166 信奉者
ダンスパーティーの翌日は休日で、コレットは借りたドレスの始末や教科の予習、細々とした雑事をこなす為、寮の部屋で終日を過ごした。
シャルロットから贈られた髪飾りは大切に机の上に飾った。
くるくると働く合間には、夢のようなシャルロットとのダンスの余韻に思う存分浸っていた。
幸せだった。
そうして気分が浮わついたまま二日ぶりに登校したコレットは、校舎に入る途中でサラとアニー、ポリーヌに捕まった。
「良かった、コレットさん」
コレットの姿を見て安堵したように眉を下げる。
「一体、どうしたの?」
「今、教室に行かない方が良いわ」
「早くこっちに来て」
戸惑うコレットを三人で囲むようにして、校舎の横の道に誘った。
「上の学年の、特別クラスの方々がコレットさんを探して待ち構えてるの」
「きっと一昨日、シャルロット殿下と踊ったせいよ」
「とにかく、始業ギリギリまで教室に行っちゃ駄目」
口々に言う。
「あ、…ありがとう」
皆が一斉に話すので姦しいが、よくよく聞いてみればコレットを思ってのことだった。
生徒達が校舎に吸い込まれていくのを隠れて見る。ここにいれば安全というわけだ。
「でもパーティーでは驚いたわ。先生のご用で遅れて参加とは聞いていたけど」
「あのドレス、特別な物だったらしいわ。だからコレットさんが着て現れたら変な空気になったみたいなの」
「私なんて皆様の怖い様子の方が驚きだったわよ」
ドレスの元の持ち主など、去年のことを知る生徒に聞いたのだろう。
ゲームで知っていたとも言えず、コレットは曖昧に頷いた。
「そうだったのね。私、残ってた中でサイズが合ったのがあれだけで。ドレスなんて縁がないから、どれが特別とかわからなくて」
わかるわ、とアニーが優しくコレットの肩を撫でた。
「仕方ないわよ。コレットさんは悪くないの。ただ、ちょっとドレスが目立ちすぎたんだわ」
「そうね、あれはかなり華やかだったわ。とても素敵なものよね」
ポリーヌが思い返したのかうっとりと言う。でも、とサラが口を尖らせた。
「だからってコレットさんにあんな態度をとるなんて、ひどいわ。あからさま過ぎよ。お下がりにされた方だって、誰かが着るのを望んで学校に寄付したのに」
「でもまさか、あそこでシャルロット殿下にお声をかけるなんて」
そうして少女達が口々に話す話題はコレットのダンス、その相手に行きつく。
「驚いたわ!」
「私も。周りの方々も大騒ぎよ」
「どうして王女殿下にお願いしたの?」
「咄嗟に頼ってしまったの。目の前に不意に現れたから思わず、ね」
これはさすがに聞かれるだろうと、休みの間に用意していた言い訳を告げる。
一度会っていて、どうしてもシャルロットに助けてもらいたかった、というのはとても言えない真実だ。
しかし破天荒なシャルロットの個性のお陰で皆、納得がいったらしい。
「確かに、あの異様な空気の中で、コレットさんの手を取れるのはシャルロット殿下くらいかもしれないわ」
「そうね。人目を気にされないって噂、本当だったもの」
「私、コレットさんもシャルロット殿下のファンになってしまったかと思ったわ」
「素敵だったものね」
盛り上がるアニーとポリーヌに、コレットはぽろっと本音を溢す。
「ちょっとだけ、良いなあって思ったわよ」
きゃー!とポリーヌが歓声をあげた。そこで慌てて口を押さえて問いかける。
「時間、平気かしら」
「あと少し。大丈夫よ」
時刻を確認して、また少しおしゃべりをして。四人はぎりぎりのタイミングで教室に駆け込むことに成功した。
コレットはその後の数日間、三人の級友に守られて過ごした。
部外者が訪れない授業中は安全である。他の時間はなるべく一人にならないようにして、なおかつ教室以外の場所に移って。四人は、シャルロットの信奉者という上級生達から逃げおおせたのである。
しかしコレットは油断した。あるいは上級生達の執念を見誤っていたのだ。
二日程経つと教室への上級生の襲来はなくなったから、危機意識が薄れたのもある。
それでも、と三人の友はコレットの周りを固めた。用心のために校内での行き来も四人で行動していたが、もう不安はなくて、ただ皆で集まっているのが楽しくなっていた。この数日一緒に過ごして仲が深まっていたから。その全てが甘かったのかもしれない。
昼休み。
人気のない場所で軽食を取ろうと廊下を移動しているところを、待ち伏せされた。
不意に現れた年長の特別クラスの女子生徒の集団に、ぐるりと囲まれてしまった。
ほとんどが特別クラスの生徒というだけあって、髪も肌も手入れが行き届いて皆整った身形の女子ばかり。それが冷たく敵意を滲ませて迫ってくるのは恐ろしい。
「あの、皆様。いかがされました」
二桁になろうかという数の上級生に捕まって、しばし固まる。それでもなんとか気を取り直したサラが、恐る恐る口を開いた。
それに応じてつい、と一歩前に出たのがこの集団のリーダーなのか。きつい顔立ちの女子生徒が、コレットをちらりと一瞥してサラに言い放った。
「この方のご友人?社交界でお見かけしたお顔ですけど。お付き合いする方は選ばないと、お家が苦労しますわよ」
「そんな、そんなことは」
初手からコレットを敵視した口調にサラが気圧されて言い惑う。アニーとポリーヌが息を飲んだ。
こちらが怯んだ空気は相手にも伝わったろう。与しやすしとみたか、さらに言葉を重ねる。
「こんな礼儀知らずな子といるのはよろしくない、と教えて差し上げているのよ」
庶民を苛める令嬢そのままの主張を、いっそ堂々と言ってのけた。
コレットはその言い様に少しだけ感心した。かつて馴染んだ乙女ゲームのお約束の振る舞いである。好んでプレイしたのはセイイノ以外も乙女ゲームが多かったから、身分違いをあげつらうお嬢様のフレーズは聞き慣れていた。リアルに接して感慨深くもあった。
だが身分も年齢も上の少女からの冷たい叱責に、サラ達は縮こまってしまった。
無理もない。下級だなんだと言われるが、国全体から見れば、彼女達は歴とした上流のお嬢様なのだ。他人からここまで強く責められたことなどない身の上。恐ろしくて言い返すなど考えもしない。
両手を前で組み合わせ完全に下を向いてしまった三人に、最早用はなくなったのか。
本来のターゲットたるコレットに、上級生達の視線が向く。リーダーの強い口調がサラ達を黙らせたことに勢いを得て、他の上級生達も昂然と頭をもたげてこちらを見やった。
「あなたが無礼な一年生」
「コレット・モニエよ」
はなから蔑んだ口調に負けず、コレットは名前を告げた。しかし歯牙にもかけられなかった。
「どうでもいいわ、平民よ」
「そうよ。本当だったらこの学校にもいないような子よ。王族方のお目に触れるのも憚られる身の上のくせに、いきなりシャルロット様に縋るなんてみっともない」
「でもシャルロット様はお優しいから」
「無理やり頼まれたから断れなかったのだわ」
「内心、困惑していたのかも。なのに困った下級生を放っておけなかったのよ」
「まあ、それだけのことよね。勘違いしないで欲しいわ」
「とにかく、こんな無礼な子、シャルロット様の視界に入れたくない」
「そうよ。──貴女、二度とシャルロット様に近づかないでちょうだい」
それぞれが姦しく言い募って、最後に放たれたのが上級生達の本音、一番訴えたかったことだと思われた。
同時に幾人もの生徒から責め立てられ、あるいは中傷じみた言葉を投げられて、さすがにコレットも少女達の勢いと剣幕に圧されていた。
一度唇を噛み締めて、ようよう言い返そうと口を開きかけた時。
「何をしているんだ」
ふいに投げ掛けられた、声。
この場にいる少女達の甲高いものとは異なる、声変わりを終えた男子の低音。
振り仰げば、ほんの少しの距離を挟んで眉をしかめたルイ王子が佇んでいた。
 




