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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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これはもう、教師に相手を頼んでお茶を濁すしかない。

軽い諦めを胸に落として、ルイは口を開いた。

だが、高くあがった声がルイの提案を形にする前にかき消した。

「フィリップ殿下にお願いしたい」

「そうだ、殿下なら」

「ご兄弟だし相応しい相手だ」

「フィリップ殿下ならお強い」

一斉に賛同する生徒達にめまいがした。二人が普通の兄弟仲ではないことは周知であろうに。

「見たい」

「こんなの、滅多にないぞ」

「いいの?王族同士の試合なんて」

「後で罰せられない?」

「授業だから許されるんじゃないか」

「校内の出来事だからな。見逃されるさ」

自分達は立ち合いを望まれる立場から逃れたとみて、無責任に盛り上がる。

しかし、さすがに無いだろう。事故が起きたら教師の監督責任だ。

「いや、しかしこれは…」

難しい顔で考え込む教師は、言葉を濁しつつフィリップに歩み寄る。

「殿下、いかがでしょう。ルイ殿下との立ち合い、皆が期待しております。殿下の腕前は私も知るところ。王者の剣と呼ぶに相応しいものです。その一端を広く皆に知らしめては下さいませんかな」


──終わった。

教師のかけた言葉にルイは天を仰いだ。

こんな言い方をされたら、余程の卑怯者でない限り断れないだろう。

フィリップの剣を褒めている。持ち上げて、王族の寛大な心を示して欲しいと請い願っている。

案の定、フィリップはぐっと唇を一度噛み締めた後、決意の籠った声で応じた。

「やります。剣をこれへ」




そのような訳で、唐突な第一王子と第二王子の立ち合いである。

学校の鍛錬場での、剣術クラスの授業の一環であろうか。

だが二人の立場と関係の微妙さを思えば、見学の生徒達も固唾を飲んで見守るしかない。取り囲むのは二年と一年の剣術選択と魔術選択のクラスだ。

王族が在籍するのは学年ごとにある特別クラスだが、選択クラスは他の中・下級貴族や特待生も混在する。だがフィリップに倣って選択した権力に近い家に連なる生徒がここには多い。彼らはたかが一授業の余興とは考えず、この試合の結果が今後の宮廷事情も左右しかねないと思い詰めているのかもしれない。


関係ないんだけどな。


ルイはフィリップと互いに礼をして、剣を合わせる。

「始め!」

教師の号令を合図に、最初はフィリップが仕掛けた。ルイは鋭い突きを躱し、するすると懐に入ろうとする。

一同が息を詰めて見守る沈黙の中、響くのは剣を突き合わせる金属音と地を踏みしめる乾いた靴音、ルイとフィリップの息づかいだ。


幾度か剣を合わせて、ルイはわかった。

剣術の腕はフィリップの方が上。幼い頃より一流の騎士に基礎から教わり、地道な稽古をきちんと積み重ねて来たのだろう。

手堅い剣、揺るぎない構え。

普通に手練れだ。

だが生真面目で素直な剣筋は、作法通りの軌道、決まった立ち合いしか知らぬ真っ直ぐさだった。

まさに正統派。王者の剣。

なれば。

付け入る隙を作ることは存外容易だ。


ルイは、シャルロットとの稽古でかなり邪道な練習を重ねてきた。

剣を始めて早十年。既にシャルロットとは力の差が顕著にある。なので真っ当に試合えば結果は全敗。それではつまらないと妹には理不尽な不満をぶつけられる始末だ。故に日々の稽古では時に遊びのような、時に実戦さながら、何でもありの立ち合いを試すこともままあった。

勝負事にしたり、物理的な制約をかけてみたりと変化を競った事もある。

気分によって稽古は様変わりし、場所も平坦なところだけでなく物陰やら高低差のある少し危険な状況をわざわざ求めてやり合った。

もちろん、師であるブリュノには内緒の内輪な遊びごとだ。

歳を重ねるにつれ、お互い出し抜くことを考え、かなり外連味のある攻めを駆使するようになった。

森や山での魔物との戦いでは命の危険がある。手段は選んでいられない。

そんな暗黙の了解の元、勝つための技を模索した。故に搦め手を用いた戦いはかなり達者と自認している。──国の王子としては褒められたことではないだろうが。


試しに、ほんの少しだけフィリップの剣をセオリーから外れた軌道で躱してみた。ガキ、と剣同士が不自然に噛み合う嫌な音がする。

フィリップが目を見開いた。

さらに剣を押さえつけるように乱暴に上から叩いた。

不意を打たれて、フィリップの膝が崩れる。慌てたように剣を握り直し、弟は驚きに染まった顔をこちらに向けた。

王子に対してこのような無礼極まりないやり方で攻めた者は、これまで皆無だったのだろう。戸惑った面持ちのまま、剣を引き付け背筋を伸ばして構えを維持する。その立ち直りは素早かった。


だがこちらの質の悪さは半端ではない。

ルイは軽く息を吸い込んだ。

剣を構え、フィリップに向かい真っ直ぐに突き出した。足に力を込め細かくステップを踏んで、幾度も激しい突きを繰り返す。フィリップが受け手にまわってじりじりとさがっていく。

その間合いにさらに大きく一歩踏み込んで斬りかかった。

機敏に仰け反って避けたフィリップはさすがだ。だが目的はそこではない。狙いをつけて踏み出した足先で、フィリップの利き足を押した。

一応、蹴り飛ばすのは遠慮した。シャルロットなどは背後を取って腰を蹴飛ばす荒業までやってのけるのだが、さすがに王子様にそれはまずい。

相手が大きく傾いだ上半身を戻そうとするのと同時にぐい、とさらに膝の力で押すとバランスを崩したフィリップの体がぐらついた。

完全な隙を生んだ己に歯噛みし、弟の蒼の瞳がルイを見上げる。打たれることを覚悟してか、無意識に体を固くする。

ルイは、低く崩れた相手へ剣を振りかぶった。


だがそのまま、ほんのつかの間、動きを止めた。

一瞬、それだけでフィリップが立て直すのは充分だった。

稽古に馴れた体が素早く体勢を整える。フィリップは、ルイの右脇を正確に打った。


「そこまで!勝者、フィリップ殿下」

教師が試合の終了を告げる。

張りつめた空気がほっと緩んだ。

と、

「フィリップ殿下、お見事!」

響き渡ったのは高らかな声。

だが必要以上に明るく、フィリップの勝利を皆に知らしめすことを意図したもの。声はそれだけでは終わらない。

「しかしルイ殿下は」

嘲笑をあからさまに含んだ悪意が、静まり返った鍛錬場にこだました。

「実に汚い戦い方をなさる。醜い限り。そこまでしてもフィリップ殿下に勝つこともできぬとは正直、情けない」

くっと笑いを噛み殺す。

フィリップの背後で立ち合いを固唾を飲んで見守っていた、生徒の一人。

ああ、この男はフォス公爵に従順な伯爵家の嫡男だ。

確か、名前はジョエル。

この時とばかりに勢い込んでルイを嘲弄する男を前に、醒めた気持ちで考える。


まあこの場合は仕方ない。ルイを貶めるには絶好の機会だ。


たった今の結果から、甘んじて受けようとルイは沈黙する。

しかし、この侮辱を看過できない者がいた。

「お前。王子に向かって無礼であろう!」

少女の高い声が空気を切り裂いた。

ルイは慌てて顔をあげた。

シャルロットだった。白い筈の頬が紅潮している。


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