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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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猛烈に怒っている。

この男と、ルイに。

ルイが、絶好の機会をわざとふいにしたとわかっているのだ。

しかし、周りの生徒達はシャルロットの腹立ちはわからない。突如として場に割り込んだ王女に、奇異の目を向けるだけだ。

それはルイを揶揄した男も同様だった。


おや、とジョエルは片眉をあげてシャルロットに注意を向けた。ルイへの敵意が滲んだものとは違う、馬鹿にしたような顔つき。

「これはこれは、シャルロット殿下。兄上が敗北してお怒りか?」

しかし怒りに燃えたシャルロットは、戯れ事に付き合うつもりはない。

「確かに怒っている。だがこの怒りは王子を侮辱するお前に対するものだ」

「姫君のお心を騒がせたことはお詫び致します。しかし、今の試合の感想を正直に述べたまでのこと。それは皆も同じと思いますが」

「お前は、目の前で起きたことの結果でしか判断できないのか」

「?何を言われているのか。お腹立ちは解りますが、ルイ殿下の剣がフィリップ殿下に劣っていたのは紛れもない事実。兄上は未熟だった。お辛いでしょうが受け入れていただかなくては」

慇懃無礼なその態度はシャルロットを焚き付けたも同然だった。先の展開が読めたルイは、思わず天を仰いだ。


予想違わず、シャルロットは手にした剣をジョエルに向けて突きつけた。

「王子に対する不敬、看過するわけにはいかない。私と勝負しろ」

ざわ、と鍛錬場が揺れた。

学校の面々は、シャルロットがルイより遥かに剣技に長けていると知らない。女子、それも王女が剣を得意とするなど思いもつかないのだ。

わざと隠していたわけではない。

一年から選択している剣術の授業は、最初期の隔離扱いが続いている。

女子であり王女ということで基本、他の生徒と試合うことは許可されていないままなのだ。

二年になってもシャルロット以外に女子生徒の選択者がいないので、ほぼ自主練のような時間を過ごしている。お陰で一年以上剣を振っているのに、実際の腕前をクラスで見せる機会は皆無だった。


「王女殿下が私と?」

「そうだ」

「私に、女を打ち据える不名誉をお与えになる?」

「負けたら、兄への侮辱を撤回しろ」

「──成る程。確か王女殿下は剣の真似事をされるのでしたな。兄妹揃って卑怯な剣を披露されるおつもりか」

ジョエルの嘲弄を、シャルロットは眼前に白刃を突きつけて塞いだ。絶句する一同を前に低く言った。

「勝ちに拘るのは剣士として恥ではない。実戦では何よりも勝たねばならない。お綺麗な剣のみでは騎士として国も守れぬ」

短く付け加える。

「ブリュノ将軍の言葉だ」

将軍の名に生徒達がざわつく。怖じけたようにジョエルが後退る。

「そうそう。ブリュノ将軍は私の師でもある。兄上も私も、師の教えに忠実なまで。だがまあ、私の方が容赦ないがな」

そこでシャルロットは笑ってみせた。昂然と相手を見下して。

「お前ごときにはそんな手を使うまでもない。我が兄もそうだ。型通りの剣でお前を倒せる。──私が、それを証明してやろう」

「そこまでおっしゃるなら。私が殿下を地に沈めてやりましょう」

ここまで言われて引き下がれるものではない。ジョエルが、腰の剣をすらりと抜いた。





勝負はあっけなくついた。

圧倒的だった。


ジョエルの揶揄に対する腹いせか。

基本に忠実に、真っ直ぐ型通りの軌道を描きながら、シャルロットの剣はスピードで相手を遥かに凌駕し、反撃の一切を許さなかった。

体重の軽さからくる威力の無さに目を瞑れば、速さという点ではマクシムに勝るシャルロットである。

観ている者の中で、何が起きたか正確に判じ得た者は僅かであったかもしれない。

始め、の合図からあっという間に、速く無駄のない銀の光が空を裂き、ジョエルの喉元寸前に突き当てられていた。

からん、とジョエルの手から剣が滑り落ちる。次いで、ガクンと腰から崩折れた。ジョエルの顔は、信じられないものを見たように呆然としていた。



「──!そこまで。勝者、シャルロット殿下」


静寂の中、我に返ったように教師の手があがった。それを合図に、わっと皆が沸いた。


あーあ。


この場にいる誰もが目の前の光景に驚嘆し、口々に今見たものについて語り合う。その中で、ルイは静かに妹の勝利を受け止めていた。シャルロットの実力を思えば、わかりきった結果だった。

と。

「シャル様、素敵…!」

感に堪えぬような女子生徒の声が、まっすぐにルイの耳を打った。

そっと見回し声の主を探し当てれば、ルイにとって鬼門とも言うべき存在、ゲームのヒロインであるコレットがいた。

きらきらと目を輝かせ頬を赤らめて、勝利に仁王立ちのシャルロットを見つめている。


そうだった。

ここには、剣術だけでなく魔法学選択の一年生もいたのだった。

ルイとフィリップの試合から、ジョエルの侮辱、さらにはシャルロットの大立回りまで目にしたのだろう。

それで、この顔か。


シャルロットだけに向ける眩しそうな顔に、そっと溜め息を溢してルイは目を逸らした。



───────────────────────



シャルロットの勝ちで終わった合同授業は結局、騒ぎの終息を待って解散となった。ルイは、早足で出ていくシャルロットを追って校舎に向かう。

「おい」

その背に後ろから低い声がかけられた。

フィリップだった。固い顔の弟に、敢えて笑ってみせた。

「妹のあれは気にしないでくれ。実のところ、俺より強い。本当だ。昔から、まともにやったら一度も勝てたことがない」

「違う。お前、さっきのあれは」

少し怒りを含んだ問いかけ。詰るそれは、二人の立ち合いを指していた。

「お前が勝った。俺は迷った。それだけだ」

振り返り、フィリップの目を正面から見て言い放つ。驚いたように蒼の瞳が揺れた。視線をずらすと、剣を握る拳に力が入るのが目に入った。

「本当だ。剣にもしも、はない」

「……そうか」

フィリップは、それ以上何も言わなかった。



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