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「お待たせ」
コレットと踊り終えたシャルロットがルイの元に戻ってきた。マクシムも代役を無事に済ませていた。
「お疲れ」
「ルイ、ありがとう。コレットさん、髪飾り喜んでたよ」
「そうか。良かったな」
「マクシムもありがとう。助かったよ」
「俺なんかで我慢してくれて良かった。シャル様によろしくって言ってましたよ」
大役を努めて飲み物を取るマクシムに手を振って、ラストダンスを踊り始める。
子供の時から常に組んできた二人だ。目を瞑っても軽く手を触れているだけで自在に動ける。
安心できる。
「楽しい!」
シャルロットがふふっと笑ってルイに体を預けた。
「無理しただろ。コレットさん、大丈夫だった?」
「平気。私なんかでも踊れて良かったみたい」
なんか、ではなく、シャルロットだから踊りたかったんではないかな。
ゲームのシャルル王子ファンだというサヨの推測話を思い返しながら、そっと背中に添えた左手に力を入れて引き寄せる。
と、身の内にパリン、と何かが弾ける衝撃があった。ルイがかけた魔法が壊されたのだ。
思わず肩を跳ね上げた。忙しなく瞬きをしてしまう。
「ルイ、どうしたの」
「…いや、何でもない」
シャルロットには適当に誤魔化して、大きくターンをするついでに見当をつけた先に視線を投げた。
ああ、やっぱり。
人波の向こう、壁際に立つコレットは、髪飾りを手にしていた。ルイの視線に気づくとふん、とばかりに顎を上げて顔を背けた。長手袋に包まれた右手が髪飾りの上で軽く振られる。
保持魔法。
綺麗にかけたそれを両手で大事に抱える。
俺のかけた魔法を力業で解いて、自分でかけ直したのか。
髪飾りはリボンの形と薔薇を保たせる為に、ルイが魔法をかけた状態でシャルロットに渡した。受け取ったコレットは、髪飾りは嬉しいがルイの魔法は気にくわないということだろう。
非常に、モヤモヤする。
とてもではないが、攻略対象者として身近に接して、紳士的になど振る舞えそうになかった。
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ラストダンスを踊りながら、ミレーユは思わず唇を綻ばせた。
「何を笑う」
パートナーとして至近にあって、目敏く気づいたフィリップが低い声で問う。
「いえ、先程のシャルロット殿下のお振る舞いを思い出しまして」
「あれか」
目の前の端正な顔が複雑に歪む。
伝統を重んじ、規律を旨とするフィリップにとって、シャルロットの破天荒な行動は眉をしかめるものでしかなかっただろう。
だが貴族達が中心の疑似社交界でしかないパーティーで、一種爽快であったのは間違いない。そしてシャルロットが特待生の女生徒と踊り始めた時の、一同の驚愕の顔ときたら。
また笑いが込み上げてきて、フィリップが渋い顔をするのを認めたミレーユは、慌てて頬を引き締めた。
「それでも。あの世慣れない生徒を、衆人環視の恐ろしい場から救いだしたのはお見事でしたわ」
「それはそうだが。随分と楽しそうだ。お前は、あれを認めるのか」
「好ましいと、思いますわ。」
フィリップがわずかに目を瞪った。
「まさか、あんなのを手本になどと考えてはいないだろうな。勘弁してくれ」
心底参ったような苦り切った吐露。
ミレーユは目を見開いた。フィリップがこんな風に己の感情を顕にするのは珍しい。
それも、シャルロットのお陰か。
──やはりあの方は素晴らしい。
にこりと今度は自然な笑みが唇に浮かんだ。
「ご安心ください。私の目指すのはこの国第一の淑女。王女殿下のお振る舞いを私が真似することは、どうあっても有り得ませんから」
「そう願いたいものだ」
その言葉を合図のようにぐい、とフィリップがミレーユを抱き込んだ。
最後のフレーズを奏でて、ダンスは終わりを告げた。
その夜のパーティーは、参加した生徒皆に大いに話題を提供してお開きとなった。
生徒同士、互いに夢中になって他愛ない話で盛り上がり、結果友との間が深まったのは幸いであったかもしれない。




