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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
1章
17/275

16


昼前までマクシムと並んで剣を振り、汗をかいた。

同じように運動をした将軍と息子のマクシムを誘ってお茶で労った。かなり長居をしたと恐縮した将軍親子は、次の稽古を約束して帰っていった。


シャルロットは、お茶の席での会話を思い出して少し笑った。



「あー。疲れたけど、とっても楽しかった!」

サロンに用意されたお茶を喫して一息つく。隣に座るマクシムが大きく頷いた。

「あ。俺もです。一緒に稽古する相手がいるとやる気が出ます」

「マクシム」

父親に低い声で制されて、居ずまいを正す。

「すみません、俺。じゃなくて!私、は礼儀知らずで」

「いいよ、別に」

少人数用の丸いテーブルを囲むのはシャルロット、マクシム、ブリュノの三人。アンヌはシャルロットの後ろに控えている。

身分から考えれば、マクシムがシャルロットと同じの席に着くのはおかしいのかもしれなかった。だが、剣の稽古を一緒にやり遂げて気持ちがとても近くなっていた。

だから今更マクシムが言葉を調えようと苦心しているのがおかしく思える。

シャルロットはくすりと笑った。

「殿下」

ブリュノに窘められるが知らないふりで聞き流す。マクシムとの会話は楽しい。ルイ以外で初めての年の近い話し相手だった。

「マクシムはとても上手だね。構えが綺麗。いつも練習してるの?」

「ありがとうございます!俺、剣の稽古頑張って強くなって、兄貴達より強くなって。父上みたいな騎士になるんです」

「そうなんだ。すごいなあ」

年もそう変わらないのに目標が定まっている。シャルロットは自分と引き比べて、とても感心した。

「ルイ様は?」

「あ、私?私は…私も強くなりたいなあ」

考えて、今の正直な気持ちが零れ落ちた。剣は面白いし体を動かすのは気持ちいい。

強くなったら、ルイの助けになるかもしれない。少なくとも何かの役に立つ。

「ルイ様、練習がんばったら絶対強くなれますよ」

「本当?」

「や、絶対です。今日も初めてなのに全然休まないで父上の指導についてきてたし」

「必死だったんだよ」

「でもすごいです。父上が強くなるには積み重ねだって。練習続けるのが一番大事って」

「そうなの?じゃあ、毎日がんばれば強くなれるかな」

「なれます!俺、簡単に家で出来る練習教えますよ」

「うわぁ、教えて!」

二人盛り上がって、額を寄せ合う。

こほ、と軽い咳払いが後ろでしたが、シャルロットは無視した。

本当はすぐにも中庭に戻って二人で練習したいのだ。それを我慢してるのだからこれくらい見逃して欲しい。

アンヌに心中だけで訴えて、何食わぬ風で自主稽古の説明を聞く。

マクシムは細かく一人での練習の仕方を教えてくれた。シャルロットはひとつも洩らさぬよう聞いて、動きを覚えようと努めた。テーブルの前で腕を動かしつつ確認する。マクシムが笑った。

「覚えられなくても大丈夫ですよ。四日後にまた来ますから」

「んー」

将軍の手が空いているその日が次回の訪問日になっていた。

だがその日、シャルロットは稽古に参加できない。

次は不意の訪問ではない。きちんとルイも予定を空けるだろう。今度マクシムが一緒に稽古するのは本物のルイだ。自分ではない。

だから今、なるべく覚えてしまおう。今日限りのことだから。

シャルロットは曖昧な笑みを浮かべると、もう一度動きと反復の回数を尋ねた。




四日後の再会、それまできちんと自主練することをお互いに約束し合う。木剣一振りを残して、元将軍とその子息は宮を辞した。




終わってしまって残念な気持ちと、胸に抱えた木剣を振り回した楽しい時の名残と。二つの正反対な思いにぼんやりと耽っていると背中から名を呼ばれた。

「シャルロット様」

うわ。

低い抑えた呼び掛けにシャルロットは首をすくめた。アンナが名をきちんと呼ぶ時はお説教の合図だ。

高揚していた気持ちがしゅっとしぼんでいく。

何か言われるより早く口から謝罪が漏れた。

「ごめんなさい」

アンナが息を吐く。

「おわかりになられているなら、よろしいのです」

「うん」

「お疲れでしょう。お部屋に戻って横になられては」

促されておとなしく従う。自室のソファに横になると、目の前にアンヌが跪いて疲労で張った肩から腕をゆっくりと摩り始めた。

「アンヌ、もっとそっとやって」

触られて初めて、痛むことを知る。アンヌは静かに揉みほぐしていく。背中から肩、腕。痛みが柔らかく掴まれ溶けて心も和らぐ。

「嘘をついても、本当に欲しいものは手に入りませんよ」

アンヌの丁寧な手指によってほどけたシャルロットの心に、優しい声音は真実を突きつける。

「やりたかったんだ。どうしても」

背中を柔く撫でてもらいながら、シャルロットは呟いた。

アンヌに制止されても図書館に行きたがったルイ。いつだって何だってルイの望みは叶えてあげたかったけれど。本当は、何故そこまでこだわるのか、一生懸命になるのかわからなかった。自分を放ってまで出掛けて、小難しい説明を聞いて理解できない本を読んで喜んでいる。

不思議だった。

だけどシャルロットも見つけてしまった。ルイと一緒にいるより、わくわくすること。嘘をついても、ルイに成り代わってもやってみたいこと。


あ。

アンヌが一通りマッサージを終えて下がった後。

再びソファに転げてから、シャルロットは気づいた。将軍が自分に一度もルイと語りかけなかったことに。彼はただ、「殿下」とだけ呼んでいた。

そして、宮を辞する際の挨拶は王女に対するロランと同じ。完璧な作法に則った淑女へのものだった。


次の更新は月曜です


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