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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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フィリップに足止めされたせいで、シャルロットの背中は少し遠くなっていた。

後ろから軽く呼びかけたが振り向きもしない。むしろ逃げるように早足になる。

仕方ない。

人目がないのを確認して、ルイは小走りで追いついた。

「シャル!」

腕を掴むと、シャルロットは廊下の真ん中で止まった。その背に問いかける。

「なんで、あんなことしたんだ」

第二王子派の男子生徒に喧嘩を売って、叩きのめした。あまりに目立ち過ぎる振る舞いだ。元々、自分より何かと派手になる質なのだ。下手に刺激したら、王妃達の良くない動きを誘発するかもしれない。

ルイが立ち合う羽目に陥った時には出てこないよう止めたのに、無駄になってしまった。

そんな無念が責める口調に表れた。

と、シャルロットがこちらを向いた。ぎっと睨みつけてくる。

「ルイが悪い」

「え、」

「ルイがちゃんとやってたら、私だってあんな真似しなかった。勝てる試合をわざと負けたルイがいけないんだ」

まくし立てられて、言葉を失う。当然だが勝負で絶好の機会をわざと無駄にしたのはバレている。

「ルイだったら、あそこでフィリップの脇に柄頭を二回は入れられた!」

「うん、いや、それはまずいよ」

双子二人の間ではよくやる荒業だが、授業ではまずい。絶対にやってはいけない。

「なんで!私だったら三回はぶん殴れたよ」

確かにそのくらいの間はあったか、と納得する。しかし。

「フィリップを殴りつけるわけにもいかないだろ」

剣を逆手にした柄頭で相手を打つのも、二人の間ではよくやるわざだった。いや、マクシムもやってたか。

しかし、いくら柄頭とはいえ殴るのは無しだ。実際、むしろ剣でない分、やられた側の無様さは増す。王子にそこまでの恥をかかせるわけにはいかない。ルイにフィリップ個人への遺恨はないのだから。


「悔しい!」

つらつらと考えていると、シャルロットが叫んだ。目元が赤い。泣き出す寸前の顔だ。

「あんな、試合の勝ち負けもわからない奴らに馬鹿にされてっ」

言い様、ついにシャルロットの目から涙が溢れた。

「ルイは本当は強いのに」

「シャル」

そっと腕を引いて壁際に寄った。万が一にも人の目に触れないよう、自身の体でシャルロットを覆い隠す。それから、宥めようと頬を撫でた。

「う~~っ」

涙が止まらないのか、シャルロットはルイの肩に顔を押しつけた。しゃくりあげる背を小さく叩く。ぐずぐずとシャルロットが鼻をすすった。

「シャルがやり返してくれただろ。俺はそれでいいんだよ」

「……でも。さっきルイ、私が出張ったこと怒ってた」

涙が混じる声で言い返される。

「ごめん。庇ってくれたのは嬉しかったよ」

「うそ。責めたじゃない」

シャルロットは目尻を乱暴に拭いながら顔をあげた。目が真っ赤だった。

「本当だよ。俺の為にシャルが怒ってくれたのは嫌じゃない。ただ、目立つことをして、シャルがまた危険に巻き込まれたらって心配なんだよ」

「そんなこと言って。私だってルイを守りたいんだよ。悪口だって聞きたくない」

泣いたせいで赤みが差したシャルロットの顔に浮き上がる白い傷。指を滑らすとわずかな凹凸がわかってしまう。

見るたびに心が痛む傷から目を反らして、シャルロットの頬の涙を拭った。


「もう次の授業始まったな」

人の気配が一切ない。皆、教室に吸い込まれたのだろう。

「う、ごめん」

小さく謝るシャルロットの髪をルイはそっと撫でた。

「目蓋が腫れてる。クラスの皆に見られたくないだろ。今日はもう帰ろう」

「え」

「幻惑の魔法で消せるけど、そんな気分じゃないだろうから、早退しよう。今からメラニーに連絡して。馬車に来てもらう」

「いいの?」

シャルロットがぱっと顔を明るくした。

学校を早退するなど初めてだった。シャルロットには授業はきちんと受けるべき、と前世の倫理でうるさく言ってきた。その方針は今も変わらない。だが今のシャルロットに無理強いはしたくなかった。


「馬車が来るまで、この辺りで待っていて。俺が教室から荷物を取ってくるよ」

「うん。──ごめんね、ルイ」

泣いた跡の残る顔でシャルロットが今一度謝罪の言葉を呟く。ルイは口元を綻ばせた。

「いいんだよ。俺はシャルロットが一番だからさ」



───────────────────────



「──ってわけで、今日は早く帰ってきたんだ」

「うん、最後のいちゃいちゃは話さなくていいかな」

夕刻、いつものように鳩の姿で現れたサヨに、細々と合同授業の顛末を語った。だが終わりのところでそんな冷めた感想を言われた。

「はあ?いちゃいちゃってなんだよ。変な言い方するな。とにかく、そんなこんなで大変だったんだ」

「大変、ねえ。フィリップとの立ち合いはともかく、後の面倒はルイが悪いんじゃない?」

「サヨまで言うか。邪道で勝ちたくなかっただけなのに」

「そこは大人しく勝っておけば良かったと思うけど」

「え、なんで」

「ここで勝った相手が攻略ルートに進む、大事な分岐イベントだったのに」

「え!そうなのか?」

溜め息混じりの意外な言葉に、ルイは声をあげた。

「そう。ゲーム上はプレイヤーの意図で進みたいルート、対象者の王子が勝つんだけど。勝った方がヒロインの好感度上がるわけ」

わかる?

サヨに言われて疑問が湧いた。

「よくわからないな。ヒロインが好きな方が勝つ?勝った方がヒロインとくっつく?」

「そういうイベントなんだってば。ゲームってそういうものなの。ま、この世界がそういうシナリオ縛りがあるかはわからないけどね」

「イベント」

馴染みのないゲームの「イベント」というものを前々からサヨに教え込まれているが、いまいちピンと来ていない。

そもそも。

「毎回言ってるけど。そういうイベントがあるってわかっているなら、教えてくれよ」

ゲーム経験者のサヨについ責めるような口調で言ってしまった。これも毎度のことである。そしてあっさり切り捨てられるところも同じだ。

「そこまで細かいこと言ってられないわよ。大体、それであんたは上手く立ち回れるの?」

「あー。無理かも」

「でしょ。だから知らないままの方が良いんだってば。っても、結局、負けてるのよね」

「ごめん」

今日の結果を顧みれば謝るしかない。だが。

「でも、どう考えても俺が勝ったとして、コレットが俺を好きになる流れにはならないと思うんだけど」

あれだけ嫌われてるんだし。

言外の思いは、サヨに正確に伝わったようだ。

「まあね。結局フィリップが勝ったわけだけど、聞く限りじゃ今日の試合で一番強烈な印象残したのって、誰が見ても」

「うん」

ルイも頷いた。


「「シャルロット」」


挙がる名前は同じだ。

今日の剣術試合で、ひっそりと見学していたヒロイン、コレットの関心を惹いたのはシャルロットだった。

ゲームの展開を知らず、ルイは勝ちをフィリップに譲った。意図せず勝者となった第二王子だったが、この後無遠慮な生徒の指摘に声をあげたのはシャルロット。最終的に圧倒的な存在感でその場の空気を持っていったのは、ゲームの進行に関わりのない王女だ。

「さすがゲームの正規ヒーロー。王道攻略対象者。人気投票一位」

サヨは言いはやして、ルイは天を仰いだ。

「どうなるんだ、この展開」

「わからないわよ。全ルートやりこんだけど参考にならない。この世界、設定が壊れてるんだもの」

「だよな」

サヨも肩を竦めるだけで、結局、ゲームの行方は未だ混沌としたままだった。


と、

「私、ちょっと見に行こうかな」

ぽつりとサヨが呟くのを、ルイは聞き咎めた。

「え、なに」

「学校。ゲームの登場人物が集まってるんでしょ。イベントも不発だけど起きてるし。実際に見てみたいなあ」

「ちょっ。バレたら大変だろ」

学校に行きたい、中の様子を見たいとサヨは言っている。

ルイからすればとんでもない話だ。

黒い鳥は目立つし、鳩に化けても校内では見つかり次第追い立てられるだろう。

しかし。

「もちろん、ヒトガタで紛れ込むから」

「その格好でもいろいろ違うから」

黒髪、黒い目。人種も多分、違う。

「そうかなあ。生徒に混じれば結構、皆、気にしないんじゃない」

サヨはルイの懸念をあっさりと流した。話すうちにどんどん乗り気になったようで、ルイは気を揉んだ。

「いけると思うんだけど」

「前世の学校より、生徒も少ないんだ。俺はやめておいた方がいいと思う」

きっぱりと言うと、そうかあ、とあやふやだが一応諦めた返事があった。

今一度、ぎゅっとサヨを見据えて、ルイは念を押した。

「危険だからやめておけよ。サヨの知りたいことは俺が教えるから」


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