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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
208/276

番外 産まれるもの 喪われるもの 奪われるもの 11


溶け崩れた身ではロランに会うことも叶わない。レミとモリスの判断で自邸に戻ったジュールは、ある程度治癒魔法を施された後、一人部屋に籠った。


取り込んだ男の魔力の残滓と己の魔法。

一日を使って元の姿へとジュールは再生を試みる。じわじわと存在が形作られていく奇妙な感覚。成功したかに思えたそれは、しかし同じ一日を経て崩れ腐り落ちる。床に崩れたまま、また強い意志のみで魔術で紡いだ再生の呪を唱える。一心に続けて全き姿に還り安堵する間もなく、その端から腐食が始まる。

甲斐のない作業を繰り返し繰り返し。

遂に崩れぬ再生を成功させた後に力尽きた。

意識を失って床に倒れ伏していたジュールは、ふっと目を覚ました。頬にあたる冷たく硬い床の感触に目を瞬かせる。どのくらい気絶していたのか。床に手をつき起き上がる。

その時、気づいた。力を込めた手は爛れた箇所も欠損もない無傷のもの。指先をばらばらと動かしても痛みもない。

だが目に映る両手はずっと見慣れていた己のものとどこか違っていた。腐り落ちたものを再生したせいか。

しかし拭えぬ違和感に自然、眉が寄る。

「レミ」

小さく名を呼んだ。こちらも何かが違う。しばらく喉を使っていなかったせいか。声の慣れぬ響きにも疑問が湧いた。

「ジュール様」

人気のない部屋は緩く監視の魔法を施していたのだろう。すぐに応えがあって、待つほどもなくレミが現れた。

目が合った瞬間、びくりとレミが緊張したのがわかった。

「お身体の具合は、安定されましたか」

「ああ。どれくらい、時間が経った」

「宮邸の外で倒れられてから、十日を越えました」

「王宮はどうなっている」

「王の嘆きは深いようですが、宰相閣下が執務を執り行っており、混乱はありません」

「そうか」

ロランはそういう男だ。愛妃の死に王が悲嘆していようが、古くからの友の死があろうが、己の役目は投げ出さない。揺るぎない意志で淡々と責務を全うする。

ならば王宮は問題ない。安心して我が身に向き合おう。

「レミ。お前から見て私はどんな様子だ」

「…お姿が、変わっております」

「鏡をこれへ」

「は、い」

怖れと戸惑いと、主への忠誠。そして混乱。複雑に絡み合ったものを押さえ込んで、レミが姿鏡を魔法で引き寄せる。

「──」

一抱えもある楕円の鏡。

掲げたそれに映ったのは、若い、子供と少年との境目のごとき姿。遠い記憶のうちにある王立学校に入るより以前の我が身だった。

「これは…十二歳くらいか?」

アルノーに為そうとした再生の術。ある意味、生命を還す魔法を受けてジュールの身体が時を遡ったのか。剰る魔力を受けて崩壊する筈が、ジュール自身の術との鬩ぎ合いの末に、元の年齢を維持できず子供の姿となったのか。

正確なところはわからない。


矯めつ眇めつ全身を検分しある程度納得すると、ジュールは魔法で鏡を消した。

「うん、魔法は変わりなく使えるな」

とはいえ、この年齢のジュールは既に大方の魔法は修得していたから、以前と同じ程度に魔道が操れるかはまだ不明だ。

だがそう考えられること自体、元通りの自分に還ったとも思えた。

レミからさらなる国内の状況について聞き取りをし、再生した己の記憶に齟齬がないかの確認を終えると、ジュールはロランの邸を訪問する為に動き始めた。



モリスが密かに繋ぎを取ると、待ち構えていたのかすぐさま返事があった。ジュールは目立たぬよう馬車でロランの邸に入った。

ローブで全身を覆い、共布のフードを目深に被った姿は何者とも知れぬ。

だが躾の行き届いた宰相邸の使用人達は、客の異様な風体に動じることなく客間に通した。

「来たな」

既にそこには邸の主人──ロランが待っていた。

人払いをし、部屋の周囲から気配が去るのを待って。

ジュールはフードを取り去った。

「──。ジュールか」

先に聞いてはいたのだろう。

だが実際に子供に還ったジュールを目の当たりにして、ロランは衝撃を隠せなかった。身を乗り出して言う。

「大丈夫なのか、その身体で」

「今のところ、支障はない」

ロランと初めて会ったのはこの姿より十年程後のこと。青年時代の顔しかお互い知らない。

「ならばいいが。──宮の外での出来事は箝口令が敷かれた。王居ではエルザ妃が男女の双子をご出産の後身罷られた、とだけ周知されている」

「魔道士長の凶行は無かったと?」

「貴族達の話題は専ら、国王陛下の悲嘆ぶりとご誕生された王子殿下の行く末に集まっていてな」

「なるほど」

自分達の拠って立つ大元である王家。頂点にある国王の愛妃は死んだ。権力の担い手がいずれに移るのか移らないのか、貴族達はゴシップを楽しみながら真剣に注視する。王宮の道具に過ぎない魔道士一人の動向など関心の他なのだ。

「陛下は嘆きのあまり王宮の私室に籠っている。私と近習の者以外、あまり会おうとされない」

「ほう」

「エルザ妃が亡くなったのを好機と考えて、ナディーヌ王妃をお側にやろうというフォス公爵の画策は失敗した」

「それはさすがに、時が必要だろう」

あれほど愛した者を失って、すぐと別の女に向き合える器用さはアラン王にはない。ないから、こんな事態になっている。

「確かに。で、これだけを見ればフォス公爵派は不利となるんだが、そう一筋縄ではいかない」

「というと?」

「エルザ妃の忘れ形見、お子達の処遇がな」

ロランは声を落とした。

「レミには王居の空いた宮邸が与えられたと聞いたが」

「それも妃の侍女の懇願の結果だ。陛下は

打ち捨てよ、とさえ口にした」

「エルザ妃の死の責をお子に負わせているのか」

やり場のない悲しみと怒りが子供達に向けられている。あの時の王を思えば仕方ないとも感じた。

だが宰相としては我が子に無情な国王を放置もできまい。王の気持ちに配慮しつつ、やれる範囲で動いているという。

「さて。王子王女としてのお披露目も一切なさろうとしない。完全に存在を黙殺している」

「それで貴族達は生まれた王子に肩入れもできず、遠ざけられた王妃にもつけず、右往左往しているというわけか」

「そうだ。王や公爵の手前、跡継ぎと持ち上げるわけにはいかないが、実質アラン王の唯一の直系だからな。今後どうなるか固唾を飲んで見守っている」

「は、下らないな」

「そう言うな。彼らにとっては、私にとっても大事なことだ」

眉間を指で押さえるロランに、しかしジュールは突き放す言葉を告げた。

「ご苦労なことだがな。私にはもはや関係ない世界の話だ」

「ジュール?」

魔道庁に入って以降、周囲で渦巻いていた王家や貴族達の思惑や願望、野心の凝り。

それら一切から距離を置く。

アルノーの死、そして己の愚かな暴走の果てに、ジュールは自身の去就を決めていた。

変容した姿はむしろ好都合だ。

ロランに今の決意を告げる。

「私は全てを捨てる」



「ただの魔道師として王都から出ていく」

「それはもう決めたことか」

「ああ。この姿ではもはや務めは果たせまい。私の後任には、トマを」

「トマ?お前の術の邪魔をしたんだろう。いいのか」

意外そうにロランは眼を見開いた。

「だからだ。あの上司にも臆さない態度は魔道庁の上に立つのに相応しい。何より、不正を嫌う」

非常の際には安易に下法に手を染めてしまう自身にはない潔癖さだ。

「後見がフォス公爵だ」

ロランは宰相として、王妃を擁する彼らの力が増すのは歓迎しない。だがジュールは思う。

「トマは確かにフォス公爵の庇護を受けているが、まず国の為に動く」

その言葉に、ロランがある可能性を思いついて顔をあげる。

「しっかりと説けば、こちらの意を汲んでくれるか」

「ああ」

有能な宰相の頭が忙しく動き始める。

「わかった。ではそう陛下に申し上げよう」

「頼む。後任が決まれば私の仕事は終わりだ」

区切りがつく。そう考えるジュールにロランの声がかかる。

「陛下には」

「王への忠誠心は残っていない」

低く告げると、ロランはわずかに心配そうに眉をひそめたが、さして驚きもなく受け止めた。エルザ妃の死に際して何事が起きたか、詳細を把握しているのだ。

「だろうな。今回の陛下のなさりようを思えば、お前がそういった考えに至るのも仕方がない。陛下に害意を向けないだけで感謝すべきだろうよ」

「──アルノーの扱いはともかく、あの方のお気持ちは理解できる。陛下にとってエルザ妃の存在はそれほど大きかったのだろう。彼女の為なら世の全てを犠牲にしても構わないほど。それに…実行犯はこの手で殺した」


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