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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
180/277

177

以下、女性の尊厳を軽んじる描写があります。

ご不快な方は読み飛ばして、181からお読みください。


「くそ、あの男女め」


女子生徒に人気のシャルロットにジョエルが剣で負けた噂は、あっと言う間に学校中に広まった。注目を浴びる合同授業で完敗したのだ。生徒達の口は塞げない。


「びっくりした。てっきり、剣は飾りでまともにやってないと思ってたんだよ」

「ああ。正直、あれはかなり使えるんじゃないか」

「俺、速すぎて見えなかった…」

口々に語るのは、剣術の授業を取っている男子だけではない。

「居合わせた従兄弟を昨日問い詰めたの。電光石火の剣捌きだったとか」

「ええ。シャルロット様、とっても落ち着いていて、相手の男子をいとも簡単に叩きのめしたと聞いたわ」

「あっという間の出来事だったのですって」

「まあ…!」

魔法学選択の数少ない女生徒や知り合いから聞き及んだ、剣のことなどまるでわからない女子も無責任に盛り上がる。


主な話題は華麗なる王女の活躍だが、そこには無様に敗北した相手がついて回る。

校内のあちこちで楽しげに語る女生徒達が、ちらりと視線を寄越してこそこそと囁く。王女に挑んだ無礼と女に負けた惨めさへの、白い眼とあからさまな憐れみに晒されるようになったジョエルは、怒りが収まらずにいた。

長い休み時間、まとわりつく人の目を避けて、空き教室に仲間と共に逃げ込んだ。

「全く。生意気な女だ」

「女のくせにでしゃばりやがって」

同調する級友達と口を極めて罵った。

「おい。曲がりなりにも王女殿下だぞ」

「ふん、姫としての教育が身に付いていないじゃじゃ馬ではないか」

「他国に出すこともできまい。行き遅れ確定だろ、あれは」

「せめてあの傷がなければな。ましな嫁ぎ先もあるだろうに」

「まあな。美貌のエルザ妃の血を引いているから着飾れば見られる女だ、傷物でなければ俺が相手にしてやっても良い」

「殴られるぞ」

「いくら粗暴でも所詮女。力で押さえつければどうとでもなるさ」

どっと笑う。男同士の質の良くない冗談だった。


だが。

「そうだな。そうだ。──剣をやるといっても、相手は女だ」

ちょうど笑い声が止んだ、間。ジョエルの唸るような低い声が、皆の耳に入り込んだ。

「押さえ込めば好きにできる」

「お、い…」

聞き流すべきか迷って。一人が恐る恐る問い質す。

「ジョエル、お前まさか馬鹿なことを考えていないだろうな」

「あの女。いきがっていても男には敵わないと、思い知らせてやる」

「──」

その言葉の意味を悟って、一同は息を飲んだ。

「仮にも王女に、それはまずいだろ」

「なに、人気のないところに引き込めば簡単だ」

「おい!相手は殿下だぞ。」

「腹も立つだろうが、こちらから手を出すのはやめておけ」

「うるさい!ここまで虚仮にされて黙ってられるか。──あの女、事が済んだ後にどんな泣き顔を見せるか見ものだ」


心の一線を踏み越えたジョエルに、ぞっと寒気を感じたのは一人ではない。

「ジョエル…」

「もちろん、お前らも協力するよな?」

こちらを見据える暗い瞳に、答えられなかった。

仲間うちでは、ジョエルの身分が一番上だ。家のことを思えば彼には逆らえない。だが、事はあまりに重大だ。

貴族として当たり前のように享受してきた特権。その拠って立つ源はこの国を支配するアストゥロ王家だ。代々跪いてきた主筋の姫に悪意を向ける空恐ろしさは、もはや本能に禁忌として刻まれている。

顔を強ばらせて答えない仲間を無視して、ジョエルは具体的な企てを口にする。

「あの女が一人の時を狙えばいい。確か、剣術の授業は女は他にいないから、移動は一人だろ」

「そうだけど」

「次の二年の選択っていつだ?」

二年の子爵家の生徒にジョエルが問う。

「明後日だ。おい、本当にやるのか」

「しつこいぞ。明後日か、ちょうどいいな」

うんうんと頷いて歪んだ笑みを溢すジョエルに、もはや止められぬかと仲間達はそっと顔を見合わせた。それぞれの瞳が捉えたのは、見たこともない程に顔色の悪い互いの姿だ。

だが彼らの苦悩を知らぬげにジョエルはさらに言葉を連ねる。

「これ以上、がたがた言うなよ。お前達は俺に従っていればいいんだ。

なに、辱しめを受けたなど、さすがにあの王女とて口にできる筈もない。泣き寝入りで終わる。絶対にうまくいくさ」

皆の悲惨な予測とは真逆の、楽観的な未来を語る。それでも答えない一同に、ジョエルは一瞬、眉を吊り上げたがふんと鼻を鳴らした。

「詳しい話は明日だ。いいな、お前らも協力するんだ。女一人、皆で捕まえれば簡単だからな。──もし逃げたら、全員この学校から追放してやる」



ジョエルがいなくなって、四人の男子生徒が残った。皆、フィリップを王太子に擁立するよう家を挙げて支持している身の上だ。似たような育ちで入学前からつるんでいる。

王立学校で第二王子と同時期に在籍するとあって、家の為に身を賭すよう親からは厳しく科されていた。努力はプラス面だけではない。マイナスに振れる行動は彼らには許されなかった。

危ない橋は渡れない。家の為にも渡るわけにはいかないのだ。


「どうする」

最初に口を開いたのは、ジョエルに王女の予定を教えたエリックだ。同じく二年のポールが呻く。

「ああなっては、あいつは止められないぞ」

彼は次男だが、実家が伯爵なのでジョエルとの付き合いは一番古い。その弟のルネが頷いた。

「意地になってるしな」

「とにかく、王女に接触させたら終わりだ。未遂だろうと何だろうと大逆人になる」

「じゃあどうする」

「ルイ王子に言うか」

「馬鹿。そんなことしたらそれこそ大事になる。ジョエルは王家に処断されて、俺達の将来もお仕舞いだ」

「だったらどうすりゃいいんだよ」

「とにかく、ルイ王子だけでなく、フィリップ殿下のお耳にも入らぬうちになんとかするしかない」

口々に言い合う中、一人沈思していたクレマンが言った。男爵家の彼は、身分は落ちるがそれ故か慎重で思慮深い。

「三年のマクシムに頼もう」

「マクシム?」

「あの授業の時、王女が言ってただろう。ブリュノ将軍の教えを受けてたと。多分、稽古相手だというマクシムは、王女ともかなり親しい」

「ああ。そんなこと言ってたな」

ブリュノ将軍の子息だ。騎士になることは確実と言われている。

「マクシムには口止めできるか」

未遂でも大罪だ。皆、全てが秘密裏に済むことを願っている。

「そこは頼み込むしかない。ただ、王女におかしな噂が立つのはあちらも避けたい筈だ」


クレマンの言うことはもっともだった。

評判が第一の貴族社会だ。王女の奇行癖と貞操の問題では重みが全く違う。未婚の婚約者もいない姫にとっては人生を左右しかねない大事だ。

というか、貴族的な判断をマクシムが下すことを期待するしかない。

ここにいる生徒は、貴族のしがらみの中で育ってきている。事実無根であろうと名誉が汚されたら終わりの世界だ。相手も同じ価値観を共有していることを願う。

「わかった。マクシムに話そう。具体的には、どうするんだ?」

方向性は決まった。

「俺達で計画を話して、ジョエルが王女を襲う直前を止めてもらう」

「ぶっ飛ばされそうだ」

王女を複数人で襲う邪な企て。

そんな計画を忠誠心篤い騎士見習いに告げたなら、王家に処罰される前に殺されそうである。三年で剣においては既に敵なしと評判のマクシムだ。

正直ぞっとしないが、彼に縋るしかこの窮地を脱する道はない。それでも、あの男の怒りを真正面から浴びると思えば腰が引ける。

クレマンが右手を挙げた。

「言い出したのは俺だ。殴られるのは引き受ける。家が取り潰しになると思えば、この顎が砕けようと安いものだ」


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