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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
206/277

番外 産まれるもの 喪われるもの 奪われるもの 9

流血、残酷表現があります

苦手な方はご注意ください


どう言えば王を納得させられるのか。

そう考え、ジュールがほんの束の間、躊躇ったその時。

オリヴィエが一歩踏み出した。

「ジュール魔道士長が躊躇われるならば、私が」

「オリヴィエ、許可する。アルノーの魔力を用いてエルザを救え」

「陛下!お止めください、そんなことをしてもエルザ様は戻りません!」

懸命に、身体を張ってでも止めようとした。だが全ては遅かった。

はっと顔をあげた時にはオリヴィエが術を放っていた。アルノーの命の灯火、最後の頼りとなる魔力の欠片をもエルザに移す、その技が容赦なく振るわれた。

瞬間、何を叫んだか覚えていない。

喉が嗄れて、しかし衛兵に肩と腕を掴まれ動きを止められたジュールは、見た。


アルノーの周りの空間だけが時を加速させたかのようだった。見慣れていた友がみるみると姿を変容させる。あっという間に肌は乾き、皺が深く刻まれて老いていく。もはや生気の欠片も残らぬまでに干からびて。

アルノーの命が消え失せたのが、ジュールにはわかった。

弛緩した身体は萎み、既にただの骸だ。全ての命の元をオリヴィエに奪い取られたが為に。

「──」

アルノー。


すぐに冷えて固くなるであろう友の身体を見つめ、立ち尽くすジュールの耳を王の声が打つ。

「エルザ!」

アルノーの最後の力を身に受けて、しかしエルザ妃には何も変化は起きなかった。

ただ術の衝撃を受け、寝台の上でわずかに身体がずれただけ。

結果はわかっていたろうに。

焦り、動揺を顕にしたオリヴィエは幾度も魔法を放った。当たり前だが変化はない。

空気の波でエルザ妃だったものが、打たれたように動く。無機質な動きが、逆に妃がもはや還らぬモノと化したことを知らしめる。

虚しく繰り返される術に、遂に王が衛兵に力ずくで止めさせた。用無しとなったオリヴィエは衛兵によって退室させられる。



そして。

「ご臨終です。…お亡くなりになりました」

「嘘だ!」

王の大きな声が部屋に響いた。

「嘘ではございません。エルザ妃殿下は薨去されました」

そんな医師の言葉を、ジュールはぼんやりと受け止めていた。だが音は耳に入っただけで意味は捉えられていない。思考も動かず、ジュールは突っ立ったまま、友の亡骸に目をあてていた。



どれくらいそうしていたか。

気づけばアラン王も部屋から消えていた。汚れた寝台は真新しいシーツでおおわれている。その真ん中に、純白の繊細な夜着に着替えさせられたエルザ妃が横たわる。全ての汚れは清められ、金の髪は美しく櫛梳られて輝きを取り戻しシーツに広がっている。白い瞼は固く閉じられているが、頬には紅が差されたかほのかに薄赤く、ただ眠っているだけのようだ。


この部屋は、王の愛した妃が眠る部屋。


これ以上この場にいるべきではない。

救えなかった命に心の中で詫びて、ジュールはアルノーの遺体と共に産室を辞した。




車寄せに向かいながら、腕に抱えた友の顔をじっと見る。本来ならばジュールに運ばれるなど御免蒙ると逃げ出すか、軽口を叩いてふざけるか。大人しくなどしない彼の、あまりの身の軽さに胸を衝かれる。

物言わぬアルノーを抱え、待たせていた馬車に乗り込もうとして。

「ジュール魔道士長」

ジュールは肩を跳ねあげた。今、何よりも聴きたくない声。

衛兵によって放り出された筈のオリヴィエが、すぐ後ろに立っていた。

「私はお役御免だそうで。乗せていってくださいませんか」

ローブ姿の彼はあまりに平然とし、つい先程起きた悪夢の出来事を忘れたかのようだった。上司の腕にあるアルノーの亡骸を見ても悪びれもせず言ってのけるのだ。

ジュールは言葉も出なかった。

しかし続く言葉に我に返る。

「それにしても、アルノー卿の魔力も評判ほどではありませんでしたね。いらぬ恥をかかされました」

「オリヴィエ…!お前はどの口でそんなことを。アルノーはお前の無為な術のせいで命を落としたのだぞ」

あまりの言い様に、どこか麻痺していた感情が波打った。それでもジュールは怒りを堪えて部下の過ちを糾弾した。だがオリヴィエは動じない。こちらを真っ直ぐに見る眼差しは硬く揺るぎなく、今までの温厚さが嘘のように冷徹な性を見せてくる。

「魔道士長がわざわざ連れ出したのですから。国王陛下の為に身を賭すのは臣下として当然のこと。アルノー卿は覚悟されていたのでは」

「馬鹿な。そんなことはない」

「でしたら、士長の力不足でしょう。魔道士長が蘇りの術を会得しておれば、話は簡単だった」

「──」

話が通じない。人一人犠牲にして平然としている。

この男はこんな人間だったのか。

薄ら寒い気持ちを抑えて、ジュールは腕の中のアルノーを見つめた。産室に入るまでは年を重ねても健やかだった。つい先刻の、己を心から信じて呑気にすら見える風で長椅子に身を預けた姿が脳裏に浮かぶ。

今は変わり果て、一気に年老いて落ち窪んだ瞼は、固くからからに乾いて張りついている。

「いずれにしろアルノー卿は役に立たなかった。だからエルザ妃も、己も救えなかったというわけです」

思わず、腕に力が籠った。みし、とアルノーの干からびた肌が一片、剥がれ落ちる。

それを見たジュールの中で、何かが壊れた。


「──お前が。お前が余計な術を放ったせいで。全て、お前のせいだ」

朽ちたアルノーを魔法で床に横たわらせると、ジュールは空になった左腕を伸ばし、オリヴィエの首元を掴んだ。

部下『だった』男は苦しげに顔をしかめながらも不敵に言い返す。

「アルノー卿をこの場に呼んだのは、魔道士長では?」

「そうだ、だからこそ私には責任があった。アルノーを無事に返すというな」

「見事、失敗に終わりましたな」

オリヴィエの嘲弄にジュールは顔の筋一つ動かすことなく。

無感動に低く告げた。


「お前の生命で贖え」


「え」

言葉の意味を捉える間もなく、瞬時のうちにオリヴィエは首と四肢を切り離されていた。驚愕に染まった首が目を見開いたまま床に転がり落ちる。

断面から血が噴水のように噴き出す身体を、ジュールは冷えた眼で眺めた。

たった今、己が一人の男の命を断った事実に何の感情も湧かなかった。


──これを使おう。


目に映る赤い塊。まだ温もりのある命の残滓。

無から構築する蘇りの術をジュールは使えない。だが人の生命と魔力を材料にして喪われた存在を再生する術は、ジュールの能力なら、できる。

狭い空間のみの時の揺り戻し。

世のことわりから外れた、禁じられた悪しき闇に染まった術。

しかし不意に浮かんだソレを行うことにもはや躊躇いがあろう筈もなかった。

寸断されたオリヴィエの肉片から、残存する魔力を左手で絡めとる。彼がアルノーに成したと同じく、根こそぎ浚う。

掌に感じる圧が、重みがアルノーを再生する力と感じて、唇が自然、弧を描いた。


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