表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
209/276

番外 産まれるもの 喪われるもの 奪われるもの 12


四肢を切断した音、地面に落ちる重い振動、噴き出た血の鉄錆びの臭いは、違う姿形となっても脳に生々しくこびりついている。


「その件は完全にもみ消した。不幸な魔道士は仕事上の事故で亡くなったと公けに報告されている。宰相権限でそれ以上の詮索は禁止にした。なに、事実を明らかにした方が周囲が不幸になるからな」

ジュール一人の為ではない。

魔道士として逸脱した行為が公けになれば、オリヴィエの身内は名誉を失う。

「こちらとしては好都合か」

「世の秩序を保つ為だ。宰相として私は人々の平穏を守らねばならない」

国王が悲嘆に暮れる中、ロランの肩に国家の決済のほとんどがのし掛かる。それを平然と受け止めて、かつ結果を己の良い方向に傾ける手際は見事と言う他はない。

だというのに誇るでもなく淡々と語るロランに、ジュールは短く告げた。

「お前に敵対するつもりはないから、勝手にしろ」

「それは助かる。お前が本気になったら、こちらは死を待つしかない」

「…言ってろ。そっちこそ、いざそうなったら魔道庁の精鋭を使って返り討ちにするだろうよ」

国家として追っ手をかけられたら終わりだ。こちらとしては見逃してくれるだけでありがたい。そう思ってジュールは言い返したのだが、おや、とロランは目を丸くした。

「気づいてないのか」

「なんだ」

「お前、そのなりになってから魔力が増しているぞ」

「まさか」

思いもかけない言葉だ。

「本当だ。私はあまりわからないが、こちらを訪ねたお前の側近、モリスが言っていた。ジュール様はさらに強い力を身に備えました、と。実際、面と向かって感じたよ。確かに、お前の身体から圧倒的な魔力を感じる」

「何故」


自覚はない。溶け崩れて以来、身の再生と自我の安定に必死だった。

「推測だが。トマの返しを受けた際に、オリヴィエの魔力を身に受けたのだろう?」

「ああ」

確かに取り上げた魔力はアルノーに注ぐ前にトマに押し返された。

それが──。

「己が手にかけた男の魔力を内に抱いた、か」

呪わしい。

自嘲するジュールに、ロランが気遣わしげな視線を寄越す。

「それで、お前はどうする」

「この姿では、知り人のいる地には居られない。ひとまず私のことを誰も知らない土地に行く。魔道士も騎士も来ない辺境で暮らすか」

逃避行。

言いながらそんな言葉が浮かんできて、自らを笑う。

それから、ジュールは自身の従者についてロランに頼んだ。

優れた資質を持つモリスとレミ。彼らを道を誤った主のあてのない旅に連れ回すことはできない。ロランならば良いように活躍させられるだろう。

「いいのか」

宰相の地位にある友は、唯一人の伴も連れずに消えようとする身を気遣った。

「ああ」

「二人は受け入れたのか」

「受け入れさせた。それが彼らの為になる」

言いかけて、ロランは口を噤んだ。これ以上は無駄と悟ったのだろう。



「何かあったら、訪ねて来い」

「姿が変わっているか、いやそれとも時を経てもこのまま、異形と成り果てているかもしれん」

「それでも構わん。なに、その口調なら間違えようがないからな」

「そうか。ああ、アルノーの墓ができたら、花を手向けに行くかもしれないな」

「ぜひ」

先のことはわからない。在らぬ未来を語ってみたが、ロランは真摯に頷いた。

それが、二人が顔を合わせた最後の会話である。


一人、邸に戻って。

ジュールは、有能な宰相が魔道士長退任の際に必須の儀式について、一切言及しなかったことに気がついた。



───────────────────────



友との別れを終えたロランは、王宮に伺候した。人払いされた奥の奥、王の寝室へ赴いて、ベッドに腰かけたまま壁を見つめて動かぬ背へ声をかける。

「陛下」


「──ロランか」

ようようのこと振り返った王の瞳にはもはや光はなかった。暗く沈んだ藍色は、既に皆が見慣れたものとなっている。

エルザ妃の死を現実と受け止めてから王の生気は失われたまま。その心を露にする瞳は淀んだ海のようだった。

「宮にお移ししたお子達のことですが」

「あの侍女に全て任せると言ったであろう。問題が起きたなら、お前が動いて万事収めればよい」

「は。では、そのように。それから、」

「まだ、あるのか」

「は。ジュール魔道士長のことでございます」

「ジュールが、なにか」

その名に心動いたか。王の瞳が自我を持ってロランを映す。

「この度の失態をひどく悔いておりましたようで、職を辞して逐電致しました」

「あれは、よくやってくれた」

ぽつりと呟く。

「逐電、か。余が無理強いしたせいだな。追っ手は出すな。放っておいてやれ」

「は。恐れ入ります。それで、後任の魔道士長にはフォス公爵が推されるトマ魔道士ではいかがかと」

「ジュールが言ったのか」

「は。それだけを言い残しましてございます」


「リュシアンは喜ぶであろうな。──エルザもいない。どうでもよい、好きにせよ」

「ありがとうございます」

深々と一礼をして、ロランは御前から退出した。



───────────────────────



「トマ殿」

王宮の執務室に呼び出したトマは、畏まった様子で応じた。

「宰相閣下」

「わざわざ呼び出して申し訳ない。先の件の事後処理がようやく終わったので、そのことを告げねば、とな」

「ジュール士長、いやジュール殿は」

何より気になっていたのだろう。トマの口から最初に出たのはジュールの安否だった。

「何とか、持ち直した」

「私が最後に見た時にはかなりお悪い状態でしたが」

「確かに。動けるようにはなったが、だいぶ様子が変わっていた」

「そう、ですか」

沈痛な表情をトマは浮かべた。

「それで、今後のことを決めねばならない。ジュールは職を辞して王都から去った。魔道庁の士長の職務放棄であるが、陛下もお認めになられた。これからはそなたが魔道庁の士長だ」

「宰相閣下は、それでよろしいのですか」

控えめに確認してくる。ロランは力強く頷いてみせた。

「ジュールの推薦だ。私が陛下に言上して了承いただいた」

「は。では慣例通り、私がジュール殿に術をかけねばなりません。この国の機密を保持する為にも忘却の術は必要ですから」

「──」

ロランの保障を得てトマはひとまずは安心したようだった。

後任として士長の地位についたらまずすべきこと。それを当たり前のように語ったトマは、眼前のロランが黙したままなのに気づいた。訝るように眉をひそめ、はっと思い当たって声をあげる。

「ジュール殿は?まさか、既に出立されたのか」

今すぐにも追いかけようと腰をあげたトマを、ロランは片手で押し留めた。

「姿はかなり変貌していた。告げられねばジュールとはわからぬほどに。魔力も士長であった時とは異なっている」

ゆっくりとジュールの現状を語る。

嘘は言っていない。だがさりげなくトマの思考を真実とかけ離れた方向へ誘導する。

声に無念を滲ませて、最後は静かに目を伏せた。


「私の返しの影響で、そんなことに」

あらぬ姿を想像したのだろう。口許に手をあてるトマに、重々しく頷いてみせた。

「では、」

「わざわざ追って術をかけるまでもないということだ」

「…よろしいので?」

忘却の術をかけねば、士長として知り得た秘密の記憶はあるまま、ジュールは野に放たれることになる。それは、将来に禍根を残す。

「放っておけと、陛下のご意向なのだ」

「それは、」

続けようとして、トマは口を噤んだ。

「魔道庁の士長として、国王陛下のご意向に従うことがなによりも優先される」

「は、それは存じております」

王の意向に従えばこそ起きた、先だっての惨事。その結果、先代の士長が地位を追われた。だがそれすら些末と切り捨てられる揺るがない絶対。

「陛下は放っておけ、追っ手は出すなと言われた」

「魔道庁士長トマ、拝命承りました」


完全な納得はできないものの、この時のトマの立場では、国王の意向を全面に押し出した宰相の決定に疑義を唱えることは不可能だった。また、語られた前士長の容態を鑑みればわずかな不安を盾にわざわざ瀕死の病人を捕えようとするのも愚かに感じた。




かくして、姿の変じた前魔道士長は野に放たれ市井に紛れて消息を絶った。

彼が王都に舞い戻るには、十年以上の時が必要となる。




心許した友と、忠義を傾けるに足る主君。それらを全て失って彷徨う魔道師は、時を経て暗い陰をまとった妖しの魔法使いとして一人の少女と出会う。

己の傲慢さによって時を遡った身は、過ぎた時間の分、静かに姿を変えた。だが身のうちには喪失の痛みを抱えて世を呪い生きていた。

聖なる少女は堕ちた魔道師に光をもたらすこととなる。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ