21
ルイとシャルロットの生活は一変した。連日スケジュールが埋まってそれに沿って行動する毎日になった。二人だけの世界から外へ、他者との関わりを深めていく道へと大きく踏み出したのだ。
馬車の行き来も慣れたルイは、王立図書館の書庫でアルノーの手解きを受けつつ古語の学習を重ねた。教材にナーラ国や周辺国の歴史や地理、風土や産業を記した書を使うこともあり、しばしば語学以外の学びに花が咲いた。
しかしもちろん書庫で本と戯れているだけでは済まなかった。
ルイが不在の間に、シャルロットはメラニーとクレアの二人によってたかってドレス捌きや女性としての振る舞いを仕込まれた。きびきびとしたメラニーに正確な知識を教えられ、柔和でにこやかなクレアが細かい箇所を丁寧に指摘する。
そうしてある程度の準備が整ったところで、双子揃ってダンスのレッスンをスケジュールに加えられた。
ダンスの指導はクレアが担当した。
踊る姿勢と基本のステップをマスターすべく、ホールを準備する徹底ぶりだった。そこでは、別人のように容赦ないクレアに厳しくしごかれた。
まず最初に姿勢の矯正に取り組んだ。慣れない形の維持は難しく、クレアの鞭のような叱責が二人に浴びせられた。だがポージングが決まるようになると、侍女二人の読み通りすぐにシャルロットは体を動かすダンスを楽しめるようになり、ルイは生真面目に指示通りのステップを踏んだ。各々、優秀な生徒だと褒められたが、姿勢とステップを覚えたら双子で組んで実地訓練、さらに細かい動きの修正と上達に終わりはなかった。
また、シャルロットはメラニーからナーラ語の文法と修辞学、さらには一般教養を学び始めた。国の基礎的な概要と歴史、成り立ちなど王族として必要と思われるものも追加された。ルイと比べると教材は易しいものだとシャルロットは言ったが、メラニーにそっと聞いたところ、貴族の子女としては充分な内容ということだった。
他方、礼儀作法は師を新たに呼ぶことはせず、シャルロットの立ち居振舞いを注意する侍女二人に加えてアンヌが、日々の日常の中で事あるごとに指摘し実践させる形で身につけるようになった。
これに加えて、ブリュノ元将軍が訪れて行われる剣術稽古があった。
将軍の都合で不定期だったが、それ故に最優先された稽古は、マクシムも合わせて三人集うのが常だった。
アルノーの語学修得と学問。クレアによるダンスレッスン。これらで着実な成果を挙げていたルイだったが、剣術は苦戦した。
「筋は悪くはございませんから、お続け下さいますよう。そして毎日の鍛練をシャルロット殿下となさいませ。ご一緒なら張り合いも出ましょう」
一言一言に重みのあるブリュノにこうまで言われて何とか続けてこれた。
三日に一度という稽古はブリュノの都合もあって大抵五日に一度か週に一度程度になっていたが、日々の素振りは熱心なシャルロットに引っ張られて回数をクリアした。
そんなルイとは反対にシャルロットは剣に夢中だった。元から活発で体を動かすことが好きだったのだ。剣に出会ったことで熱を傾ける対象を見つけた彼女は、稽古に夢中になった。他の授業の合間に剣を振り、試行錯誤する日々を繰り返す。
ただ、日中、外で来る日も行われる打ち合いで、シャルロットの顔にうっすらとそばかすが出た時は騒ぎとなった。
アンヌが怒り、剣術禁止を言い出したのだ。
懸命に説得したがアンヌは揺るがなかった。
淑女は日焼け禁止、そばかすなどもっての外だという。慌ててアンヌの許しを得られるよう鍛練の場を屋内に移したが、活発に動き回るうちにすぐに広いホールでさえ支障が出ることになった。
鍛練を重ねて日ごと激しさを増すマクシムとシャルロットの激しい打ち合い。振るう剣の届く先は鋭く遠くなり、間合いは広く離れていく。互いの力がぶつかって弾かれれば、木剣とはいえ部屋の装飾を傷つけることもあった。
ダンスのために磨かれた床材のホール。
アンヌに加えてダンスを教えるクレアまでもが怒りに顔が怖くなる。これを回避するためそろそろと加減してマクシムと稽古すると、今度はその弛んだ立ち合いに将軍の眉間の皺が深く刻まれてしまう。
剣術を取り上げられそうになって萎むシャルロットを見かねたルイは、アルノーに相談した。
すると、幾日も経たぬうちにジュールが密かに宮を訪れた。ほんのつかの間、さらりと何気ない風で件の中庭に佇んだかと思うと、魔術で遮蔽ベールを張って去った。
引退した魔道師という肩書きを聞き流していたルイとシャルロットは、そうして彼の実力を知ることになる。
以来、昼間の強い日差しを浴びて剣の稽古をしても、シャルロットは日焼けをしなくなった。共にいるマクシムは変わらず肌を焼き、日光を必要とする庭の草花も成長しているというのに、どういう仕組みか。シャルロットのみ太陽の影響を受けない。ルイが何故かと問うてもジュールははぐらかして答えない。聞いたシャルロットも、恐らくあまり表沙汰にしたくない術なのだろうと口を噤んだ。
しかしおかげでアンヌの禁止令は解除され、中庭で思う存分に稽古ができるようになった。シャルロットはいくら感謝しても足りない。
以降、それまで兄を取り巻く書庫の老人達にどこか懐疑的だったシャルロットの、ジュールを見る目が激変したのは言うまでもなかった。




