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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
222/276

206


「遅れたな」


マクシムは急いでいた。

本来は冬休みの筈の今日は、通常授業ではなく特別登校となっている。

年が明けた今朝は父や勢揃いした使用人に挨拶をして、礼服を着込んで。学校の新年祝賀のパーティーが始まる昼の時刻には間に合う計算だった。

だが邸を出ようとして、父ブリュノに呼び止められたのだ。

少し前に、騎士団から慌ただしく騎士が馬で乗り付けていた。話を聞いて玄関に現れたブリュノの表情は、新年に相応しくない険しいものだった。

騎士団から急ぎもたらされたのは、王都を囲む壁のすぐ側で魔物の兆候あり、というもの。さらに都の一部に弱いが魔の一群が出没したと。すぐさま騎士と魔道士が監視と駆除に向かったという。

これを受けて、ブリュノはマクシムに命じた。礼服の下に密かに鎖帷子を身につけるよう、と。

無論、それはマクシムの身の保全を願ってではない。

魔物の出没は、王立学校とは距離のある都の市民の移住区域と壁の外だ。しかし万一、学校に出現したら。

わずかな危険の可能性を鑑み、ルイとシャルロットの二人を守る為に、息子が王子王女の盾となれるよう、ブリュノは支度をさせたのだ。

最低限の箇所、胴と籠手、腿と脛当てが鎖で編まれた帷子をつけてから上に礼服を着る。わずかに金属の擦れる音がするが、さほど目立たない。

身は重くなったがそれで動きが鈍くなるような柔な鍛え方はしていない。

校内には剣を持ち込めない。咄嗟の時に身を挺して二人を守る。最初の襲撃をマクシムの身で凌いだら、武器はその場で調達する。そうできる訓練はしてきたつもりだ。

手足を動かし、不具合がないと確かめる。

しかし着替えに手間取り、結構な時間を費やしてしまった。

完全に遅刻。

だがシャルロットとのダンスには間に合わせねば。

学校に辿り着くと、マクシムは急く心を抑えて大股で歩きだした。


校門を過ぎ受付を通る。と、

「──?」

そのまま過ぎようとして、違和感に足を止めた。常に置物のように受付に座る職員がいない。いつも、挨拶とまではいかずとも会釈するとにこりと返してくれていた。

普段は生徒のほとんどは気にも止めないが、学校が開いている時間は必ずそこにいる筈なのだ。

マクシムは受付に近づいて奥を覗き込んだ。

「!」

張り出した天板の下、床に力なく崩れている男が二人。見慣れた受付の職員だ。

カウンターを飛び越え、彼らの傍らに跪いた。そっと様子を確認する。意識を失っていた。

彼らの体から、軽い魔法の力を感じた。

だが特に攻撃を受けた様子はない。何か術の影響によるものだろうが、マクシムにはわからなかった。それでも異常には違いない。職員が二人揃って倒れているなど、何か事が起きているか、起ころうとしているかに決まっている。


ここには大事な二人がいるのだ。


先程までの大股歩きを駆け足に変えて、マクシムはホールを目指した。



───────────────────────



フィリップが壇上に現れると、今日一番の拍手が沸き起こった。

割れんばかりの音が静まるのを待って、新年の挨拶を述べる。その様は一年生ながら堂々としていて、さすが次代の国王と目される王子と思われた。


ルイは素直に感心した。


ひっそりと会場の端っこで見上げている自分とはやはり育ちが違う。

晴れ舞台で見事な振る舞いを見せる弟を眺めるルイは、しかし周囲から無遠慮な視線を浴びる。

恐らく、王子として皆の注目を集めるフィリップと、その他大勢に紛れて拍手するルイを比べているのだ。

憐れんでいるのか、蔑んでいるのか、嘲弄しているのか。

いずれにせよ、好意的とは言い難い眼差しは、ルイの心を一欠片も汲み取ってはいない。立場上、あまり歓迎されないフィリップへの親しみを悟られるよりは良いのだろうが、彼らのあからさまな態度は、仕方ないこととはいえ鬱陶しい。


しかし主催者の挨拶が終わってダンスが始まる段になると、彼らの視線は方々へ散った。興味の矛先が変わったのと、シャルロットがルイに歩み寄ってきたからである。

合同授業での大立ち回りの効果は抜群だった。ジョエルのような無謀な真似はもちろん、人前でルイを侮辱してはまずい、特に王女の目につくところでは危うい、という認識が生徒の間で共有されていた。

一応、入学当初からルイを揶揄するような陰口を耳にしてもシャルロットは聞き流してきたのだが、やはり直近のアレの印象は強烈だった。以来、聞こえるような悪口、露骨な悪意はほとんどなくなった。


やはり力は全てを解決する。

「のか?」

「なに、どうかした?」

「なんでもない。踊ろう」

ルイはシャルロットの手を取った。

二人で踊りの輪の中に歩いて行きながらホール全体を見渡す。

と、先程までいた教師達の大半がいなくなっていた。開催の儀、フィリップの挨拶の時だけ顔出しをしたということか。

王の不例の中、生徒はともかく教職員は楽しむべきではない、という方針なのかもしれない。

ぽかりと空いた空間は、しかしパートナーを探す生徒や談笑に興じる生徒、ダンスを見物する生徒らが入り交じって、あっという間に人でいっぱいになった。


「マクシム、まだ来てない?」

ルイの腕の中で、シャルロットがホールのあちこちを探す。

「うん。何か用事かな。次の曲に間に合わなかったら、俺が続けて踊るよ」

言って、ルイはちらりとホールの中央へ目を走らせた。天井から下がるシャンデリアに照され、人々の注目を浴びて踊るのは第二王子フィリップ、そしてその婚約者である侯爵令嬢。

前に見たのと同じ、卒のないステップ、見事なリード。冷たく整った顔には口許にかすかに形作られた笑みが上るのみ。

だが二人だけで話をして多少なりとも打ち解けたルイには、彼がそれなりに楽しんでいると感じられた。オーケストラが奏でる曲に合わせて動くのも、多分嫌いじゃない筈。

ふふ、と一人笑って、なに、とシャルロットに咎められる。

なんでもないよ、と言い差して。


その時、ルイは背中がぞわりと撫でられるような心地がした。

嫌な空気のうねりを感じたのだ。中心に向かうそれはホールの端、両扉の開いた入り口辺りから放たれている。


なんだ、これは。


すばやく視線を巡らした。そして、あることに気づいた。

毎回、恒例の学校全体で催されるパーティーは、ホールの端々にひっそりと警備兵が歩哨に立っている。気配を殺し密やかにいる彼らを、生徒達は誰も気にしはしない。ルイもホールの調度品のように思って素通りしている。ただ、目に入る彼らを無意識のうちに捉え、立っている人数を頭の片隅で覚えていた。

その数が、いつもよりひどく少ない。

まさか。


「ねえ、なんかゾワゾワする」

シャルロットがドレスと長手袋の隙間に見える素肌をこすった。その腕を、ルイは掴んだ。加減できずに力が入る。

「──ルイ?」

「シャル、まずい」

「え」

「何かが来る──!」


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