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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章

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216/279

200 企み


「有益な話を聞き込みました」


勢い込んで店に入って来たクロウに、アントンは顔をあげた。店は開いているが客はいない。

「なんだ、何があった」

確か、王立学校を訪問したのだ。治癒師が注文した薬を取りに来ないからと口実を設けて。それが功を奏したか。

「治癒師のゾエは不在でした」

「不在。治癒師はどこへ」

「医療用の部屋には治癒師の手伝いをしている生徒がいたのですが、こちらはあまり詳しいことは知らないようでした。それで、学校の受付に戻って話を持ちかけてみたんです。薬を納めていると言ったら簡単に教えてくれました」

「ほう、ずいぶんと口が軽い」

そうアントンは評したが、目の前の男は人当たりが良く話上手聞き上手で、相手は知らないうちに心を開いてしまうのが常だ。王立学校という一応は敷居の高い職場にいる者でも、校内に知り合いがいるなどと言われて信用したが最後、クロウの望む答えをぺらぺらと語ったのだろう。

そんな食えない本性を顔の下に隠して、お陰でこちらは助かりました、とクロウは笑った。それから、カウンター越しにアントンに近づいて声を潜めた。

「治癒師は王宮に招聘されているようです。恐らく、国王の為に呼ばれたのだと」

「王の病篤いというのは真実のようだな」

王宮に潜んでいる者から、既に国王の不調が長引いているとの知らせが来ている。

「はい。それに、今一つ貴重な情報が」

「なんだ」

「治癒師と共に、王立学校の魔道専任教師が王宮に上がっています」

「ほう」

「治癒魔法に長けているが故の人選ですが、魔道学の主任教師です」

「つまり。今、あの学校には一番優れた魔道師も治癒師も不在というわけか」

「はい」

「いつまで、というのはわからぬな」

「それはさすがに。王の病状次第となりますので」

「そうだな。しかし、王立学校の魔道の守りは今はひどく手薄なわけだ」

「その通りで」


クロウの応えにアントンは思案する。

王居は守りが固い。学校は王居と王都の間に位置していて、支配層の管轄とはいえ子供達の集まる空間という建前から、警備は控えめだ。王族や大貴族の子女が滞在するから要所は固めている筈だが、非常時には混乱が生まれやすい。子供達をつつけば集団で恐慌状態になる。つけこむのは簡単だ。

「──学校の予定を把握したい。行事関連を特に」

「はっ。では、こちらの手の者で身内が校内に在籍している者に聞き取りを」

「なるべく早く。この好機を逃したくない」

「では、学校で事を起こすおつもりでしょうか」

アントンは頷いた。

学校に手の者が入り込める正当な事由があり、優れた魔道使いが不在な学校は、こちらが襲撃するには絶好の機会だ。しかし時を見誤れば全ては失敗に終わる。滅多にない隙を、正確に突いて王家に打撃を与えるのだ。

「学校の内情を探って早い日程で計画を立てる。王宮から人が戻らぬうちに襲撃したい」

「はい。日時が決まったら学校に薬を届けます」

「校内に運ばせる者の人選はお前に任せる」

アントンの言葉に、クロウは意味ありげに唇をつり上げた。

「逆算して、当日に学校の人員に不具合が生まれるよう、細工を施します」

「やり過ぎないようにな」

「はい。罠はいくつか仕掛けますが、いずれも事前に判明しても悪戯で片付けられる程度のもの。それにかかるもかからぬも彼らの運次第。しかし引っ掛かれば、確実に数を減らせる」

愉しげに語るクロウの脳裏には、校内の大人が機能不全に陥る細工が複数浮かんでいるのだろう。この男の魔のような企みを全て回避するのは、アントンでも難しい。


「王宮に潜む者にも指示を」

「は。そちらは、あれらが得手かと。繋ぎを取ります」

「頼む。ただ、これまで以上に慎重にな」

「わかっております」

「それから、地方の魔物も決行の少し前から活発化させる。魔道庁と騎士団の人員が多く割かれるよう、離れた地で同時多発的に起こすのが良い」

「この地から魔道士と騎士が余所へ向かえば、どうしてもこちらは後手に回りますからね」

そうだ、とアントンは認めた。

「王が倒れているならば、国を傾けるには後継を狙うのが一番易い。フィリップ王子が確実に表に現れる場を襲撃する」

「校内の事情を知れる者への接触と、あちらとの折衝。地方の魔物を動かすのも一緒に指示しておきます。──今はこのくらいか。では、すぐにも動きます」



───────────────────────



廃屋の主は夜半、訪れた客と面会していた。

約束もなく突然現れたのは、何を於いても優先すべき相手だ。

黒いフードを目深に被り、口元も布切れで覆った男。クロウである。普段は顔を出してアントンの命で動いている為、ここへの出入りは身元がわからぬよう入念に姿を隠していた。

主は顔は知っているが素性も名も知らない。唯一仰ぐ方の命を受けて動く、絶対者と己を繋ぐ者とのみの認識。だがそれが主にとっての一番だった。



「それで、今日はなにを」

「あの方が事を為せ、と命じられました」

思いもよらないことに主は腰を浮かせた。

現状、状況を注視、各地に潜ませた者から上がる情報を吟味する段階ではなかったか。

「東の宮に入り込んでいるアレは、成果を挙げられていないが」

標的は王の後継である王子。

未だ接触はおろか、顔を見ることすらできていない。それは、この男もあの方も周知の筈。

しかし。

「あの御方は迂遠な計画は捨てて、直接的な手段を採ると決められました」

「直接的?何故急にそんな」

「標的に近づける機会をみつけたのです」

戸惑う主は、そこで王子が通う王立学校に起きている事態を知らされた。

魔法に長けた者達の不在は、事の成功を高める大きな要因になる。高度な治癒魔法を施す者がいなければ、襲撃が不首尾でも致命傷にできる確率はあがる。

「それは──」

「かつてない好機です。この情報を得て、あの方は学校での襲撃に狙いを変えられた。標的そのものに攻撃をなせる。それが良いと思われた。そちらからの代わり映えのしない定期連絡に飽いたのかもしれません」

突き放すような言葉に、主は焦りを覚えた。

あの方に無能と断じられたら存在意義を失う。


「いや、待ってくれ。王の病が篤く、密かに治癒魔法の力に優れた者を広く集めるという話は入ってきていた」

「こちらには報告がありませんでしたが」

「王立学校の面々が喚ばれるとは聞いていなかった」

「それは怠慢では。既に招聘されて時が経っている。王宮に潜む者は人の増減にもっと注意を払えた筈。内々に誰が王宮に上がったか調べあげてリスト化すべきでした」

言葉は丁寧だがクロウの口調は容赦ない。こちらの不手際を責める色が濃かった。主は反論の余地を探したが、見つけられずに口を噤んだ。

わざわざ王宮に人を潜ませているのに、この事実を見過ごしたのは失態である。偶然、クロウが学校を訪ねて気づいたものの、それがなければこの奇跡のようなチャンスを逃してしまうところだったのだ。


「今後は、外から人が入った折りには名はもちろん、出自や能力も調べあげる」

「お願いします」

急いで改善策を並べる。クロウは当然とばかりに受け止めた。

「それから、事を起こすにあたって王の病状を深く探ってください。学校から派遣された者が万一、帰されてしまうと計画が狂う」

「すぐに徹底させよう。報告の回数も増やして、宮廷内の小さな異変に気づくように連絡も密に」

「お任せします。それと、人を借り受けたい。──貴方の下には種々の魔道に長けた者がいるでしょう?」


クロウの求めは細かく、末端の者まで挙げても条件に合う者は少なかった。それでも幾人か望む能力が合致した。主の記憶では、探す人材は王都から離れた地に派遣されていた。明日の朝一番で使いを出し、こちらに呼び寄せることになった。もちろん、主の手の者、そしてあの方の志に従う者達である。



かの御方の望む世界を創る為。

その計画を遺漏なく進める為に、この屋の主も、その下にある多くの者達も、忙しくなりそうだった。


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