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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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202 届け物


医療処置室の留守居を始めてから三週間。

放課後はほぼ毎日閉校ぎりぎりまで処置室にいて、日が完全に落ちてから宮に帰る生活をルイは送っていた。自然、図書館から足が遠のき、ジュールとアルノーとも会わずじまいだ。

相変わらず患者の寄り付かない処置室でそのことに気がつき、ルイはここ最近、学問や魔法について専門的な深い会話をしていないと思い至る。

ゾエもジェロームも不在なのだ。あの二人に会いたい。

明日の放課後はここを閉めて、図書館へ行こう。そう心に決めてルイが帰宅すると、宮にジュールから言伝てが届いていた。

話があるので近いうちに書庫に来て欲しい、という簡潔極まりない短い文言。

まるでこちらの気持ちを汲んだかのような誘いに、ルイはさっそく翌日の放課後に図書館を訪ねた。


書庫に入ると、扉がしっかりと閉じられ入念に音声遮断の魔法がかけられた。

つまりはそういう話なのだろう。

「陛下の病状が思わしくない」

開口一番告げられたのは国王の病の実状だった。

「ああ、…そうなんだ」

しかしルイとしては相変わらず薄い反応しか返せない。薄情だとは思うが、これまでの経緯を知るアルノーとジュールの前では表情を取り繕うこともしなかった。二人もルイ達と王との隔絶は熟知している。

「身体はそれ程悪いわけではないのだが、心がな。うつつに留まらないらしい。それで、王宮の貴族達の動きが不穏だ」

二人が懸念しているのは、もしもの場合の権力者達の争いだ。ルイとシャルロットの立場は、誰が上に立つか、どういった支配構造になるかで全てがひっくり返る危うさがある。王の血を引くという事実は皆が無視し得ない強みであるが、故に場合によっては命すら奪われかねない。


「騎士団のトップと魔道庁の士長は王居にいるのだが、各地の鎮圧に人員を割いているせいで王宮の護りは手薄だ」

「もちろん、外からの攻撃には魔法と騎士の監視により完全に対応しておる。じゃがの」

「内側にいる貴族のどなたかの私兵が中枢に引き込まれて蜂起したら、為す術はない」

アルノーとジュールに見えていなかった危機を語られて、ルイは息を飲んだ。

「そんなことになる情勢なのか」

「わからん。じゃが可能性はある」

「陛下が意思決定できぬ期間が続いているからな。ということはロランが実質的に国を動かしているわけだ。この状況に不満を抱く貴族は多いだろう」

宰相に権力が集中している。実質的な政治的判断は彼の手の中だ。このことに疑義を持ち、現況を変えたいと願うものが動いたら。

「このまま年が明けたら、しびれを切らした輩が新たな政治体制を、などと言い始めるかもしれない」

「ロランは大丈夫なのか」

「まあ、それは」

ジュールが肩を竦めた。

「あやつが権力闘争で追われるなら、結構なことじゃよ」

「え、え?」

「そういう政治的駆け引きとか陰謀を掻い潜るのは得意な男です」

「つまり?」

「力に頼って、クーデターもどきをされるよりは余程安心ということです。例えロランが宰相の地位を追われるとしても、血は流れませんから」

「逆に追い落とすと思うがの」

「まあ。奴が負ける姿は想像できない。だが業を煮やして手駒の、」

そこでジュールはルイに失礼、と短く詫びた。

「『手駒と思われている』ルイ殿下に彼らの手が及ぶのは避けたいのです」

「あー。心配されてるのは俺か」

ようやく合点がいった。ロランの立場の心配より己の身を気にすべき、というわけだ。

「貴族達に何か動きがあれば、ロランの側にいるモリスから即座に報せが入るようにはなっているが」

「ルイ殿下には、そういった不届き者が出没するかもしれん、ということを頭にいれておかれると幸い、ということじゃよ」


「恐らく王宮の新年の儀式は全て中止になるじゃろう。それどころではないからの」

「国が司る儀式や祝賀はなくしたとしても、対外的な挨拶や使者の派遣は必要だ。

事を起こそうとする者達も、外交儀礼を欠いて国益を損なうことは避けるだろう。それらが一通り巡って落ち着いた時が危ない。脅かすわけではないが、シャルロット殿下にも注意を促して欲しい」

謂われるがまま、ルイは頷いた。

「ま、王女殿下には、元気が過ぎて先走らないよう控えめにお伝えするがよかろう」

付け加えられたアルノーの言葉は冗談には思えない。

「少し、様子を見るよ」

血の気の多い妹には新年になってから告げようとルイは頭の中に留めおいた。





医療処置室の扉に紙片が貼られていたのはそれからすぐのことだった。


“王都の店から品物が届いてます'’


貼ったのは表門の受付だ。

簡単なメモ。

しかし待ちわびていたルイはそれを剥がすと真っ直ぐに受付に向かった。校門を入って、すぐ横の小さな建物がそれだ。

「すみません、医療処置室の者です。薬は」

はい、と気のない返事をして顔をあげた職員は、目の前に立つのが第一王子と知ってぎょっとしたようだった。

「失礼しました。──王子殿下」

居ずまいを慌てて正すのを無視してルイは訊ねた。

「すみません、医療処置室のメモを見たんですが」

「ああ。あの、殿下が取りに来られたのですね」

合点して、それから首を傾げる。

「こちらです。結構量があるのですが、お一人で大丈夫でしょうか」

「薬屋の方は三人、いや二人?で運んできたんですよ」

奥にいた職員と二人して、部屋の隅に置いていたらしい薬をカウンターの上に積み上げる。両手で抱える小包が五つ。それと薬の明細が書かれた紙片が一枚。

「運び人はこちらの確認書も渡していきました。処置室の方が受け取ったら、薬の種類と数を確認してくれと伝言が。万一相違があったら知らせてほしいと」

あのしっかりした商人らしいきちんとした仕事だ。荷物を処置室に運んだら確かめねばなるまい。

ルイはリストを丁寧に折り畳み、懐にしまった。


ふと、カウンターの端に置かれた小さな包みが目についた。拳大の薄い藁色の布袋が丸く膨らんでいる。

「あ、これは」

ルイの視線の先に気がついたのか、職員が軽く袋に触れた。

「その荷を運んできた男達が寄越したものです。縁起物の飴です」

「薬屋ってのはそんなものも売ってるようですよ。年明けに食べると一年病にかからないという、巷でまことしやかに広まっているもので。挨拶代わりに、と置いていかれました」

「へえ」

薬草入りの甘味だろうか。年末に作ったものを新年に食べるというのは、確かに何だかいろいろ効き目がありそうだ。

「よろしければ、殿下に差し上げますが」

「いや、いいです、大丈夫。せっかくなので皆さんで食べてください」

好奇心が表に出てしまったのか。そんな気遣いをされて急いで固辞した。

彼らがもらったものだ。薬屋も、出入りの学校の心証を良くしようとわざわざ持参したのだろう。それを王子というだけで取り上げては申し訳ない。

「よろしいのですか」

「はい。私はこの薬を受け取れれば良いので」

改めて薬の荷を示す。五個の荷物とルイを職員二人は交互に見た。

「お一人で大丈夫ですか」

「二回往復すればなんとか」

「お手伝い、」

「平気です、受付が留守になってはいけないので」

手を貸そうというのを断って、ルイはまずは二つの荷物を腕に抱えた。

いけそうだ。

職員に抱えた荷の上にもう一つ載せてもらう。都合三個。

よいしょ、と小さく呟いてルイは処置室へ向かった。結局二往復で運び終えると、荷物を丁寧に開けた。

懐にしまったリストを机にひろげて、薬を一つずつ確認する。少しの間違いもなく注文分が揃っていた。

完璧だ。

ルイは満足して、棚のわかりやすい場所に薬をしまった。

準備は万端。薬は、患者が来ないから多分あまり減ることもない。これでゾエが戻ってきても大丈夫だ。


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