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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
198/277

番外 産まれるもの 喪われるもの 奪われるもの 1

ゲーム軸の双子誕生の辺りの話です。

既出のように人の死、出産時のあれこれの描写がありますので、苦手な方は流し読み推奨です。


全てが崩壊した瞬間を覚えている。

その、時。

恐ろしいまでの絶望が襲いかかった。

手にしていた幸せが確かにあったのに、気づかずにいたジュールは、己の過ちで何もかもを喪った。

全ては己の不用意さが招いた事象なのだろう。

我が身の為した罪の結果だ。





幼少期に多大な魔力を持つと判明したジュールは、もて余した両親によって魔道庁に預けられた。魔道士達に才を認められ、物心ついた時にはいっぱしの魔法使いになっていた。その後も順当に高度な魔法を習得して、当たり前のように優秀な魔道士になった。順風満帆だった。学校にも行かず術ばかりを研鑽してきたせいで魔道庁しか知らないとは自覚していた。それでも魔術の腕は他の追随を許さぬ実力で、誰もを圧倒する程であったから、意識せずとも奢りがあったのだ。

その欠けた箇所を指摘されたのは成人して魔道庁に勤め始めてしばらく経った頃。

王立図書館で魔道に関する書を探して書棚を彷徨いていた時だった。己が実力を信じて慢心していたところを不意打ちで突かれて、新たな世界を知ることになる。

その切っ掛けは、ジュールより少し年長の、まだ年若い職員。いたずらっぽい眼差しで声掛けをしてきた少し背の低い男。その頃はまだ白い髭もない書を愛する変人。ただナーラ国の知の集積とも言うべきこの場で、誰よりも膨大な資料を把握しているという評価がついていた。

そして、ジュールは目の前に立つ男が強い魔力を持つと気づいた。

もしかして、魔道庁とは別口で王宮に属する魔道師ではないか。

そう疑う程の圧倒的な魔力量。人が負うには過ぎた程の。

だが。

「わしは魔術が苦手なんだ。王立学校の魔法学も嫌いでの」

恥ずかしげもなく言ってのける、年に似合わない老成した話し方をする男は、アルノーと言った。

「呪術語もあさってで、早々に投げたわ」

衒いもなく言って笑う。

ジュールにとっては魔術、魔法の類いは自らの存在意義であり、生まれ持った強大な魔力は誇りでもあった。なのに、この男は自らが持ち得た力を惜しむことなく放り出して平気でいる。そうして魔道とは別のモノに取り憑かれてその道を究めているのだ。その事に、ジュールは衝撃を受けた。

そうして自身の狭い価値観が揺らいだまま、それでもこの時の不思議な対話の感覚を忘れられず。

ジュールは自身が何を求めているかもわからぬまま、魔道庁で上がる己の地位と外れた場に属している者と友誼を結んでいった。



さらに時を経て、ジュールは学校を出てまだ数年という官僚と出会った。アルノーを介して知った彼はロランといい、世代で抜きん出て優秀と言われて早くも頭角を表していた。

政治学を専攻する視野の広い彼との会話は、ジュールの世界を拡げてくれた。アルノーが語り本で説く言葉を、ロランが現実へ繋げる。ジュールは二人の新しい友のお陰で新たな視点とこの国の未来への展望を描いた。また出世とは無縁なアルノーと違ってロランは国家運営の中枢になる才の持ち主であったので、この関わりが、ジュールを王家へと導くきっかけとなった。

もちろん、ロランと出会わずあのまま魔道庁のうちにだけ留まっていたとしても、いずれ実力で士長まで登りつめ、王宮に伺候する未来は訪れただろう。

ただ、早い出世がジュールとその周囲の運命を変えた。




あの時。

王太子アランの即位式において、魔道庁魔道士長の地位にあったジュールは、式を滞りなく終える為に一つの術を成した。それは王太子アランがナーラ国を担う正当性を補完するものであり、居並ぶ貴族達、官僚、さらには後々知るであろう国民への権威の誇示である。

よくよく考えれば、それは国王の即位に何ら不可欠ではなかった。行わないならば、ただ王の晴れの舞台に少しばかり陰が射す、それだけ。その後の治世が明るければ無視できる程の瑕。

しかしその当時は必死で、なんとしても成し遂げねば王の即位は危ういとまで思い詰めていた。ナーラ国の王は完璧でなければ、と考える周囲の圧力もあって、冷静な判断ができなかったとも言える。

あの折りは幾度考えようともああするより他はなかった。そう、ジュールの理性は結論づける。



魔道庁の部下にあたる年の離れた副士長、トマは生真面目な男だった。実直で努力家、そして融通が利かない。王宮に仕える者として美点が多い彼を、しかし特に最後に挙げた点を以て、ジュールは内心見下していた。大局を見て強大な術を行使すべき魔道士として、自在に動くことを考慮しない、自らの手足を縛った愚か者、と。

四角四面な彼は、禁忌の魔道には決して手を染めない。術を知ることさえ厭う。

そんな性格のトマには、故に面倒になるとて即位式の禁術の件は告げずにいた。


副士長にも黙って、ジュールは禁忌を侵した。この道を踏み外した時から、国王と魔道庁のトップの心のうちの規範はなし崩しとなった。個々の都合で容易に揺らぐものに成り果てたのだ。一回、禁忌を侵したことで規制を破る心の壁は柔くなった。

意識せぬその影響は、後に手ひどい形で還ってくることになる。


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