17
魔法のことで頭をいっぱいにして帰宅したルイは、ブリュノ将軍の不意の訪問とその後の顛末を聞かされ呆然とした。
帰宅してすぐに、シャルロットが身代わりになったことを告げられた。その後、居間に場所を移して事の経緯を語られる。
アンヌはアクシデントであると説明したが、全ては終わった後。将軍親子が宮を辞して随分と過ぎた刻だった。
口を開けるルイを前に、有らぬ方を見ながらシャルロットは宣った。
「気づかれてなかったし、大丈夫」
ではない、多分。
「~~~」
ソファに沈んでルイは頭を抱えた。
「一回きりの話じゃないんだよ?どうするの、これ」
「大丈夫、だよ。次からはルイが稽古をやればいい。ブリュノ将軍もマクシムも、許してくれると思うよ」
「マクシム?」
「将軍のご子息です。ルイ様の稽古相手です」
アンヌの補足はありがたいが、問題はそこではない。
「そのマクシム、も騙してずっと付き合わせちゃったんだろう?」
「うん」
「なんでそうなったんだ」
力なく呻く。
「マクシムが最初に私をルイと間違えたから」
「だからって」
「うん、誘われたら断りたくなかったんだ」
「シャル」
「やりたくなって、やり始めたら楽しくて止まらなくなったの」
剣を貰って、マクシムとたくさん練習したんだ。私、がんばったんだよ。
「シャル…」
「ごめんなさい」
楽しそうに経緯を話し始めたシャルロットは、しかし最後には小さく謝った。
普段、物事に無頓着で細かいことは気にしないのに珍しい。今日の将軍親子との出会いがシャルロットにはとても大きな出来事だったのだろう。
だけど。
ルイは小さく唸る。
シャルは、シャルロットは王女なのだ。今は自分よりも活発だが、成長したらお姫様になるはずだ。
そして国王がロランに人を割くことを許し期待したのは、ルイが王子として恥ずかしくない立ち居振舞や剣術を身につけること。
元気の良すぎる王女が今以上に活動的になることではない。
「シャル。剣は、無理だよ」
考えて、ルイは無情な事実を言わなければならなかった。
「私が王女だから。わかってる。ブリュノはルイの先生だもんね」
シャルロットは逆らわなかった。
「うん。僕が教わるんだよ」
「ルイはあんまり好きじゃなくても?」
「うーん?別に嫌いじゃないよ」
「でも図書館でアルノーさんと会う方が好きだよね」
真っ直ぐに見つめられ、図星過ぎて下を向いた。
「うん、まあ。でもそれでも王子だから剣は出来るようにならなきゃいけないんだよ」
「シャルは王女だから好きでもやっちゃいけないんだね。…ルイと好きなのが逆さまだったら良かった。私が図書館に行くなら、誰も困らなかったのに」
ぼそぼそと反論したら、シャルロットから意外なほど悔しそうな思いが吐かれた。頭を上げれば、初めて目にする片割れの悔しそうな歪んだ顔。ルイはそれ以上返すことはできなかった。
重い気分を引きずった二人は、沈黙のまま午後を過ごし夕食も気まずい空気で終えた。沈んだシャルロットに声かけも躊躇われ、結局、二人して早々にベッドに引き下がった。
ひどく疲れたルイは、シャルロットに魔力と魔法の存在を語るのを忘れていた。
翌朝思い出して、起き抜けのシャルロットにベッドの上で話して聞かせることになった。
「魔法!本当に?」
心躍る興味深い話題に、シャルロットは目を輝かせた。寝間着でうつ伏せの状態でずるずると詰め寄る。いつも起きるより早い時間だというのに眠気はすっかり消え去っていた。
わくわくと弾む気持ちを顕にしてルイにさらなる詳細をねだる。
「ルイは見たの?どんな風なんだろ。あ、絵本にあったみたいに呪文を唱えるとか」
「ううん、呪文はわからない。でも特別じゃないみたいだよ。僕らが何かするのに道具を使うのと同じかな」
「誰でも使えるの?アンヌも?」
矢継早の質問。昨日の自分と同じ驚きの中にいるのだろうだろう。そして自然、行きつく疑問をシャルロットも浮かべたようで、直截に聞いてきた。
「多分。僕らには隠されてたみたいだけどね」
「ああ。ルイと私には秘密ってことなんだね」
頬杖をついて納得する。よくあることだと慣れてしまった。
ルイはシャルロットと互いに目を見合わせた。
二人だけ仲間外れはいつものことだ。でも二人だから一人ではない。
ルイは寝転がったまま器用に肩を竦めてから、とっておきの秘密を教えた。
「書庫にいるジュール。すごい魔法使いなんだって」
「え、本当?」
「うん。多分絵本の魔法使いみたいなのじゃないかな。もう引退してるけど」
「何それ」
案の定食いついたシャルは、しかし今は違うとわかってがっかりする。
「今は魔法使いじゃないなら、意味ないよね」
残念だなあ、と嘆息する姿に昨日の陰はない。剣の話は、魔力と魔法の力で棚上げされた。




