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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
6章
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王立図書館の奥の奥、書庫の中で導き出した推測は、宰相ロランの元へ持ち込まれた。そうしてアルノーとジュールがモリスが王宮で密やかに動き出したと報せを受けた頃。

書庫に巣くう二人は王立学校で起きたとある珍事を知ることとなった。一人の男子生徒の不名誉として、外向けにはひた隠しにされていた一ヶ月も前の出来事である。



「ルイ殿下、いかがされました」

慣れた書庫通いだというのに、いつものように、とは言い難い態度だったのは自覚していた。しきりに首をひねりながら書庫を訪れたルイに、ジュールが声をかけてきた。

「うん、図書館来るのは久々だったんだけど、なんか中の人達がおかしくて」

「忙しかったのだろう。ここに来るのはひと月ぶりくらいか」

「そう、いろいろあって。で、館内に入った途端に皆が一斉にこちらを見てきて」

驚いた。

ここは国中のあらゆる書、さらに他国の資料を集めた知の集積所。人々は目的を持って訪れている。

普段は各々、資料を探して棚を見つめているか、閲覧室で目当ての書に集中していて一人の訪問者になど目もくれないのに。

「ああ、それは」

「なに。この俗世と離れた学びの館にも噂が廻ってきての」

心当たりがある、とジュールとアルノーが頷きあう。

「噂?」

「殿下とフィリップ殿下の試合の話が我らの耳にも届いている。外の者達はもっと耳が早いだろう」

「噂の当事者の一人が現れたのじゃからな。書よりも気になる物見高い者もおるわけよ」

「──ああ」

納得すると同時に、学校内の一授業の内容がここまで広まっていることに、なんともいえない気分になる。


ルイにとっては偶然が重なった為に披露した剣技でしかない。だが相手が弟のフィリップであったこと、彼が勝ちを得たことに深い意味を見出だしたい勢力があるということか。

「こんなに影響するなんて思わなかったよ」

否やもなく二人、立ち合わされただけなのに。こんなことなら、あの時弟を容赦なく打ち据えれば良かったか。いや、そんなことをしたらそれこそ王妃の一派が黙ってはいまい。シャルロットと一緒に報復を恐れなければならなかっただろう。

と、

「実のところは、全部シャルが持っていったんだけどな」

何気なく呟いたそれに、アルノーとジュールが不思議そうな顔をした。

「シャルロット殿下?」

「王女殿下が何を」

「え、あれ?シャルが男子生徒を叩きのめした、のは知らない、のか」

驚きに目を丸くする二人の顔に、こちらの話は初耳なのだと悟った。

「ええと、俺達の試合が終わった後に起きたことなんだけど」



──というわけで、ルイはひと月も前の合同授業の顛末を二人に語って聞かせることとなった。

特に、全く知らないであろうシャルロットと男子生徒の試合については問われるまま詳しく話した。

アルノーとジュールは興味深そうに聞いて、シャルロットの活躍に大いに沸いた。

「王女殿下はさすがじゃのう」

「兄上に対する侮辱に我慢ならなかったか。らしいと言えば実にらしい」

しかし、と首を捻る。

「そちらは、全く聞こえてこなんだのう」

「王子殿下二人の話がこれだけ評判になっているというのに、そのすぐ後の王女殿下の件は毛程も聞かなかったな」

「こちらの方が面白いのに、のう」

「良い風に捉えるなら、姫殿下のお転婆な所業が広まらないよう封印したのだともいえるが」

「それはないじゃろ」

アルノーが一言の元に否定する。

「わかっている」

「王女殿下のセンセーショナルな話で、せっかくのフィリップ殿下の活躍が霞んでしまうしのう。第二王子派の子息の無様な顛末も隠さねばならん」

「ま、そんなところだろうな」


二人の感想にルイは同意するしかない。学校ではあれほどシャルロットのことが噂になったというのに、外では意外にも黙殺されている。そこに作為があるのは当然であろう。

だがルイの評判を落そうという画策ははともかく、シャルロットの件を箝口令を強いたかのように伏せたのは、こちらとしてもありがたかった。

また王妃の衝動の的にされるのは御免だ。

第二王子派の思惑か醜聞を恐れた男子生徒の家の意向か、とにかくもシャルロットの目立つ動きが表沙汰にならずに済んだのは、二人の平穏な生活にとって幸いだったと言えよう。




「ところで」

ルイは話を変えた。ここを訪れたのはこれを聞く為だった。

「アルノーは、危険な任務とか頼まれることってあるのかな」

「任務、のう」

アルノーは意外なことを言われた、とばかりに目を見開いた。顎髭をしごきながら天を仰ぐ。

「わしは隠棲してる身じゃからの。日々、これといった仕事はない。まあ、ロランや殿下がどうしてもと、この老いぼれに泣きついてきたら動かんでもない」

「ロランの依頼って来るものなのか」

「ないのう。ロランの元にはモリスがおる。これが非常に優秀な男での。宰相殿がこっそり知りたいことややりたいことを見事にやりおおせるのじゃ」

「すごい」

「ジュールが遣わしたんじゃ。元々はレミと組んでおったが、宰相府の仕事が合っていたようだの」

「そうなんだ」

名を聞いたことのあるだけの、ジュールの元部下。彼がロランの助けになっているらしい。

「と、いうことでわしは日がな書に耽溺できるというわけじゃ。ルイ殿下がお命じになれば不詳アルノー、老骨に鞭打ってはたらく所存」

おどけた口調で言う。

「しかし、役にも立たん」

ジュールが口を挟んだ。

「何を言う」

「剣は使えん、魔法も無理ときてる。少しまともに動くのはこの頭の部分のみだ」

「それが大事なのよ」

「だからな。何事かが起きたとしても後ろの、頭を動かすに適した安全な場所でうずくまってるのが精々だ」

なかなかひどい言いようだが、ジュールの言葉は正しい。アルノーはこの書庫に籠って、数多ある知識の中から国に有用な標を見出だすのが役目と言える。それを、ジュールも望んでいる。口ではなんと言おうとも友人同士なのだ。


ルイは少しだけ安心した。

現時点では、自分の知らないところでアルノーが危うい羽目に陥ることはなさそうだった。つまりはジュールも、禁忌の術を使うところまで追いつめられはしない。

それがゲームの進行上よろしくない展開であろうとも、ルイとしては恩師二人が平穏であることが大事だった。



攻略対象者が一人欠けても、いいよな?



アルノーが死なずジュールが禁断の術を振るわぬ世界線で。この国が滅びずに済む為にできることはする。

それが期せずして伝説の宝を二つまで得てしまった自分の役目だと思う。

バグとしてこの世界に存在しているのだ。その歪みを大いに利用して、望むエンドマークを目指すしかなかった。


しばらく本編の更新は休みになります。

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