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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章

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「これは、フィリップ殿下」

奥の棚に首を突っ込んで帳面を揃えていたルイは、ゾエが呼んだ名前に思わず振り返った。

扉を開け放ったところで、こちらを認めて呆然としたように口を開けているフィリップと、目が合う。

まさかこんなところで顔を合わせるとは思わなかったのだろう。蒼い瞳も丸く見開かれていて、いつも落ち着き払っている彼の、滅多に見ない類いの表情だ。


「お怪我はないようですが。どこか不調がありましたか」

王子二人が立ち尽くしているというのに、ゾエはいつも通りだった。治癒師としてフィリップを診て、問いかける。

「ああ、いや違うんだ」

軽く手を振って、ちらりとルイを見る。

「何かお尋ねしたいことでも?」

「何か?いや、その」

重ねてゾエが言葉をかけても、困ったように言い淀んでいる。常に落ち着いた沈着な王子とは思えない態度。さ迷う目がまたルイの顔を撫でる。

もしかして。

自分がいては話しにくいことか、とルイは思い当たった。

「あ、俺は席を外します、すみませんゾエ先生」

「──違う!」

「え」

口早にゾエに断りをいれて、この場から去ろうとした。だというのに鋭い声を投げられて足が止まった。戸惑い、意図を探ろうとフィリップの顔を窺う。

ふふ、と場違いな笑い声があがった。ゾエだ。

「出てっちゃ駄目ですよ、ルイ殿下。フィリップ殿下は兄君に御用があるようだ」

「は?」

おかしなことを言う。そう思ってフィリップを振り返る。だが意外にも弟は目を泳がせながらも頷いた。

「ああ。──時間が許すなら、少し、話をしたい」




二人一緒のところを、他の生徒に見られるわけにはいかない。

不意の訪問者の目を避ける為、ルイ達は奥の作業部屋に移動した。

そこは物置きを兼ねた狭い空間で、押し込まれた第二王子殿下はあまりに場違いに見えた。

引っ張り出した小さな箱椅子を弟に勧めて、ルイは適当に荷を重ねた上に腰を下ろした。ともすれば膝があたりそうな窮屈さに気まずく思う。

しかしフィリップは気にした風もない。むしろ物珍しそうに、天井まである棚にぎっしりと詰め込まれた紙束や訳のわからない壺の数々、書き損じを纏めた山などを眺めている。

「あの、それで俺に話って」

時間も限られているだろう。恐る恐る問いかける。

「ああ。うまく話せるかどうか。その、ルイ王子」

「俺?」

「幼い頃からお前の存在は知っている。知らされていた。ただ、周りはまともに教えてくれたことは一切ない。その、ひどく一方的な見方でな」

「──あぁ」

苦い口調のフィリップに、ルイは自分達がどう語られてきたか何となく察した。

王妃の意向もある。幼い王子に知らされるそれは、ほぼ間違いなく誹謗中傷、悪口に限っていたのだろう。

「まあ、立場からしたら仕方ないんじゃないか」

「偏ったものの見方は判断を狂わせる。私には必要ない」

取りなすように言った言葉は、正論で切って捨てられた。


おお。


ルイは目を瞪った。

周囲が情報を遮断しているのを理解して、正しく世を見ようと努めている。この姿勢を続けるなら、この王子は優れた為政者になるかもしれない。

まじまじとフィリップを眺めていると、眉をひそめられた。

「なんだ?」

「なんでもない。それで」

「だから、お前達二人について教えて欲しい」

「それも一方的になると思うけど」

「構わない。これまでどういった人達に囲まれてきたか。教育や剣の指導はどんなものだったか。お前の人となりを鑑みて、取捨選択する」

「なるほど。ま、あまり面白くはないだろうけど」


フィリップに請われて、ルイはこれまでの半生?を語った。当然ながら革の本の存在や呪術語関連に某事件、真っ黒い鳥の話は割愛である。


物心ついた時にはシャルロットと二人、宮で育ってきた。身分も何も知らず、ある時育ての侍女が出生の事情を語った。ほぼ同時期に、宰相ロランの勧めで教育を受けることになった。国王から宝剣を下賜されたのもその頃。勉学は主に王立図書館の書庫の主、アルノー。かつて魔道士長だったジュールもいた。剣の指南役はブリュノ将軍で息子のマクシムが稽古相手になった、と。

合間にフィリップの方の育ち、東の宮での教師による教育、ルイにつく筈だった騎士の剣の稽古などが語られた。少し聞いただけでも、国の跡継ぎに相応しい、厳選されたとても専門性は高く良質な授業といえた。さすがだ。だが、ルイの感覚からすれば、それ故に寄り道や脇道に逸れた学習は皆無に思えた。

役に立たなそうな雑学や娯楽じみた横事は一切排除された、真っ直ぐな帝王学。

そうしてできあがったのが、この完璧な王子様か。

フィリップの爪先まで整った佇まいを見てルイは思う。

「──それで、俺は図書館に行くのが日課になってしまったんだ」

「では」

「うん、本の方に夢中になって。将軍が剣の指導をする時はちゃんといたけれど、あとはほとんど書ばかり見てた」

自身の幼い頃からの来し方を言って、だから、と肩を竦めた。

「もうバレていると思うけど。ブリュノ将軍の稽古を熱心に受けていたのは妹の方なんだ。俺は最低限の剣技しか身につけてない」

むっとフィリップが睨みあげる。

「私を軽くあしらっただろう」

「それは」

口ごもって、こちらを見つめる弟の澄んだ瞳に正直に話すしかないと腹を決めた。

「マクシムが来ない日には、とかくシャルロットに稽古相手に引っ張り出されて。早々に実力ではかなわなくなったから、こっちは正攻法でない手段を使うようになったんだ。相手は同い年で容赦なく向かってくるから。少しでも勝ちを取るために、それこそ左手使ったり足蹴りしたり」

「足蹴り」

剣の勝負にはあんまりな単語に、フィリップの口が中途に開く。

「そう。さすがに王子殿下相手にはやめたけど。とにかくそういう何でも有りの戦い方に俺は慣れていたんだ」

言って続けた。

「フィリップと立ち合って、本当に正しい型で真っ向から来るのがわかったから。しかも基礎がしっかりしてるのも剣を合わせたらすぐ気づいた。負けない為に、力を正面で受け止めない絡め手のやり方を取ったんだ」

フィリップは想像もしないであろう、邪道の戦い方だ。知らず、自嘲に唇が歪んだ。

「王子としてはまともじゃないよな」

「いや、ああいう剣の動きは見たことがなかったから驚いた。だが、実戦ではあらゆる手段を講じてくる者もいる筈だ。だから、勉強になった」

怒るどころか、ひどく真摯に受け止められてルイは戸惑った。

「卑怯だったとは思ってる。ただいきなりあんな場で立ち合うことになって、無様に負けたくないと思ったから」

「しかし流れるような動きだった」

「──」

卑怯な手口をやり慣れている、と認められるのは良いことなのか。まっすぐにこちらを見るフィリップの眼差しを見れば、素直に称賛と受けとるべきだろう。

案外、この弟王子は素直だ。いや、生真面目なのか。

「まあ。宮でよくやるんだ。シャルがあまりにも速いんでね。身を守るのに必死で手段を選んでいられない」

「そんなに強いのか、王女は。あのジョエルとの仕合いの見事な剣捌きを見れば、一目瞭然だが」

「ブリュノが最初に来た時からずっと、熱心に稽古してたから。家の者に止められても聞かないで、ひたすら腕を磨いてたし」


ああ、とフィリップは閃いたように顔をあげた。

「そうか、王女の顔の傷。あれは稽古で負ったものなのか」

「──」

ルイは思わずフィリップをまじまじと見つめた。端正な顔を少し綻ばせて。何の裏も見えない、たった今思いついた、とでも言わんばかりの他意のない問い。

彼は己の母の所業を何も知らないのだ。

ただ純粋に見たものについて語るのみ。今も、黙ってしまったルイに慌てたように弁解を始めた。

「いや、違う。そんな目立つものでもない。授業の時、ちょっと気がついただけだ。すまない、女性の傷のことなど口に出すべきではなかった」

「ああ、いや。──大丈夫だ、気にしてない」

「そうか。本当に悪かった」

神妙な様子で再度謝罪する。


どうしよう。

フィリップはいい奴かもしれない。

戸惑う気持ちと胸のうちから沸き上がる嬉しさと。これまで名前と存在、立場から推し測ってきた弟の本質に触れてルイの心が揺れた。



「ルイ殿下、いい?」

扉が開いた。ゾエが顔を覗かせる。

「フィリップ殿下のお友達が探しに来た。そろそろ戻らないと」

「あ。すまない」

フィリップが慌てて立ち上がる。

「まだ大丈夫だと思うけど、学校中探してるみたい。姿が見えないって警備兵呼ばれたら大変だ」

確かに。

誰かが王子が行方不明と騒ぎ出したら、学校の警備を担う衛兵を巻き込んだ大事になる。それは避けたい。

ルイ達は互いに目を見交わして、作業部屋を出た。ゾエが処置室の扉を静かに開けて、廊下を窺う。

「今のうち」

手招きするのに応じて、フィリップが部屋を横切る。ルイは何となく見送ろうと後を着いていった。

「ほら、早く」

ゾエに促されて扉を潜る直前、フィリップは振り返った。

「話せて嬉しかった。また次の時に」

「──。ああ、俺も。またな」

静かに扉が閉まった。



白い扉で廊下と隔てられて、フィリップがいた残滓は何もない。今さっきの出来事が夢だったかのようだ。

王位を争っている当の王子二人が、秘密裏に語り合ったとは。

「また、ね。仲良いんだ、二人とも」

ぼんやりと立つルイに、ゾエが軽く伸びをしつつ言う。

「いや、いや。こんな話したの初めてで。ちょっと、信じられないかも」

「そう?でも悪くなさそうだったよ、二人とも。まあ、確かに端から見たら嘘みたいだよね」

ふわりと言われて、ルイは現実に返った。

「ゾエ先生、このことはくれぐれも内緒で」

「わかってるわかってる。患者の秘密は守るよー」

茶化すような口調だが信頼できる。

かちゃかちゃと道具を片付け始めるゾエに、ルイはフィリップが訪れる前にやりかけていた仕事を思い出した。

急いで奥の棚に向かいながら、先ほどのやり取りを考える。


少しだけ他人行儀な、互いに緊張した会話。だが普通に楽しかったのだから困る。


サヨに告げたら怒られるだろうか。

あるいは興味をかきたてられて直接乗り込むと騒ぐのか。

棚に押し込まれた紙束を順番に並べながら、ルイはそんな風に考えていた。



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