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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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番外 産まれるもの 喪われるもの 奪われるもの 6


「エルザ!」

力をなくした身体に、アランの心を絶望が襲った。言葉もなく動かないエルザを抱く。なんの反応もないことに怖じけ、重みと温みに救いを見いだそうとする。


まだ、まだなんとかなる。


は、と後ろを顧みる。そこには、エルザに術を施した魔道士がいる。誰よりも魔力の強い、禁忌の法も厭わぬ優れた魔法使いが。

「ジュール!」

「これ以上は、…難しいかと」

しかし返ってきたのは無情な見立てだった。

「いや、なにかまだ術がある筈だ。まだ、エルザは死んでない。だからなにか…」

「たった今、エルザ様の命の糸は切れました。私が繋いだ術の限界です」

そんな!

アランは部屋の端、長椅子に横たわる男を指差した。

「この者、アルノーの魔力は膨大なのであろう!今一度エルザを救え」

「死者は蘇らせることはできない、と最初に申し上げた筈です」

「っ。まだ!エルザは失われていないっ」

どこまでも冷静な魔道士長は淡々と、叶わぬ理を語る。この男の力を信頼するが故に、絶望が深まっていく。

冷えゆく身体に己の体温を移そうとエルザの頬に自身の顔をあてる。まだ、冷たくはない。何か、手段がある筈。



「いや、まだできる」

不意に割り込んだ声に、アランは顔をあげた。魔道庁から遣わされた魔道士、オリヴィエだった。確か、この部屋の外にいた筈。

「まだ、妃殿下をお救いする道が残されております」

「まことか」

アランの心が一筋の望みを掲げられて浮上する。彼が部外者ということも忘れて飛びついた。

「オリヴィエ、何を言う」

割り込んで叱責するジュールが煩わしい。聞きたいのはエルザを救えるという話だ。

「ジュールは黙っていよ。時がない。余はこの者の話が聞きたいのだ」

「陛下…っ」

ジュールの口を封じて魔道士に目線で先を促すと、オリヴィエは得たりと笑んだ。

「そこのアルノー卿。まだ身のうちに余力を残しております。残りの魔力を全て妃殿下に注げば、お命を還すことが可能かと」

「──本当か」

「馬鹿な!そんなことをすればアルノーの命が絶える。それに、今少し魔力を移したとて、エルザ様のお命は戻せぬ」

即座に切り捨てたジュールに、オリヴィエは動じずアランを振り仰いだ。

「お聞きになりましたか、陛下。この通り、ジュール魔道士長はアルノー卿の命を保つ為に術を加減した。本来ならもっと強い力で妃殿下のお命を戻せたものを」

「そう、なのか」

魔道には明るくない。故にオリヴィエの言い分はもっともらしく感じた。

彼の主張を信じたい気持ちが勝ったのかもしれない。そう囁く理性はまだアランに残っている。だがエルザを助けられる可能性、と言われたら先を追いかけずにはいられない。

混乱したまま、アランはジュールを糺した。

「答えよ、ジュール」

「確かに、エルザ様に注ぐ魔力を調整致しました。ですがそれが今の事態を招いたのではございません。喩えアルノーの全てを注いだとしても、妃殿下の蘇りには足りなかったのだと、」

「ジュール魔道士長」

オリヴィエが口を挟んだ。

「語るに落ちるとはこのことですな」

「なんだと」

「魔道士長はあくまで、アルノー卿の安全を担保した上での術を行使した。妃殿下の御身を救ける為に全てを賭けるという選択は、最初から念頭になかった」

「詭弁だ、私はアルノーの魔力の量を知っている。その力の及ぶ限界も。死者を蘇らすことは魔力を移しても叶わない」

「試してもいないで強弁するのは、説得力がありませんな」

オリヴィエの言葉に、ジュールが沈黙する。絶句したのかもしれない。


「優先すべきはエルザ様のお命では」


止めのごとき言葉。

ジュールが息を飲んだのがわかった。

非道ではあるがアランの正直な心を代弁したものだ。こちらを唆すように続ける。

「さらなる術でアルノー卿が命を落とす、と決まったわけではありませんな」

オリヴィエの語る楽観的な見込みは、己が妃の為に臣下の命を奪う、という罪の暗さをぼやけさせる。

もう一度だけ、と望んでも許されるのではないか。

アランはからからに乾いた口を動かした。

「ジュール。せめて今一度試してみることはできないか」

「無理です。これ以上、術を重ねてもエルザ様をお戻しすることは叶いません」

王の懇願をジュールは迷うそぶりも見せずに断った。

「アルノー卿がご心配なのでしょう。それは当然です」

したり顔でオリヴィエが頷いた。つるりとしたその表情は、平素なら一蹴して仕舞いの胡散臭さだ。だが今のアランはわずかな望みに縋りたかった。

「ジュール魔道士長が躊躇われるならば、私が」

「何を?!」

「陛下、急がないと術を施す意味もなくなります。ご決断を」

そうだ。こうしてぐだぐだと話している暇はない。目の前にあるエルザの死へと恐怖と一筋の希望と。


追いつめられたアランは、誘惑に負けた。


「オリヴィエ、許可する。アルノーの魔力を用いてエルザを救え」

「陛下!お止めください、そんなことをしてもエルザ様は戻りません!」

「衛兵、ジュールを止めよ。ジュール、動くなよ」

両肩を衛兵に掴まれながら、尚もジュールは叫んだ。

「やめろ、オリヴィエ!アルノーの全てを注いでもエルザ様は還らないっ」


ジュールの声を無視して、オリヴィエは動いた。右手がひらめくと、アルノーの額が大きくぶれた。ジュールに比して荒い術はしかし魔力を獲ることに成功した。


成功したと、わかった。

オリヴィエの動きによって、魔力のないアランにすらありありとわかる程、アルノーの姿が急激に変容したのだ。

一瞬のうちに容貌が衰え、水分を失い土気色になった肌にアランは戦慄した。

先に告げた、命を保つ加減など最初から守る気もなく。オリヴィエはアルノーの生命の一欠片も容赦なく奪い取ったのだ。

「アルノー!」

ジュールが拘束を振り切って友の元へ駆け寄る。干からびた肌に触れて、膝から崩れ落ちた。

見たこともない魔道士長の姿に、アランは目を背けた。

今は、エルザのことだけを考えるのだ。

「さすがアルノー卿。残滓といえる魔力でさえこれ程に強いとは」

人一人の命脈を断った罪の意識も見せず、感嘆の溜め息を洩らしたオリヴィエは、その手にある魔力をすぐさまエルザに向けて放つ。


ばしん、と衝撃を受けてエルザの身体が揺れた。

揺れて、金の髪が広がって。

「エルザ…?」

今一度、その固く閉じられた瞼が開くのをアランは待った。

だが。

しばし時を経ても、瞼が震えることも、唇が吐息を洩らすこともなかった。

「馬鹿な、何故、」

焦ったような声と共に、オリヴィエが右手を振るう。ばし、と短い風を受けてエルザの身体が動く。まるで物がずれたかのように固く、静かに。

ばし、ばしん、とさらに二度オリヴィエは繰り返した。都度、エルザの身体は打たれたかのように跳ねる。だがそれだけだ。

「エル、ザ」

術の圧でずれるだけ。

ただ打擲されるがままの姿に、アランは堪らなくなった。

「やめよ。もう、エルザを打つな!」

横たわるエルザの前に立ちはだかり、オリヴィエを押し止める。

「しかし術が」

行きどころのない右手を振り上げて、オリヴィエは尚も言う。

「無駄だ、いくら魔力を注ごうとも、もはやエルザ様を蘇らせることはできない」

息絶えたアルノーの傍らでジュールが静かに呟く。

「いや、まだだ。まだ、できる筈」

効力のない術を放とうとするオリヴィエを、遂には衛兵が取り押さえる。

「陛下、まだできます、まだっ…」

もがく魔道士を兵が外に連れていく。

遠く叫ぶ声が続いたが、衛兵によって外側から閉められた扉がそれらを遮断した。

産室は沈黙におおわれた。

全ては、エルザの横たわるベッドの周囲で忙しく起きていたことだ。

だがアランの脳はそれらを感知していたにも関わらず、人々の動きを一つ膜を挟んだ外側の世界の事のようにしか捉えられなかった。


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