口を塞いだ。

薬を受け取った生徒も調べられるだろう。だがそれが王子ならば疑いをかけることすらすまい。単純に、薬を持ち込んだ大元に疑いは向く。

「王子本人がどこまで疑いを持つかは不明ですが」

クロウが話していた限りでは、特に不審に思われた節はないという。

「だが治癒魔法に長けた聖剣保持者だ。ただ者ではあり得ない。実際に目にして、思い当たることもあろう」

「その通りです」

首肯するクロウに短く告げる。

「すぐにここを引き払うぞ」

「はい。申し訳ありません」

襲撃が失敗したのみならず、主の大事な拠点を失う羽目に陥った。自らの失策を悔いるクロウに、アントンは気にするなと労った。

「いい。なかなか居心地の良い場だったが、仕方ない。住み処はまた作れる。こんなことで腐っていては、百年も恨みを抱いてはおれぬ」

口調は軽いが内容は過酷だ。

そう。

柔く装っているが積年の思いは、崇める者にも理解できぬ程にアントンの内に深く根を張っている。その執念だけで今生を生きているのだ。しかし宿願を叶える為には時間がかかるのもまた、承知していた。

「それより、王宮は第二王子を魔物に襲われるという失態に犯人捜しに躍起になっているだろうな」

「それはもう。廃屋の主からも王居内や東の宮、政庁などが大勢の人を割いて捜索していると報せが」

アントンは満足して頷いた。

「犯人は極刑間違いなしだな。さて、店を閉めたら、疑いをかけられた者を取り込む為に動くとするか」

次の一手を考えると自然に愉快になる。笑みを浮かべ、アントンは店じまいの段取りをクロウと図った。


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