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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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終わった、のか。


早足で立ち去るドレスの集団を眺めて、コレットはほっと息をついた。

と、同じように安堵した様子のルイ王子がこちらを振り返った。

一瞬、目が合った王子が動きを止めた。だが改めて、と口を開く。

「すまない、妹のせいで迷惑をかけた。許して、」

「シャル様は悪くないわ!」

謝罪はいい。だが全てはシャルロットのせいと繰り返すルイ王子に、知らず苛々が募っていたらしい。つい我慢ができず、気づけばコレットは強い口調で言い返していた。


しん、とした間に慌てて言葉を改める。

「っと。…シャルロット様は悪くないです。あの時、助けていただいてとても嬉しかったもの」

わずかに目を見開いた王子は、さすがにコレットの『個性』に何度も出くわして慣れてきたらしい。軽く目を瞪ったが、何事もなかったように言葉を継いだ。

「そう言ってもらえるなら良かった。ただ、さっきの生徒達の所業はやはり妹の存在のせいではある。コレット嬢のご友人方。巻き込んで申し訳なかった。許してくれるだろうか」

第一王子とコレットのやり取りに固まっていたサラ達は、王子に請われて慌てて応じた。

「とんでもありません」

「助けていただいたのは私達の方です。ありがとうございます」

「お声をかけて下さって、本当に嬉しかったです」

「そう。──良かった」

にこりとルイ王子は笑った。サラ、アニー、そしてポリーヌの頬に血が上った。

しかし王子は気づかぬまま、自身の言うべきことだけを口にする。

「一応、釘は刺したつもりだが。もし、またトラブルになったら言ってくれ。──二年の教室、は無理か」

トラブルの大元がいるクラスを思ってルイは言い淀んだ。唇に拳を当てて、それから思いついたように頷く。

「医療処置室なら、来られるかな。俺は昼休みや放課後ならいることが多いし、もし不在でもゾエ先生に託けてくれれば話が通るから」

気遣いが細かい。しかも、王子でありながら微妙に腰が低い。

お陰でサラ達三人は、いたく感激してルイ王子を見上げている。

しかし王子本人は特にそれを気にも止めず淡々と続けた。


この王子、鈍いのだわ。


コレットは思った。

シャルル王子ではない、ルイーズが男で引き籠りでなかった場合の個性。

普通に学校生活を送っているが、人間関係は極々身内に限られ、他の生徒とはまともに交流していないと聞いた。日陰の王子という背景もあろうが、当人が好かれていないと任じて人との関わりに前向きでない。その結果がコレなのだろう。


だが。

距離を置かれているのは確かだが、嫌われてはいない。第二王子に気兼ねしている点はあろうが、単純に近寄りがたいのだ。

身分と姿、さらに魔法学が優秀で処置室の助手まで務めていて、側にいるのは双子の王女と騎士確定の呼び声高い将軍の息子。

一介の生徒がおいそれと声掛けをしていいものか迷うことだろう。

それでも、存在の華やかさを知ってしまえば無視できない。

コレットは決して惑わされないが、ルイ王子の外見はどんなに厳しく見ようがきらきらしい。

頭を軽く下げるだけで、光をまとう金髪が華やかに揺れる。伏せた青の瞳に被さる睫毛すら金色で、細部に至るまで手抜きのない美しさなのだ。

これまでは敬遠していたサラ達だって──ちらりと視線を投げた先に、うっとりとルイ王子を見上げる友人達の姿がある──この通り、簡単に魅了されている。

「それでは、これで」

最後まで当たりの柔らかな仮面を外すことなく、ルイ王子は去っていった。

だが残されたサラ達の逆上せ具合は治まりそうにない。




「まさか、ルイ王子殿下が間に入られるなんて」

「びっくりしたわ。私達なんかを助けて下さるなんて考えもしなかった」

「あんな間近で王子殿下とお話するなんて、嘘みたい」

それぞれ、親から王子達とは距離を取れと言い含められていた筈だが、実際に雲の上の存在と言葉を交わして感激している。頬は紅潮し瞳は潤んで光って、声は高く早口だ。

先程までと熱量が全く違う。シャルロットの信奉者達に詰め寄られて、萎れていたのが嘘のようだ。

「誰も言わなかったから、あまり意識してなかったけれど」

「ねえ?」

「ええ。ルイ王子。とっても美しい方だわ」

「本当。フィリップ殿下とはまた別なタイプね」

「今まで、一度もそんな噂、聞かなかったわ」

「そうね。不思議」

「やはり、東の皆様にご遠慮して、かしら?」

堰を切ったかのように言い合う。それから黙したままのコレットに気づいて尋ねた。

「コレットさんはそう思わないの?」

「思わないわ。あまり近づきたくないし」

外見が整っているのは確かだが、それはつまりルイーズ王女の姿なのだ。

「ええ?どうして」

「だって。皆様も、王子様方にはお近づきにならないよう心がけているのでしょ?」

コレットは彼女達の立ち位置を思い出させる。サラが落ち着かなげに目をさ迷わせた。

「それは、そうなのだけど」

「あちらからお声がけがあったのだもの。お答えするのは、悪いことではないわ」

ポリーヌの言葉に、サラが救われたように頷く。

「今日のはシャルロット殿下に関わりがあった話よ。だから仕方ないことだわ」

「そうよ。コレットさんが関わってしまったんですもの。今後も注意深く見てないと」

「ねえ、遠くからでも、お二人の動向を観察するべきじゃない?」

「見てるだけなら良いと思うのよ」

いろいろと言い訳を重ねているが、ルイが気になっているだけにしか思えない。

冷めた気持ちで皆の盛り上りを眺めていると、こちらに矛先が向いた。

「コレットさんは、ルイ殿下が気にならないの?」

「え、全然」

うっかり本心が零れた。

もちろん、今の空気には全く相応しくない答えで、むしろ盛り上りを壊すものだ。案の定、

「ええっ。どうして」

「さっきのお振る舞いは、普通に素晴らしいものじゃない?」

「何で。ルイ殿下、素敵だったわよ」

口々に責め問われる。以前、第一王子を気のない風に評した時とは丸きり熱量が違う。

「何故かしら」

自分でも不思議で首を傾げた。

確かに客観的に見て、今日のルイ王子はとても公正で褒められる態度であった。サラ達からすれば危機的状況の救い主でもある。コレットも、助けられた。

だが心は全く浮き立たない。

「でも私達、ルイ殿下をお見守りしたいのよ」

「コレットさんのシャルロット殿下とお二人まとめて、よ。一緒に、なさらない?」

皆の弾んだ気持ちについていけない。

それがコレットの正直な思いだ。

前世の、ゲームのルイーズの印象があまりに強いのだ。かの王女は自邸に引きこもっていながら、怪しい魔道師から毒物を入手してコレットを害そうとした人間である。

この世界のルイ王子はまともに見えるが、魔法への関わりが深い。噂では、二年の中でもかなり上級者だという。その流れで危険な人物と繋がる可能性は大いにある。いや、入学前から魔術を習得していたのかも知れず、既に闇の者と関わっているかもしれない。

善良そうに振る舞っているが、やはり油断してはいけない。


あれはルイーズ。

兄に執着するあまり、ヒロインに毒を含んだ手紙を送る人間なのだ。


いつこちらに牙を剥くか知れない。

コレットは頭の中で素早く事を判断した。

それから、皆の期待に満ちた顔を見た。コレットが自分達の誘いに頷くことを望んでいる。

この新しい楽しみを共有したいのだ。

コレットだって皆といるのは好きだ。だから、彼女達とは違う思惑だけれど。一緒にできると思った。

「そうね。注意して観察するのは必要かもしれないわ」

ヒロインとして完璧な笑みを湛えてそう告げた。



───────────────────────



校内の人の来ない一画まで行き着いて、ルイはほっと息を吐いた。


慣れないことはするものではない。

普段、クラスメイトとさえまともに口を利かない。それなのに女子生徒の集団に分け入って、傲慢にさえ見える態度で一方を黙らせてしまった。

改めて自分の為したことに腹が冷える気分である。

ただ、あの場ではそうするしかなかった。

シャルロットの信奉者達とコレットの争い。ヒロインであるコレットは恐らく放っておいても無事に乗り切れただろう。

だが先程の揉めようでは成りゆきによっては大きな亀裂が生まれるかもしれなかった。側にいた級友達は多分、コレットより弱い。ただの生徒がゲーム絡みのトラブルに巻き込まれる恐れがあった。


ゲームの展開上、今後、コレットに関わらざるを得ない自分達を考えれば、シャルロットの周囲を取り巻く女子生徒とヒロインの遺恨はないに越したことはない。

あそこはシャルロットの兄という強みと王族の権威で強引に潰してしまうのが一番だった。かなり権威的で居丈高な態度を作って圧したが、良かったのかどうか。

ルイが『そういう』人間だと思われる結果は確実だ。

マリアンヌに率いられた二、三年生、そして逃げるように去った後のコレット達が、自分についてどんな噂話をしているかは正直想像したくないな、とルイは思った。




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