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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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「フィリップ殿下。お助け下さりありがとうございます」


魔道士長の聞き取りが終わると、今度は駆けつけた学校長の平身低頭の詫びを受け、今更のように警備兵に囲まれた。それを追い払ってなんとか距離を置かせたところで、離れた位置でずっとこちらを窺っていた婚約者がそっと近寄ってきた。

そうしてわざわざ告げたのはそんな言葉だった。


「いや、礼を言われるまでもない」

「でも、」

「女性を、それも自分の婚約者を守るのは当たり前のことだ。それに、」

ミレーユは茶色の瞳で見上げてくる。フィリップはわずかに目を反らした。

「あまり、役に立たなかった。お陰で怖い思いをさせた。すまない」

ただ、安全な場所へと逃げるだけだった。それは立場を鑑みれば正しい行動だ。その判断は今でも揺るがない。だがルイ王子とシャルロット王女の活躍を目の当たりにして、歯がゆい思いと焦燥感、そして強い敗北感を覚えた。

彼らは王族として正しくはなくとも、鮮やかで目を奪われる。

「そんなことはありません。ご立派でした。殿下のお振る舞いは王子として間違っておりませんもの」

「だが、」

「──その上で」

言い淀んで、ミレーユはきらきらと瞳を潤ませた。柔らかな茶色が滲んでフィリップは惹きつけられた。

「お立場があるのに、私を最後まで庇ってくださったのは殿下のお優しさですわ」

優しく宥められて嬉しく思う。だが評価とは裏腹な不甲斐ない己に、つい卑屈な考えに嵌まった。言わなくていいことを口にした。

「シャルロット王女が、好ましいのだろう?」

ああいった勇気と、実力に裏打ちされた無謀さは魅力だ。自分には無い。

「ああ!」

合点がいったようなミレーユにフィリップの気持ちが冷えていく。だが続く言葉は予想の外だった。

「シャルロット殿下はあれでよろしいのです。でも、あのような方ばかりではこの世はどうなるとお思い?」

「それは──少し困る」

「でしょう?!」

元気良く同意して、ミレーユははっとした風に縮こまる。

「失礼いたしましたわ」

「いや。いや、いい。そのまま、自然に話してくれ」

可愛らしく慌てる様が楽しくて、ついそう口にした。


可愛らしく?いや、いやいや。


婚約者は照れ隠しなのか、こほん、と空気を変えるように咳払いをした。

「──ですから、殿下は殿下らしく。下々の者に目配りをされる姿も、私は好ましいと思います」

「──」

不意を打たれて、呆然とフィリップはミレーユを見つめた。まっすぐに瞳を覗き込んでしまって、それに気づいた婚約者の頬が朱く染まる。その鮮やかな変化にさらに目を奪われた。

見上げる茶色の瞳に、驚いて間抜けな己の顔が映っていた。

「失礼、いたします」

一言も返せぬフィリップは、ふわりと身を翻して逃げていく華奢な背を、見送ることしかできなかった。



───────────────────────




「あいつ!ルイーズが治癒魔法が使えるなら、私の存在意義はどうなるの!?」


継続的に魔の出入口を抑え続けた魔力の消耗と精神の負担、最後の力の開放。今日の出来事の衝撃と。

さらに魔道士長からの取り調べ──丁重ではあったがコレットはそう感じた──に、余計なことを言わないよう神経を使った。

疲労と混乱でぐちゃぐちゃになったコレットは、部屋に帰るなり叫んだ。

それでも扉を閉める寸前、音遮断の魔法を忘れなかったのは最低限の理性が残っていたのかもしれない。

ルイをルイーズと呼んでいるので錯乱しているのは確かだが。

「聖なる乙女なのにっ。これじゃあ意味がないじゃない」


──シャル様も助けられなかった。

フィリップ王子を助けたのはシャルロット、そして難敵の魔物を倒したのはルイの聖剣とマクシム。シャルロットとマクシムが負った怪我は、ルイが治癒魔法で綺麗に治した。

コレットだって出来るのに、シャルロットは見向きもせず真っ直ぐにルイを求めていた。もちろん、シャル様は治癒魔法が使えるとは知らない。だから悪くはない。

そしてコレット自身は魔物の出入口を塞ぐので手一杯だったのだが。

傷を負っても兄が助けてくれる。そんな確信があるから、シャルロットは身一つで魔物に立ち向う。そういう背景までも察してしまって、ますます心が波打つ。きらきらした藍色の瞳の信頼に、あのルイ王子は容易に応えた。



悔しさに歯噛みするコレットは、風の渦巻きを消滅させた後、己の意識せぬまま、強大な魔力を解放したことに気づいていなかった。自死した男を隠す為に放った広いホール全体を覆い光を纏ったそれは、聖剣に断ち切られた魔の残滓を一掃する聖なる輝き。

それを浴びた兵や生徒らは、魔から逃げる際に負った打撲や捻挫、魔蝙蝠に切り裂かれた切り傷が綺麗に治癒していた。

彼らはその不思議を僥倖として受け止めた。

だが魔道庁の者達は異常を見逃さず、厳しく検分した。

そして出た結論は。

ただの魔法使いでは有り得ない光を魔道士長トマは把握し、直ちに王宮へ報告したのだ。




「腹が立つ!」

コレットはシーツに拳を叩きつけて嘆いた。寮のベッドは全力で殴っても衝撃をしっかりと受け止めた。それを良いことに、安心して八つ当たりをする。


せっかく、せっかく綺麗に着付けたドレスはシャルロットに見せる前に着崩れ、髪飾りも魔の通り道を塞いでいる間に髪と共に乱れて辛うじてぶら下がるだけになった。全てが終わり、我に返ってガラスに映る己を見た時には絶望した。

シャル様とは、結局まともに口を利くこともできなかった…。


そうしてしばらく行き場のない怒りをぶつけていたが、本人の気づかぬところで解放した聖なる力は、思いがけず身体に負荷をかけていたらしい。

ようよう気が済んでベッドに横たわると、コレットは糸が切れたように意識を失った。


コレットは自分が大いなる力を発揮したのはわかっていたが、それが周囲に、ナーラ国の為政者達にどう捉えられたかの自覚はない。

本人からすれば、身体から大きな何かが外に向けて抜けていった心地がしただけだった。

どこかに目標を定めていた意識もなく、ただ内にあったモノが奔流となって放たれたような。当人にとっては、そこに至るまでの細々とした防御術や攻撃魔法の方がはるかに聖なる力の証だった。

結果の全てを確かめる前に、コレットはその場から去っていた。

だが彼女の大きな力が、学校の全ての破壊と多くの負傷者を元通りにしていたのだ。

己の成したことにコレットが気づくのは、翌日、王宮から迎えが来てからになる。


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