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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
173/278

170 模擬試合


なんでこんなことになったのか。


稽古用の剣を構え厳しい顔でこちらを見つめるフィリップを前にして、ルイは心の中でそっと溜め息を吐いた。

こちらも貸し出しの剣を手にして立ってはみたが、感じるのは違和感だけだ。

固い顔つきの弟を見るまでもなく、相手も想定外のことに戸惑っているのがわかる。だがここまで衆人環視の中で、逃げることはお互い無理とわかっていた。

ここはニ年の剣術クラス。

ルイはそこでフィリップと試合う羽目に陥っている。



そもそもは学年の違うルイとフィリップが、授業で剣を交えることなど起こるはずがなかった。基本的に学年別でカリキュラムは進むし、ルイは剣の科目は選択していない。魔道関連の教科を多く志望して、剣は一年の必修で数回軽く受けた程度だ。

なのに、何故学校の授業内で年下のフィリップとまみえることになったかと言えば。

基礎を重視した一年の授業を終えて二年になると、剣術の指導内容は実践的になる。その一つが魔道師との連携だ。

物理的な力の剣と魔法を組み合わせることで戦い方に拡がりが生まれ、互いの弱点をカバーし強味を生かすことができる。騎士団が魔道庁と協力し高レベルで実現している方式を試す課題。この為に同じく二年の魔法教科を選択する生徒が参加して合同授業となる。

そうそうない稀少な体験であり滅多に観られない上級生の実験的な試技を、剣術と魔法学を選択する一年生が見学しに来たのは必然だった。

お陰で、実習を行う広い鍛練場に、普段は全く接点のない第一王子と第二王子が居合わせることになった。そうしてその後に起こったことは、不幸な巡り合わせとしか言いようがない。


それでも始まりは平穏だった。

教師の指示に従い、二年の剣術選択者と魔法学選択者が一人ずつ組んで、敵に模した標的に向けて攻撃をする。

魔道系の生徒は得意な属性が各々異なるので、組んだ二人で話し合って有効な攻撃手段を試行錯誤した。

攻撃魔法を付加できる生徒は、順当に剣に術を施して剣士の強化をする。

戦闘に向かない魔力持ちの場合は、防御を担当したり剣士に利する魔術を模索し、フォローに回る形を考えて実践する。

いずれにせよ互いに協力することによって、いかに戦闘時能力の向上を図れるかが教師からの評価となる。

ルイは魔道系の生徒として剣術クラスの生徒と組むと、防御魔法を張って剣士の守りを担当した。既に実戦で経験済みのルイの魔法の効果は傍目にも明らかで、教師の印象も上々だった。


しかし、普段は顔を合わせない剣術クラスの二年生に、第二王子派の中でも特にルイを敵視している男子生徒がいたことが災いした。貴族社会の所謂王妃派で、フィリップの立太子、そして即位を強く願う立場の者だ。

彼は自らの支持するフィリップが訪れたこの場で、ルイを貶める機会が巡ってきたと考えたのかもしれない。

同じ剣術クラスで時を過ごしているシャルロットから、彼は度々ルイの存在と能力に疑問を呈し、第一王子の身分は剥奪されるべきと公言していると聞いていた。

宮で教えられた時は、それを聞いたシャルロットが暴走しないか心配するだけだった。自分が同級生に腐されるのは気にならない。当人もさすがに本人の前では身分を憚って口にしない分別を持っていたので、シャルロットには聞き流すように言ってきかせていた。


だが、この日偶然起きた二人の王子の邂逅が、男子生徒の背中を押してしまった。

彼はまず、端で見学しているフィリップの元に駆けつけ至極丁寧に挨拶をした。そうして自分達のクラスに王子が現れたことを大仰に歓迎した。そこで留めておけばまだ良かった。振る舞いは派手だが、学校とはいえ国の王子に貴族の子弟が礼儀を尽くすのは見逃される。だが彼は止まらなかった。

フィリップに自身をアピールした後、わざとらしい身振りでルイを顧みた。

「フィリップ殿下は剣士としても素晴らしいとお聞きしております。しかしここにいる兄上は、剣を捨てて魔道の道に邁進なさっておられる」


何を言い出すのだろう。


ルイは黙って先を待った。

「我が国は魔道を用いて繁栄する稀有な王国。しかし国が誇りある騎士団の剣によって守られているのは周知のところ。故に王家の方々も当然のごとく剣に親しんでこられた」

確かにフィリップは剣術クラスを選択している。さらに幼少から一流の師に指南しているわけで、腕は確かだろう。その師は当初ルイにつく筈が王妃の横槍で取り上げられた者だったが。

「だというのにルイ殿下の選択は。残念としか言いようがありませんね」


ああ成る程。

ルイは男子生徒の意図を悟った。

騎士に対して魔道師の地位は比べれば下。魔道庁に入れば身分は保証されるが、憧れと羨望を持って見られるのは圧倒的に騎士団の制服だ。彼ら騎士が忠誠を誓うのは国家。その象徴である国王は騎士団の絶対的な支持を受ける。故に王位に就く者は魔力の他に剣を持して尊崇を保つ。王子に宝剣が与えられるのもその為だ。

つまり剣を持たないルイは、剣を選んだフィリップより下ということなのだろう。

ナーラ国ではなまじ多くの貴族が生まれながらに魔力を持つがゆえに、魔道師は侮られる。魔道庁に所属する魔道士レベルにならないと、この社会でまともに取り合ってもらえない。魔道師は、貴族にとっては秘密裏に汚れ仕事をするような日陰の存在だ。恥部や暗部の問題を金で処理する卑怯な便利屋。そして皆が思い浮かべる姿は、いわゆる暗いローブで全身を覆って闇に沈んでいる薄暗い印象だ。貴族の彼らが仰ぎ見る王子に相応しい姿ではない。

王命を帯びて任務に赴き、凱旋した時には輝かしい名誉と人々の歓呼を浴びる騎士とは雲泥の差だ。

第一王子の選択に疑問を呈し嘆いてみせる小芝居に、もう一人男子生徒が乗っかった。

「いやいや、さすがに剣を全く使えないということはない筈では。まがりなりにも王子殿下。ブリュノ将軍のお仕込みと聞き及んでおります」

「ブリュノ将軍の…!」

ブリュノがルイの剣の師というのはあまり知られていないのだろう。その名に生徒達がざわめき始める。

「あの歴戦の勇将の教えを受けたなんて」

「ならルイ殿下もかなりの遣い手では」


「ほう。ルイ殿下、それはまことで」

剣の教師も興味を示したらしくルイに身を乗り出して尋ねた。

「あー。子供の頃に最初に教えてくれて、今も定期的に見てくれています」

思いがけず向いた興味の矛先に、ルイは無難に答えた。

「なんと。殿下が私の授業を採っていただけなかったのが残念ですな。私の不徳で全く存じ上げませんでしたが、かの将軍の手解きであれば、殿下もそれなりの腕前なのでは?」

この教師は騎士あがりではない。故に騎士団では既知のブリュノとルイの関係を知らなかった。だが根っからの剣術好きなのであろう。瞳が輝いている。

「いや、あまり成果が見られなくて」

なので魔法関連を選択しているんですよ、と言おうとして、周りの熱の籠った視線に気づいて口を噤んだ。

「なんだ、やっぱり王子殿下は剣をするんだ」

「え、教科は一個も採ってないじゃん。見たことないよ」

「一年の時、ちらっとだけ男子必修の授業があった筈だけど」

「覚えてない」

「でも昔から将軍に教わってたんでしょ。絶対強い」

「それは見たい」

「せっかくだし、ここで披露してくれないかな」

「賛成ー」

皆の興味の矛先がおかしな方向へ向いているのを感じて、ルイは救いを求めて教師を見た。


しかし振り返った瞬間、初老の教師の喜色が滲んだ顔に退路を断たれたと知った。

「殿下。本日は特別授業ですから。私の生徒ではありませんが、ひとつその鍛練の成果をご披露いただきたい」

「え、でも」

「是非とも」

周りからわっと歓声があがって、ルイは慌てた。

「あの、でもこういうのは相手も必要ですし、難しいのでは、」

「そうですな、試合うとなれば相手がいる。誰か、ルイ殿下と立ち合ってくれるものはいないか」

ルイの悪あがきに逆に教師は成る程と頷くと、生徒達に向かって声を張った。

周囲にあったさざめきがぴたりと止まる。しんと静まった中で互いに目を見交わす。

教師と目があった生徒は皆図ったように顔を伏せ目を反らした。

それはそうだろうとルイは思う。

剣筋も見たことのない、勝手のわからない相手とこの異様な空気の中で剣を交わすなど勘弁だ。しかも実力が測れない相手は、王子だ。

勝てるのか勝つべきなのか、花を持たせるのが正しいのか。後ろ楯がなくとも身分を鑑みれば、怪我を負わせたり恥をかかせたら家が危うい。


誰もが手を挙げぬ中、視界の隅に身を乗り出した見慣れた者を見つけて、ルイは急いで合図を送った。

自重を促す強い眼差しが通じたか。相手が踏み出した足を止めたのに心底ほっとした。

彼女──シャルロットが出てきても事態は悪くしかならない。鍛錬場に来てから、ずっと互いに知らぬふりして大人しくしていた妹。ルイの双子の「妹」、身内の女子生徒が剣の相手では皆が納得するまい。


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