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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
220/223

204 幕間・続


新年を明日に控えた学校の敷地内に建てられた警備兵の詰所。そこは校内全ての、歩哨や見回りに従事する兵達の溜まり場である。


校内の巡回を終えて戻ってきた兵の一人、マチュは休憩室の机の真ん中に置かれた拳大の布袋に首を傾げた。

同じ薄い藁色の袋が二つ。ここを出た時にはなかったものだ。

「おい、これはなんだ」

「あ?受付の奴が持ってきた。出入りの薬屋の飴だそうだ」

「ほら、年明けに食べると一年無病でいられるってやつ」

「たくさん貰ったからってさ。明日の当番の皆で食おうって置いてあるんだ」

口々に同僚が言うのを余所に、マチュは布袋を掴んで顔を近づけた。くん、と鼻を利かせて顔をしかめる。

「こういうの、勤務中は食べない方がいい」

「なんでだよ、少しくらいいいだろ」

「祝いの飴って、少し酩酊する薬草が入ってるんだ。気分が高揚したり体が温かくなったり、そういう薬効がある。だから新年の宴にはいいけどな。人によっては警備に支障が出るかもしれない」

生真面目に説くそれは、しかし他の警備兵の眉をひそめさせただけだった。

「特にこの飴は、少し薬効が強いと思う」

「──別に、町で普通に売ってるもんだろ」

「年寄りだって平気で舐めてるぜ」

マチュの言葉はまともに取り合ってもらえない。仕事の中の小さな楽しみに水を差す主張は仲間に歓迎されなかった。

マチュはぐっと唇を噛んで、だが尚も丁寧に説得を試みた。

「それでもやめるべきた。年明けは校内で大々的にパーティーが開かれるだろ。何かトラブルが起きた時に、いつも以上に動けねば勤めにならない」

「んなのわかってるさ」

「俺ら、仕事は真面目にやってるだろ」

だが周りの兵達は、休憩の時間を台無しにする堅物に苛立ち始めた。彼らにしてみれば、仕事の合間に摘まむ菓子に目を尖らせるマチュが異端だ。

新年始めから仕事になった不運な役回り。緊張を強いられる職務の合間に楽しむ甘味に、融通の利かない仲間がケチをつけたとしか思えなかった。

ぴりぴりとした空気が皆の間に流れる。

と、

「おい、見回りの記録簿書いておけよ」

隣の部屋から飛んだ声が緊張を破った。

わかった、と返事をしてマチュが書類のある棚へ向かう。

周りの兵達はほっと背筋を弛めた。


奥に消えた同僚に聞こえぬように、こそこそと言い合う。

「あいつ、うるさいよな」

「ちょっと魔力が強いからって指示しやがる」

うるさいあいつ──マチュは警備兵だが魔力を持っていた。平民の中では珍しい能力だ。故にたまにそれをひけらかされると鼻につく。

丸く膨らんだ藁色の包みには兵達全員に回るだけの飴が入っている。

「隊長は許可したんだろ?」

「ああ。生徒達のいる場所では食うなって、それだけ。口が動いてるとまずいからな」

「新年早々勤務なんだからこれくらい楽しんでもいいよな」

「だな。食べたくない奴は食べなきゃいいんだし」

「年が明けたその日に食べるのが大事なんだからさ」

元々気持ちが高揚する?新年なのだ。それくらいどうってことない。体が温まるだって?寒いのだからむしろ歓迎だ。

気に入らなければ自分だけ食べなければいい。小さな飴一つに罪も何もある筈がないのだ。



───────────────────────



「あんた、誰だい」


ふと女は気になって声をかけた。

なんだろう、今まで気づかなかった。こんな見ない顔が入り込んでいる。


下働きとはいえ、ここは貴族様の子供が通う学校だ。身元はしっかりと、正直者しかいられない。女は何年もやってきた古株で、若手に仕事の割り振りをするまでになっている。だから、十を超える雇い人は全てよく知っていた。なのに、こんな大きな知らない男が学校の奥の奥に当たり前のようにいるなんて。

「なに言ってるんだ、俺だよ。いつも一緒にいるじゃないか」

しかし男は心外そうに、だが怒るでもなくゆっくりと言い返してきた。

その落ち着き払った様に、女は周章てて今一度見極めようと男の顔を、糸のように細い目を見上げて。

固まった。

男の三日月のように細い目の光に吸い寄せられて、女は我に返る。


なんだ、知った顔じゃないか。

「あ?──ああ、そうだったね。悪かった。あたしはどうかしてたよ」

「いや、いいよ。俺も目立つタチじゃないから。それより手を動かさなくちゃな。生徒さんのパーティーは明日なんだろ」

男は気を悪くした風もなく穏やかに笑った。

ここは明日の祝賀会の会場、学校の大ホールだ。奥では数人の仲間が立ち働いている。とにかく広いので手が足りない。女がいるのはホールの入り口、大きな両開きの扉の前だった。

「そうだよ。染み一つないよう磨きあげなきゃね。ここは、あんたに頼んだよ」

「わかった。扉の飾り彫りも綺麗に拭き取るよ」

「あんたは大きいからいい。かなり上まで届くだろ。彫刻は細かいから丁寧に、力を入れすぎちゃ駄目だからね」

「任せてくれ」

力強く請け合った男に安堵して、女はホールの中に早足で向かった。時間は限られているのに、仕事はいくらでもあるのだ。

皆の作業は捗ってるのか。割り振った持ち場だけでもきちんとやってもらわなけりゃ。


──あれ?


会場の顔とも言うべきホールの両扉。

あそこは誰に頼んだんだっけ。

女は首をひねり、振り返った。

誰もいない。

だが誰かに頼んで、掃除は終わったのだ。艶のある飾り彫りは綺麗に埃を拭われる筈だ。

後で確認しよう。

そう考えて女はホールの中を進んだ。


まだまだ仕事は残っていたから、広い会場でそれぞれ働く者達を監督して、落ちがないか検分した。やり残しがあれば小言を言うより先に女自身が動いた。個々の出来不出来より全体の仕事の完遂が大事だった。明日の準備が終わらないでは済まされない。

小半時程歩き回って、終わりの見通しができた時には、女は軽く汗をかいていた。


埃が溜まりがちだから、室内の端っこをよく見て、皆の作業が終わったら仕上げの掃き掃除をしなけりゃいけない。でも、それが済んだらここは終いだ。

段取りを決め終えて、女は顔をあげた。


何か、忘れているような気がした。

眉を寄せて考える。頭の片隅に空白があった。だがその白が何であるのか、思い出そうとするより先に女は呼ばれた。窓枠の磨きが上手くいかないから見て欲しい、という見習いの頼みに足早に駆け寄る。

目の前の作業に没頭する間に、女の違和感は消えた。何があったのか、おかしなことがあったのか。定かではないものは女には必要なかった。

与えられた仕事をきちんとやり遂げること。真面目な働いて一日を終える。それこそが女にとって正しい在り方だった。


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