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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
215/276

199 客人


「失礼、ゾエ治癒師殿はおいででしょうか」

「あ、」

放課後、誰も来ない処置室で所在なく過ごしていた。陽も傾いてきてそろそろ閉室にするかという時刻、こつんと乾いた音の後、半開きになった扉の陰から覗いた男に、ルイは慌てて立ち上がった。

「あの、いらっしゃいませ?」

しばらく来訪者が途切れていたから、対応の仕方を忘れてしまった。そもそもルイ一人で患者を受け入れるのは初めてなのだ。咄嗟に出た言葉はひどく場違いものになった。

「──」

相手も戸惑ったのか、入りかけた足が中途で止まる。

「ええと。こちら医療処置室ですよね?ゾエ治癒師がいらっしゃる」

確認するような問いと校内では見かけぬ姿に、ルイはこの来訪者が患者ではないと気がついた。

「あの、ゾエ先生はいません。私は留守番を任されている生徒です。助手というか、」

「ああ。そうなんですか」

「貴方は?学校の方ではありませんよね」

「ああ、申し遅れました。私は王都の薬屋の者です。学校の受付でこちらを教えられました」

助手とはいえ一生徒の自分が対応して良いのか不安はあったが、ここは話だけでも聞いておこうとルイは男を部屋に招き入れた。


患者が座る椅子を勧めて、ルイは向かいのゾエの椅子に腰を下ろした。

「以前からゾエさんとは私共の店と取引がありまして」

ゾエが魔道庁から卸される薬以外にも、効能が確かな品を町の薬屋から購入していたのは知っていた。

ものによっては魔道庁の薬より効き目がいいんだよ、とこっそりと教えてくれた。

「貴方が、薬を?」

素晴らしく効く薬を生み出す魔道師なのか。

好奇心に駆られて問うと、男は首を振った。

「いいえ、私は薬屋に出入りしているクロウという者です。店主が忙しい時には使い走りを請け負っています」

「ああ」

つまりルイと同じ立場というわけだ。

「少し前にゾエさんから大口の注文をいただいたのですが、その時には全ての品を揃えることができなくて。ある分だけお持ち帰りになったんです」

男──クロウは商売人らしく淀みなく話してくれる。説明はわかりやすく明瞭だ。

「残りの薬が用意でき次第ご連絡を、という約束だったのですが、その後、いらっしゃらないので」

「そういえば」

ゾエ宛ての書簡がいくつか来ていた。急ぎのしるしも申し送りもなかったのでまとめて彼女の机の上に置いていた。

目で探すと、クロウも釣られるように目線を机上に向けた。

「ああ、これです」

丸めた紙束の一つを取り上げる。

「大したことは書いてません。予定より早く薬が揃ったので、お手隙の時に店においでください、というお知らせです」

告げて、クロウは開封しないまま書を机の上に戻す。

「しかし、この書簡を出したのは少し前のことでして。店主が申すには、ゾエさんは連絡するとすぐに返信を寄越すか店に来られるのだとか。それが数日経っても応答がない、というので私がこちらに参ったわけです」

「それは、お手数をおかけしました」

「いえ、大した手間ではありませんので。しかし、こちらが封緘されたままということは、ゾエさんはずっとお留守というわけですか」

「はい、その薬というのは」

「ああ、こちらの話ばかりで申し訳ありません。これがその時の購入契約です」

クロウが荷物から一枚の紙を取り出し、ルイの前で広げた。


ゾエが訪れたであろう初秋の日付から、品目と価格、購入数、さらに総額まで細かい字できちんと記されている。

購入品のリストには、この季節に多く出る感冒薬や解熱薬、咳止め、在庫が切れかけている鎮痛薬、胃腸薬が書かれていた。リストの最後には注文者としてゾエの署名。ルイがこの部屋で見慣れた筆跡である。

不審な点は何もない。

紙面の頭の部分にアントンと記名がある。薬屋の店主だろうか。

薬の横の数字が二つ並んでいた。

「既に納入済の分がこれで。──こちらが今回用意できた薬です」

クロウが後ろに記載された方を示した。

「かなりの量ですね」

「ええ。ですから揃えるのに時間をいただいたのです」

「あの、代金は」

一つ懸念を口にする。と、男は安心させるように笑った。

「先払いで全額いただいております。あとは揃った品を納めるだけで」

現金の手持ちはないのでほっとした。というか、育ちのせいか金銭を扱ったことがない。この種の町の商取引はわからないから、既にゾエが支払いを済ませていたのは幸いだった。

「では、今日は品物を持ってこられた?」

「いえ、本日はゾエさんのご様子を確かめるだけで。薬は店に置いてあります」

「そうですか」

「大抵はゾエさんがご自身で店に取りに来られるのです。復帰の予定はご存じですか。すぐにお戻りなら、その頃まで店に保管しますが」

「ええと…いつまで、というのは私は知らなくて」

ゾエが不在の理由をどこまで話していいものか迷って、ルイは言葉を濁した。

「ご旅行、というわけではないのでしょう?」

ここ専属の治癒師だ。学校の開校期間にそんなことはあり得ない。

「ええ、用事です。大事な…」

「では、何か緊急のご用でゾエさんは職場から離れてらっしゃるというわけですね。優秀な方だと大変だ」

はっきりしないルイの返答にも、クロウは不信感を抱くでもなく、良いように解釈してくれた。

「はい、まあそのようなものです」

「いつ頃お戻りかはわからない、と。しかし寒さも増してますし、薬はご入り用でしょうね」

「はい」

本当は、最近は処置室に患者が来ないので薬はあまり減ってない。もちろん、そんなことは言えない。

ルイは神妙に頷いた。

「生徒の貴方が町までお使いされるのは無理でしょうし」

「すみません」

町の商人もこの学校の生徒が特別なのは知っている。さすがにルイが王子とまでは気づかないだろうが、気軽に町に出るなどできないとはわかっているのだ。

「薬は、我々がお届けしましょう」

「いいんですか」

「はい。量が多いので運搬人を手配します。なので少し後になりますが、年内には必ず」

少し考えたクロウの申し出は、こちらにとって都合の良い提案だった。これなら、想定より早くゾエが帰任しても薬が届いていて助かる筈だ。

「この医療処置室に届けさせますか。いや、貴方宛に届けるか」

さっそくとばかりに、クロウは具体的な届け方を検討し始める。

「ええと、私でなくてこの部屋に、」

あたふたと口を挟んだ。

身バレは避けたい。王都の商人が第一王子の存在を知っているかは不明だが、余計な素性は告げない方が賢明だった。

「そうですか。貴方も学業があってお忙しいでしょう。しかし、そうなるとここも閉室が多いわけだ。──では、薬はここの場所を教えてくれた受付に預けるよう手配します。それならこちらに言付けがいく」

「そうしていただけますか」

それは助かる。


クロウの配慮は願ってもないものだった。

なるべく(役立たずだが)処置室を開けるようにしているが、所詮休み時間と放課後のみしかいられない。届く時間の指定はできないし、貴重な薬を部屋の外に置きっぱなしは避けたい。学校の受付ならば朝から夕刻まで人がいる。荷物を預かってこちらに知らせてもらえば、受け渡しに安心できる。

「早速店に戻って手配します」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

話は決まった。

てきぱきと要点を確認してクロウは帰っていった。

ルイが王都の人と接したのは初めてである。クロウが商人というのもあるが会話は的確で無駄がない。魔道が必要な薬を商品として扱うからか、平民の中でも知識人に近いように感じた。

忙しいだろうに、こちらの都合で余計な手間をかけてしまった。


せめて。


ルイは立ち上がって処置室を見回した。クロウと話し込んだお陰で、閉室時間はとっくに過ぎていた。後片付けは万端。あとは不在の札を扉にかけて施錠するだけ。

手早く鍵をかけると、ルイは学校の表門に向かった。

今から受付に寄って、薬が届けられることを事前に話しておこうと思いついたのだ。

先に話を通しておけば預かる方も届ける側も簡単にいくだろう。届いたら、処置室に知らせて欲しい、とも言っておく。相手は、確か、アントンの薬屋。

購入リストの名前を思い出し、ルイは急ぎ受付に向かう。


「…遅かったか」

医療処置室を出たのがかなり遅い時間だった。学校の開放時間は既に終わり、表門の受付には誰もいない。

これは明日に持ち越しか。

仕方ないな。

ルイは気持ちを切り替えて、シャルロットの待つ宮邸に帰宅することにした。




ルイは知らなかった。

処置室を出て王都の店に戻った筈のクロウが、学校の受付で様々に問いを重ねていたことを。そうして如才ない会話を続けるうちに、ゾエの不在の理由やジェロームについてまでも、彼は事細かく聞き出したのだった。


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