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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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授業の休み時間、コレットは一階の廊下を意味もなく彷徨いていた。鍛錬場に至る道だが、ここにいるのはもちろん偶然ではない。

二年の剣術の授業がこの後にあると知っての待ち伏せである。


先日のシャルロットの勇姿は鮮やかに脳裏に焼き付いている。

ゲームのシナリオにあった攻略者同士の模擬試合。ルイ王子が剣術を選択していないという齟齬があったが、普通に試合は行われた。

あまり興味が持てない中、それでもイベントとして見守っていたが、その後の展開はコレットの心を高揚させた。

いかにも小者の、いけすかない男子生徒がシャルロットの鮮やかな剣に敗れ去ったのだ。ルイ王子への侮辱に飛び出してきた王女の瞳は強く輝き、怒りに燃えた姿は美しくも危険な魅力に満ちていた。

これは贔屓目だけではない。

他の生徒達も目を奪われて、その後は皆、シャルロットについて語り続けていたのだ。

合同授業に参加しなかったダンス選択の女子生徒にもあっという間に話は広まって。コレットはサラ達に詳しく教えるようせがまれた。こちらとしてもシャルロットの活躍を語りたくてたまらなかったから、嬉しくて何度も繰り返した。

しつこいくらい詳細に語って満足して。

以降、思い返す度にうっとりと溶けた気分に浸っていた。


その幸福な余韻から、コレットは我慢できずにこの場にいる。

どうというあてもないが、一目姿を見たいというファン心理であった。

と、今か今かと待ちあぐねて柱に隠れて廊下の向こうをこそこそと覗いていると、少し先の教室の扉が半端に開いているのに気がついた。


閉め忘れ…?


目についたそれをなんとなく見つめていると、扉から男子生徒が数人現れた。

上質な絹の礼服が二人、灰色の制服姿が三人。

フィリップ王子の制服選択ショック以来、貴族達のにわか制服着用者が増えた。

と言っても、入学前に誂えたきりの者がほとんどなので、一年生は仕舞っていた制服を引っ張り出して着込んだが、上級生達は年単位で放置していた為、混乱が生じた。当初は古いそれを無理やり着ていたが、わずかなサイズ違いや不具合を見つけると、そのまま着ることに耐えられなくなったらしい。

やはり身体に合ったものでなくては、と日が経つにつれ上級生の大半が華美な私服に戻していた。些細な違和感でほぼ新品の上質な服を打ち捨てる貴族の感覚は、コレットには理解しがたいものだ。だが恵まれた彼らにとっては当たり前らしい。

ちなみに指定の服飾商には季節外れの制服の注文が殺到して、布地の在庫が品切れという話である。

そのようなわけで、豪華な私服と制服姿の混在したグループというのは、貴族、特に第二王子派の学年をまたいだグループと判別しやすかった。

教室から出てきた彼らも、恐らくはそういった仲間なのであろう。



しかし、もうすぐ授業が始まるというのに、何故こんなところで溜まっているのか。コレットは自分を棚上げして不審に思った。

フィリップ王子のシンパが、どうして。

と、灰色の制服を着た男子が言った。

「ここで待ってれば、絶対にあの女が通るんだな」

「ああ」

「間違いない」

「遅くないか?」

「王女なら遅刻しても不問だろ」

一番前で身を乗り出している男子は見覚えがある。この間、シャルロットに無様に負けた生徒だ。

名は、確かジョエル。


まさか。

嫌な予感に駆られ、コレットは無意識に身を乗り出した。目を凝らし耳を澄ます。

「ま、どうせ授業は出られないんだから、どうでも良いか」

くっと質の良くない笑いを浮かべた横顔に、コレットは息を飲んだ。


思い浮かんだのは、女性として最も考えたくない所業。

相手はシャルロット。この国の王女だ。

だからあり得ないと断じたいが、コレットは合同授業の場で全てを見ていた。

あの折、教師や他の生徒が多くいる中でさえ、ジョエルは王子王女であるルイとシャルロットに欠片も敬意を払っていなかった。形ばかりの礼儀を保ちつつ、侮蔑の気持ちを隠す素振りさえない不遜な態度。

元よりフィリップ王子の邪魔者としか見ていなかったのだ。皆の面前で大恥をかかされたシャルロットには、もはや恨みしかあるまい。


どう、しよう。


壁と柱の陰で立ち尽くし、コレットは拳を唇にあてた。

恐ろしい企みを知ってしまった。このまま彼らの好きにさせるわけにはいかない。

シャルロットを……襲わせるわけにはいかない。

だがコレット一人で何ができるのか。

相手は貴族の男子五人。庶民のコレットが何を言おうと毛程も響くまい。力ではもちろん敵わない。


ならば…。

身の内の魔力がざわめく。

コレットが修得した魔法は、一年生の到達点をはるかに超えたものとなっている。

それを使えば。

コレットは、ひとり頭を振った。

学校内で教科外での攻撃魔法の使用は禁じられている。違反すれば放校だ。しかもターゲットは五人。一度に全員の動きを封じることができなければ、事態が悪化しかねない。

失敗することはできないのだ。シャルロットが、シャル様が危ういのだから。


柱に爪を立てて、コレットは頭を忙しく働かせた。確実にシャルロットが無事に逃げられる方法を採るのだ。

──シャルロットが捕まったら即、大声をあげて、いや、金切り声をあげる。そうしてとにかくシャル様を連れて逃げる。

五人が揃って追いかけてくるかもしれない。確実に人のいる場所、鍛練場に向かって走る。


それでも駄目なその時は。


コレットは手のひらをぎゅっと握り締めた。魔法であいつらの邪魔をして、なんとか振り切るしかないわ。


そうと決めたら覚悟が決まった。


シャルロットが階段を降りて角を曲がってきた瞬間が勝負だ。

姿が見えたら全速で走り寄る。彼らがシャルロットに声をかけ、捕らえようとする寸隙をぬって、腕を掴んで逃げるのだ。

シャル様は私を認識している。ダンスだって踊った。ルイ王子を馬鹿にした男より信じてくれる筈。

引きずり込む空き教室の扉近くにジョエル達は陣取っている。彼らを出し抜く為にもなるべく近い距離で待ちたいが、見つかっては元もこもない。教室一つ分離れた柱の後ろで、コレットはシャルロットが現れるのをじりじりと待った。



ひどく長い時間。

だが前世で換算したら恐らくほんの数分。

緊張して角を見つめ続ける。

「まだか。あの王女、早く泣かしてやりたい」

ジョエルが下劣な暴言を放った時。

角から人影が現れた。


長身、男性。

シャルロット様じゃない。


当てが外れて、一瞬、緊張が緩んだ。

馬鹿だ、とコレットは自身を笑った。

ここは校内のごく普通の一角。シャルロット以外だって使うのだ。

ぼんやりと考えた。


そのほんの束の間に、全てが起きた。


長身の生徒──生徒だった──がわずかに屈んだ、ように見えた。と、次いでその身体が男子生徒達に向かって飛んだ。

「うわぁ!」

大きな悲鳴。

そしてジョエルの姿が消えた。


──え?


コレットは目を瞪った。

ガタン!と横で大きな音がして、残された四人の生徒達が周章てたように次々と空き教室に飛び込んだ。

その背中に、コレットは何が起きたのか理解した。

長身の生徒がジョエルに体当たりして突き飛ばし、その勢いのまま空き教室に引き込んだのだ。

あまりに動きが早くて、目では捉えられなかった。


コレットは柱の陰から走り出ると、教室の扉に取りついてそっと中を覗いた


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