190 密談
休み時間、コレットは中庭で全体が黒っぽい女子生徒を見つけて駆け寄った。
ここ数週間で、すっかりサヨと立ち話をする仲になってしまった。仲良しのクラスメイトはいても、ゲームの進捗や攻略対象者の話題を語れるのは、この魔鳥だけである。
その為、ついつい気安く声をかけて話し込んでしまう。一方の魔鳥は、ゲームとは無関係の学校の噂話を仕入れては、サヨに教えてくる。何のために擬態までして学校に潜入しているのだか、とコレットは呆れるが、告げられる噂は大抵目新しいもので興味を引いた。
「校内で人気者の恋愛事情」
「何それ」
魔鳥の少女が口にしたあまりに俗っぽい言葉に、コレットは眉をしかめた。
「いや、普通に十代の男女が集まっているんだから、そういう話題は出るでしょ」
「それにしたって…」
「ま、話の種類があれだから、主に女子の間で行き交ってることなんだけど」
「そんなの、わざわざ教えてくれなくてもいいわよ」
サラ達のようなまともな友人もいる。余程話題となれば自然、そちらから耳に入るだろう。
「うーん、でもヒロイン様の攻略対象者の名前があがってるんだけど?」
「──それを早く言いなさいよ」
『彼ら』が絡む話なら別だ。与太話でも噂でも情報は多い方がいい。
態度を豹変させてサヨに先を促した。
「去年までは例のドレスの令嬢を中心に盛り上がってたみたい。でも今は王族がいるからね」
「ルイ王子やシャル様は敬遠されてたんでしょ?」
「そうだったんだけど。フィリップが来てからは、注目生徒が王族に移ったって感じみたい。なんといっても自分達より身分が上の王子王女が三人も在籍してるんだから。シャルの人気は継続中だし、いろいろ活躍もしたでしょ?まとめてキャーキャー騒ぐ対象になったってこと」
「はあ」
憧れの王子様王女様(本物)というわけか。
しかし考えてみれば、ゲームではこの時期、一般生徒の間では王子二人や騎士見習いの交遊関係で噂が立っていた。
もちろん、高位の身分や優れた資質によって皆の注目の的である彼らが、特待生の庶民の少女と何故か親しくなっていることが人目についたからである。
この頃には、攻略対象者の一人や二人と小さなイベントを経て距離を縮めているのだ。まだ個別ルートに至る一人に絞らなくても良いが、各々の対象者の好感度を上げていく。上手くすれば大きなイベントをクリアして宝を手に入れている頃合いでもある。
──現実はアレだが。
ゲームでは、生徒に紛れ込んだ魔鳥から話を聞く筈もなく。校内で言い囃されているのを知らずにいたヒロインは、最後の最後になって自身の噂を聞く、という形であったけれども。いわゆる、シナリオの進捗を確認する良い判断材料でもあったのだ。
しかし。
「あ、ヒロイン様の名前はあがってないわよ」
「──」
ゲーム通りの展開を期待してはいけない。
コレットは今現在、攻略対象者の誰とも親しい関係になっていないのだから。
わかってはいたが、いろいろ突きつけられると微妙にへこむし、全くと言うほど進んでいない攻略に焦りが生まれる。
「あ。がっかりしてる」
「してないわよ。今の状態で噂になってたら、そっちの方がよっぽどおかしいわ」
言い返すと、サヨは肩を竦めてぼそりと落とした。
「嫌われては、いるわよ」
一部生徒に。付け加えられた言葉にコレットは思わず声をあげた。
「まだ!?」
新年度祝いのパーティーから随分と経つのに。
シャルロットと強引にダンスはしたが、彼女の過激なファンはルイ王子が抑えてくれて、以降トラブルはおろか接触することももない。あの辺りの層が静かになったから、普通の一般生徒に戻れたと考えていたのに。
「ダンスパーティーはほぼ全校生徒がいたわけだから。シャルのファンじゃなくてもよく思わない女子が多かったのよ」
「あのドレスのせいなの?」
「ドレスもだけど、やっぱりシャルと踊ったことに対する反感もあるんじゃないの」
「シャル様のファンでもないのに?」
「そりゃあ、当たり前」
言って、魔鳥は丁寧に解説した。
ゲームでだって、ヒロインは身分違いの生徒達の中で浮いた存在、かつ憧れの王子達や騎士と繋がりを持って以降は、嫉妬ややっかみの対象だ。
ゲーム内では細かい人物設定が描写されないが、そこに存在するいわゆる「モブ」達からすれば、コレットは平民特別枠で入学したにも関わらず、学校の特権階級の王族や人気者と仲良しになる、目障りな弁えない生徒だ。
一方、この世界のコレットは、攻略対象者と個人的な進展はほぼ皆無だが、だからこそダンスパーティーの(お下がりとはいえ)身分不相応のドレスと王女への強引な接触は、唐突で皆に強い印象を与えた。
特待生という名目で王家と貴族の為の学校に入り込んだ庶民が、序列を一足飛びに越えたのだ。
さらに王族に自分から売り込みに行って、受け入れさせてしまった。
これは、シャルロット本人の意思は関係ないのだ。
大多数の生徒が、害意は持たなくともマイナスな感情を抱いているという。
「だけじゃなくてね」
「なに」
「少し前から、シャルの態度が激変したでしょ」
「そうなの!嬉しくって」
思わずと相好を崩した。
「顔を見たら、シャル様から声をかけてくれるの」
「いや、それよ。原因は」
「シャル様からしていることなのに?」
こちらは至って控えめにしている、と思う。
「むしろそれが問題。信奉者と違って王女の方から寄っていってるってのがね。周りからしたら衝撃よ。シャルの中では一段近い存在?」
そこまで言って、魔鳥は嫌そうに顔をしかめた。
「そこでにやにやしないでよ」
「仕方ないじゃない。勝手にこうなるのよ」
言って、コレットは両手で頬を押さえた。で?と続きをせがむ。
「そういうの、皆敏感なのよ。特に社交界の評判が全てで、権力者の好意を得るのに汲々としている家は多いわけだし」
「でも、フィリップ王子派の方が強いわけでしょ」
「そうだけど、ルイもシャルも王家じゃない。しかもあの二人は学校では一年間、ずっとマクシム以外とは一線を画してきたのよ。そしてそれは衆知のことだった」
なのに、とサヨがコレットを見た。
「ぽっと出の庶民が特別扱いされてたら、ねえ」
成る程。
王族と一般人の関係について細かくて具体的な解説にコレットは感心した。
魔鳥のくせに人間の機微に詳しい。
「しかも、進んで声かけしてるのが、ある種特異な女子人気を誇るシャルロットじゃない」
「何がいけないのよ」
「いや、普通の生徒からしたら面白くないわ」
ひどい。
悔しさを漲らせ唇を突き出す。




