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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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210



光の内より顕れたのは、黒刃の長剣。


ホールにいる全ての人がルイと同じように眩しさに顔を庇い、そして中空に現れた剣を見た。

「何だ、あれは」

「黒い、剣?」

「宙に浮いてるぞ」

生徒達が騒ぐうちに、大剣は光を黒刃に吸収し、その形を顕にする。


「まさか。──聖剣!?」


一際通る声が、その正体を看破する。

低い声が誰のものか、ルイは知っていた。フィリップだ。

「なんですって!?」

その声に振り向きかけて、コレットは己の使命を思い出したのか魔物の封じ込めに集中する。


そんな周囲のざわめきを、ルイはどこか遠く感じていた。


痛い。


ただそれだけ。

利き手ではない左手のひらを断ち切ったのだが、それでも痛みに体が軋む。

聖剣発現の為の用は成した。すばやく、右手で傷を覆って治癒魔法をかける。だが痛みの残る体はすぐには動けない。

この手で聖剣を振るうのは、無理だ。


──俺はつくづく戦士ではない。


ルイは一瞬で自分に見切りをつけ、目の前の友に叫んだ。

「マクシム!これを使え」

はっ、とルイの意図を察したマクシムが飛び上がって聖剣の柄を握った。上背のある彼には、長大な剣も造作なく操れる。

その予想は当たった。

両手で軽々と剣を振り上げた背中を見つめ、ルイは息を吐いた。

さすが、マクシム。


そこからはマクシムの独壇場だった。

既に聖剣の光で萎縮していた黒い魔物に、彼は正面で対峙した。

魔は明らかに聖剣を恐れていた。己を滅せるものと察して、聖剣の間合いに入るのを厭う。だが逃れようとして叶わぬと悟ったか。魔は大きく吠え声をあげた。黒い毛を逆立て、なりふり構わぬ勢いでマクシムに猛然と襲いかかる。しかしマクシムが剣を振りかぶると獣の足が止まる。

ぐるる、と唸り、苛立つように前肢が床を叩いた。そして、背をたわませ、これまでよりはるかに多くの針をマクシムに向けて放った。

長く鋭い針が一斉に襲いかかる。

だがマクシムが黒い大刃を頭上にかかげると、針はマクシムに到達する手前で魔法のように消え去った。

魔法──聖剣の力だ。

魔物の攻撃を無力化させると、マクシムは一歩大きく踏み込んだ。黒い魔に向かって両腕で振りかぶった聖剣を一閃させる。重い漆黒が弧を描いた。

魔物はガッと最後の抵抗のように大きな口を開く。だが咆哮があがるより早く、聖剣の光が獣の顔を両断する。

黒い塊がぶれた、と見えた瞬間、断末魔も残さず塵のように形を崩し散っていく。

そうして。

魔の黒い残滓が散り散りになって、床に落ちる寸前、しゅ、と白く煙って消える。

最後の一欠片も失せて、魔物の痕跡は無となった。


壁際に寄って、息を詰めて見つめていた生徒達がほ、と緩んだ。

魔物への怖れから、できるだけ端に張りつこうとしてひしめいていた人波がほどけ、ホールの空間が安堵の空気で満たされていく。気づかないでいた己の怪我の具合を確かめ、悲鳴を上げる。何が起きたのかよく見極めようと身を乗り出す生徒もいて、人混みが動き出す。


だが事はまだ終わっていなかった。

はっとマクシムが身体を固くして振り返る。ルイも、首筋がそそけ立つ嫌なものを感じた。

その大本を探してホールの入り口に近い隅に目を凝らした。誰もいない、何もない、その片隅。

そちらへ向けて、マクシムはまっすぐに剣を振り下ろした。

ぶぉん!と空気を切り裂く音だけがする。

聖剣の黒刃が断った空気は、気づかぬうちに魔物が吐く瘴気で濁っていたらしい。その証拠に、凝った気に満たされていた会場が浄化されたか、清涼な空気は辺りを明るくした。その変化に気づいてしまえば、先程までは体が微妙に重く息苦しかったとわかる。大きく息を吸ってその清々しさを噛み締めた。今、ようやく正常に戻ったというわけだ。

魔に支配されない澄んだ世界に戻る過程で、それまで見えていなかったものが露になった。


マクシムの面持ちが厳しく締まる。

「誰だ、お前は」

見据えた先に体の大きな男がいた。学校の生徒ではない。そして、ルイの見立てでは、教職員でもない。使用人としても違和感のある男。それが、生徒達の集まる所から離れたホールの角に背中を丸めて立っていた。

「何をしていた」

マクシムの声音が糾弾の色を帯びる。

そして。

威圧感さえあるマクシムの問いかけに沈黙を保った男は。その落ち着いた態度でその正体を暴露してしまった。

「まさか、お前が」

糺す言葉に、男は右手を自らの首に押しあてた。

「やめろっ!」

気づいたマクシムが制止の言葉を放つ。だが遅かった。躊躇いも見せず、男の首筋は自らの手で切り裂かれ、血が噴き出す。

「っ!」

「きゃああ!」

「うわあっ!」

かくりと男が床に崩れ落ち、鮮やかな赤に彩られた惨劇に生徒達が悲鳴を上げる。各々の声は大きくないが、互いの叫びがさらに気持ちを追い詰める。

パニックになりそうな空気感。


それだけは避けようと、ルイは右手を閃かせた。

男の遺体を覆い隠す魔法。

だが。

バシ!と叩きつけるような音と共に弾かれた。

「!」

はっと顔をあげれば、同じような驚きに染まったコレットが。

「「またか」」

諦めの吐息を一つ。その間にコレットが引き取るように前へ出た。

「私にやらせて」

「でも、そっちは魔物の入り口を押さえてるだろ」

コレットの片手は入り口の風の渦巻きに当てられたままだ。

「大丈夫。そいつが倒れたら、旋風の勢いが弱まったわ。魔物がこちらに来る気配も消えた。多分、その男が通り道を作ってたのよ」

コレットの言葉にルイは身を引いた。


「先にこっちを消すわ」

片手一つで留めていた二つの風の旋風。魔物の出入口。

コレットは右手を握り潰すように動かした。


ぐしゃ。


男が倒れて、力が弱まったというのは本当だった。

風の渦が潰されたように音を立て。入り口で渦巻いていた空気の塊が二つとも、風が散るように一掃された。


さらにコレットは一つ大きく息を吸うと、両腕を広げた。

ふ、と彼女が小さく呟いた。

さあっとホール全体が柔らかな光に包まれる。聖剣でなぎ払われもたらされた清涼な空気が、さらにきらきらと瞬いた。

光のベールが全てを覆い尽くす。と、倒れた男の姿が消え、血腥い匂いも消滅した。

生徒達がさざめく。

逃げる際に混乱して負った怪我と魔蝙蝠の振動刃で切られた傷。痛みに慣れぬ彼らの苦痛が、この光と共に綺麗に消えたのである。さらに、魔物の狼藉で破壊された壁や調度、そしてカーテンやクロスの類いまで全てが元通りに復元された。


そして。

マクシムの手にあった聖剣は姿を消し。ルイの宝剣には石が元のように丸く収まり、青緑に照り映えた。


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