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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
207/276

番外 産まれるもの 喪われるもの 奪われるもの 10

残酷、不快な表現があります

苦手な方はご注意ください


「何をしておいでか?!」

悲鳴のような糾弾がジュールの背を打った。

目線だけで振り替えると、緊張に顔を強ばらせたトマ魔道士が立っていた。

「トマ」

「このような場で、何をしておいでなのか、ジュール魔道士長!」

ジュールの足元にある、血塗れの壊れたいくつもの塊。まだ生々しい濡れた赤を見れば、たった今寸断されたとわかるモノ。見慣れたローブの残骸を確認するまでもなくそれが知り人、変わり果てた魔道士なのだとトマは気づいた。さっと顔色を変えた彼は、すばやくジュールの左手に視線を走らせた。

オリヴィエから抜き取った、魔道士一人分の魔力を湛えた掌を。

ひゅっ、とトマの喉が鳴った。

「トマ。何故ここに?」

「宮の防御をしていた者が解任されたので、代わりをと報せが」

なるほど。

オリヴィエの代わりの王命に応じる魔道士となれば、選択肢は限られてくる。実力から副士長たるトマが派遣されるのも当然か。

静かに得心するジュールは、掲げた左手を下ろさない。


トマの目が、ジュールが立つ背後に陰にひっそりと横たわる亡骸を捉える。見開いた眼差しが、血塗れの塊とアルノーを素早く往復した。

「まさか…」

男の身体で以てアルノーを再生させようとしているのだ、と彼は一瞬で看過した。

「お止めください、ジュール魔道士長!」

「オリヴィエの無茶な術でアルノーが死んだ。はなから犠牲にするつもりで、挙げ句役立たずと嘲った。その罪を奴の命で償わせる」

トマの顔が蒼白を通り越して色を失う。だが彼は引かなかった。

「──。オリヴィエは罪を犯したのですね。それでアルノー殿が。それは残念なことです。士長のお怒りと嘆きはもっともだと思います。──ですがジュール魔道士長のなさろうとしていることは禁忌の術。許されるものではありません!」

「お前の許可はどうでもいい。時がない」

言い捨てて、ジュールはアルノーに向き直った。左手にある魔力に願いを賭して、渾身の術を放つ。会得しても試技さえしたことのない禁忌の闇の再生術。一個体の時を戻す、魔法。

だがそれがアルノーの身体に達するより早く、強い力で阻まれた。


ジュールとアルノーの間に躊躇いなく飛び込んだトマが、術を両手で受け止めていた。膨大な魔力の圧が、トマの掌中で暴れる。留め切れない魔力の塊に圧され、踏みしめる足が後ろに下がった。

ジュールは左手をさらに突きだし力を強めた。

「邪魔するな、トマ。お前も弾け飛ぶぞ!」

「っ。できません!」

これ以上は受け止めきれまい。

ジュールは魔術を途切れぬよう紡いで圧していく。二人の実力差は明らかだ。じりじりと徐々に後退するトマに、駄目押しとばかりに溜めていた魔力を一気に放った。

だがその時、受け身に徹していたトマの両手が大きく動いた。思わずその顔を見直すと、唇がかすかに呪を唱えるのがわかった。

瞬間。

トマの掌中が白い光に満たされる。ジュールの放った力の塊が全て取り込まれる。


──しまった!


真白い、ただただ正当な防御の術。レベルは魔道師なら誰でも使える中級程度の魔法だ。だが使い慣れ緻密に構築された強固なそれは、危うさを孕んだジュールの術を錬度の面で上回った。

副士長の力を侮っていたのだろう。

はっと息を飲んだ時には、トマの魔力返しが無防備に立つジュールの全身を打ち付けた。

「がっ」

撥ね飛ばされ、地面に叩きつけられたジュールは無様に呻いた。

すぐ反撃に出なくては。

だが起き上がろうと地についた手が、ぐしゃりと崩れて目を瞬いた。うつ伏せた顔を無意識に拭おうとして、力のない手のひらに愕然とする。そして違和感に気づいた。

己の手が形を留めていない。ずるりと皮が崩れ落ちた。皮膚が剥けた指の肉は不気味に変色している。鼻をつく異臭。それが己から発せられているのだと知った。全身が腐り落ちているのだと悟ってぞっとした。


「ジュール士長!」

必死の返しが意図せぬ思わぬ結果をもたらした。己の成したことに顔をひきつらせて駆け寄るトマを、崩れ骨が見え始めた手を振り上げて留めた。

「寄るな。これ以上近づいたら、お前にも害が及ぶかもしれない」

禁忌の再生の術が、返しを受けてどのような作用を及ぼすのか。どこまで身を蝕むのか、誰にもわからない。

「しかし、私のせいで」

ジュールの言葉に足を留め、トマは気遣わしげに尚も言う。

「お前は、愚かな私を止めようとしただけだ。これは、私の所業の報いだ」

幸いにして、腐れていくのは四肢の先からだ。まだ話すことに支障はない。ないうちに、話しておかねばならなかった。

「私はもはや終わりだ。罪も犯した。居場所はない。お前が私の跡を継げ。魔道士長トマ。魔道庁を頼んだぞ」

「ジュール士長は、どこへ」

「ロランの元へ行く。このなりでは追い払われるかもしれぬが。──安心しろ。お前のことは頼んでおく」

ずるりと萎えた足を無理やり引き摺って去ろうとした。その途端、膝が砕け、床にべしゃりと崩折れる。

ぐずぐずと、己の身体が形を成さなくなっていく。爪先であったものが溶け、指先の感覚が消えていく不確かさ。

このままでは保たない。

そう判断して意識が途絶える前に、とジュールは側仕えを呼んだ。

簡単な召還の術。

その完遂を待たず、ジュールの意識は落ちた。



───────────────────────



音もなく現れた二人の男。

簡素なローブは、彼ら二人が魔道庁に属していない魔道師だとわかる。倒れる寸前、ジュールが呼んだ側近だ。

レミとモリスは、地に伏した主の凄惨な姿にわずかに目を瞪ったものの、すばやく己の為すべきことを悟った。モリスはジュールの傍らに跪いて治癒魔法を施し始め、レミは二人を守るように立ち、警戒して構えを解かないトマに対峙した。

「トマ魔道士殿。ジュール様は私共が責任を持って宰相閣下の元にお送りします」

「できるか」

ちらり、と視線を奥に投げてトマが問う。

異臭をまといぐずぐずと崩れたあまりにひどい有り様は。命の存続すら危ぶまれた。トマのしかめた眉の意味を噛み締めつつ、レミはしっかりと頷いた。

「お体の状態が安定しましたら、必ず」

「わかった。ではジュール士長の御身は任せよう」

「は」

「それと。こちらのアルノー殿は丁重に葬る。ジュール魔道士長、いやジュール殿がお気がつかれたらそう伝えてくれ」

ちらり、と忘れられたように横たわる亡骸を示した。レミは瞬いて、何事か察したように頭を下げた。

「主の為にも、お願いいたします」

「だが回復の後、万一、ジュール殿がそのお力で陛下や国に仇為すならば、このトマが魔道の有らん限りを駆使して排除する」

トマ魔道士の言葉に、レミの身体が強ばった。ジュールこそ国一等の魔道師と信じる身だが、事実、ジュールの術を返したのが目の前のトマなのだ。

ぐっと唇を噛み、それから頭をあげてレミは目を合わせた。

「──っ。そのような愚かな道を選ぶ主ではない、です」

「そうならぬよう、そなたらが見守ってくれ」

それぞれ一歩も退かぬまなざしを合わせる。

「…承りました」

にらみ合いとも取れる間の後、レミは再び静かに頭を下げると、モリスと共にジュールを連れて消え去った。


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