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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
219/278

203 幕間


「なあ、今日の薬屋なんだけど」


学校の受付に、並んで立つ職員二人。

思いがけない大物の来訪──王子だ──があったが無事にやり過ごした。日も落ちてもうすぐ終業となる。今は受付に来る者はほぼいない、ほとんど暇潰しのような時間。

ふと隣の相手が話しかけてきた。

「なんだ?」

「運んできたのって二人だったか」

「ああ?来校名簿には二人の名前があるぞ。それに、確かに二人組で荷物を持ってきただろう」


何を言い出すのだろう。

男は疑問に思った。

外部からの客は皆、ここで用件と名前を告げて素性を確認をしてから校内へ入る。その為の受付、自分達ではないか。

「大丈夫か、お前?」

暗に自分をからかっているのか、それとも知らない間に頭でも打ったのか。

仕事仲間に思い切り不審そうな目を向けてしまった。

「いや、そうなんだけど。三人いた気がしたんだよ」

「は?」

しかし同僚は恥じ入るどころか、首の後ろをかきながら尚も言う。相手の言葉に男は失笑した。

「運ばれた荷物を見ただろ?王子お一人では手に余る荷だったが、二回往復したら片付く量だった。運び人は本職だ。あの荷を入れるのには二人でも充分すぎる。三人もいらない」

そこまで言って、相手の顔を覗き込む。納得するまでさらに続けた。

「って、こんなこと言うまでもないよな。来たのは二人の男だった。名前もある。俺もお前も見た」

な?

と力強く言うと、ようよう相手は頷いた。

「そうか。…そうだよな。俺の勘違いだ。おかしなことを言って悪かった」

「お前、疲れたのか。王子様が来て、舞い上がったとか」

「あーそうかも、な。俺なんか、一生会うことなんてない筈の身分の人と口利いちゃったからな」

それも、都では聞いたことのない、公けにはされていない第一王子様だ。


二人とも、ここの職について去年王子が入学して初めて知った存在──王家の秘密だ。口止めはされていないが何となく躊躇われて、二人して口外しないよう決めていた。

事情があってか秘された出自。だが間違いなく今の王様の息子。王子様。

ここには、医療処置室で手伝いをしていると言って訪ねてきた。意外にも気さくに話しかけて、身分も構わず自ら雑用を買って出た腰の低い少年。

やたら綺麗な姿は浮世離れしていて確かに『世界が違う』と思わせたが、それだけだ。あとは普通、いや貴族であるほとんどの生徒よりもくだけていた。こちらが手伝いを申し出たのに断って、使用人のように荷物を抱えた。

あの衝撃に記憶が飛んだか。

「それとも、もらった菓子に夢中になって客を忘れたか」

「いや、さすがにそれはない。楽しみではあるけど、それはない。安心してくれ」

ふざけて突っ込むと、同僚は笑って手を振った。


「お、そろそろ時間だな」

ちらりと外を見て、終業だと振り返る。その顔には先程まであった戸惑いや疑問は消えていて、ただ仕事をやり遂げた満足感だけが滲んでいた。



───────────────────────



裏通りの薬屋に戻ってきたクロウを、アントンは出迎えた。

「土産は置いてきたか」

「はい、充分な数を」

「そうか」


クロウが手配して薬の荷と共に運んだのは年明けに食べる祝い飴。藁色の布袋に詰め込んだそれは、アントンの調合したものだ。

祝いの飴は特に珍しいものではない。

王都の雑貨屋や菓子屋で年末になると売り出す季節の菓子だ。新年の最初に食べるとその年は無病息災でいられると言われている。

効能確かと謳われ割高な値で売られているが、出所はまちまちだ。実際は魔道師や薬屋とは無縁の商機を逃さぬ者達が、安価な薬草を数種類使って拵えているのがほとんどだ。

食べると気分の高揚、体のほてり、そして軽い酩酊感を起こす。飴の材料である薬草の作用だが、冬の時期に体を温め、新年を祝い明るく過ごすにちょうど良い。

飴そのものの甘味もあって、庶民の間で新年には気軽に口にする嗜好品だった。


アントンはその祝いの飴を王立学校に広く配る為に数多く作った。

世間に流通するものと似て非なるもの。

薬草は効果の強く出る種を選んだ。使用する割合も高く、各々の薬の主張がぶつかるのを丸める為、飴には蜂蜜も使って甘味を多くした。

そしてこの飴には他所のものとは大きく異なる作用があった。

端的に言えば、魔物への親和性が強く顕れるのだ。飴を一つでも食べれば、魔物に対して本能的に覚える嫌悪、敵意が薄れる。二つ食べれば魔物への反発はほぼなくなった。魔物が目の前に現れたとしても敵と認識しなくなる。攻撃性が著しく低くなり、つまりは魔物を駆除しようとしなくなるのだ。

さらに、三つ以上食べれば意識が昏倒する。


そして。

その特異な症状は、実際に魔物と対峙しなければ気づかれぬまま。

薬の作用が抜ければ他の祝い飴と何ら変わらぬ縁起の甘味だ。

事が起きなければ何ということもない。学校に多量に配って、幾人かでも無力化できたらそれでいい。それだけの仕掛け。


加えて。

「それで。手配は無事に?」

「はい。目眩ましがよく効きました。最初の関門を突破した後は誰何もされなかったようです。決行まで日にちがありますが、小者として校内に潜んでいられるかと」

「繋ぎはつくのか」

「それは問題なく。いくつか連絡手段は残してありますので」

「そうか。奴には魔の入り口を作ってもらわねばならないからな」

「はい。その為の人材ですから」

「よし。易い罠は不発でも構わない。本命だけは細心の注意を図って事にあたるように」

「お任せください」

頭を下げたクロウにアントンは笑みを浮かべる。

彼が請け合ったならば、事は成ったも同じだった。


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