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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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曲はワルツの終わりに入っている。

ゲームでは随所に差し込まれるBGMだったそれは、確かにダンスパーティーの場面でフルバージョンで流れていた。聴き込んだせいで覚えてしまった華麗な曲が、自身の今の惨めさを際立たせる気がした。

生徒皆が踊るのを止めて、こちらを好奇や嘲弄、嫌悪の目で見ている。たまにある憐れむような眼差しが特にコレットには堪えた。

誰もが立ち尽くしている中で、オーケストラが最後のフレーズを紡ぐ。しん、とした中で曲だけが。

曲だけが…。



ホールの向こうから一歩が大きいリードで、この騒ぎにも気づかずに踊っていた一組が近づいてくる。コレットを注視していたカップルが慌てて身を引いた広い広間を突っ切るのは、シックな藍色と軽やかなオレンジ、ひらひらと揺れる二色のドレス。

手を取り合って踊るのは女子二人。


女子、二人?


コレットは目を瞪った。

ワルツの最後の一音に合わせてくるりと回ってポーズを決めたのは、シャルロットと彼女の腕の中で可愛らしく気取った女子生徒だった。


コレットの頭が目の前の現実を理解しようと忙しく動いた。ゲームの設定とのズレと今見ている妙な光景を把握しようとして、理性が混乱してぐちゃぐちゃになる。



シャル様はルイーズだけど、引きこもってないから普通に学校に来ていて、だからダンスパーティーにも参加してるのは当然で。この場にいるのもおかしくない。だけど、王女なのに女子と踊ってる?

シャルル王子じゃないけど女子と踊ってくれる??

どういうこと!?


考えても良くわからなかった。

だが突然現れたシャルロットは、一曲踊りきった直後の火照った頬に、気持ちが高揚したせいか瞳が輝いていてとても眩しい。顔を縁取る赤みの濃い金髪は、藍色のリボンと共に動きに任せて揺れていた。


「あの!」

気づいた時には足を踏み出していた。前のめりになったのはハイヒールのせいか否か。

「なに?」

唐突に声掛けしたのに、シャルロットはにこりと応えてくれた。

「コレットさん、だったよね」

あっさりと名前を呼んでくれて、頑なになっていた気持ちが溶けてしまった。

「お願い。私と踊って!」

なりふり構わず、手袋に包まれた腕にすがっていた。瞬間、傍らにいたパートナーの女生徒がシャルロットの腕にしがみついて睨んだ。それでも負けまいと一心に見上げていると。

シャルロットが身を屈めて覗き込んできた。

「もしかして、困ってる?」

間近でゲームと同じ、けれど生きた透明度の高い藍色の瞳で見つめられ、固まる。

こく、とわずかに頷くことしか出来なかった。それでもシャルロットには伝わったらしい。

「そう。じゃ、少しだけ待ってて」

言うと、シャルロットは腕にしがみつきコレットを睨んでいたパートナーに向き直った。そっと頬を寄せ小さく囁くと腕の力が緩んでほどけた。眉間の皺が取れた女生徒は、可愛らしい上目遣いで頷いた。それから膝をちょこんと曲げてお辞儀をすると大人しく去っていく。

吐息をついたシャルロットが今度は周囲を探すように見回す。すると明るい色のドレスを着た女子生徒が一人、前へ進み出た。目当ての人を見つけて顔を明るくしたシャルロットが足早に駆け寄った。

笑顔で迎えた女生徒は、一言告げられて顔を強ばらせる。次いでこちらへ首を回してコレットを睨んだ。

それでもシャルロットにさらに話しかけられると、ぎこちなく笑顔を作るのが見えた。

会話は聞こえない。

シャルロットは一つところを指し示して何事か請うている。最初、女生徒は大きく首を振って下を向いた。だがシャルロットが今一度言葉をかけると、顔を上げて恥ずかしそうに笑んだ。それを見てシャルロットは、ありがとう!とこちらにもわかるくらい大袈裟に礼を述べて、女生徒の手を引いてホールの端に向かう。

人混みに隠れたルイとマクシムの元まで進むと、女子生徒を押し出した。

見ているとシャルロットが二人に話しかけた。何やら言い合った後、マクシムが女生徒の手を取ってホールの中央に連れて行った。


「?」

女生徒をマクシムに引き渡したらコレットのところに戻ってくると思ったのだが。人混みの奥に消えてしまったシャルロットの背中に、心細さが身を浸す。

庶民が王女を巻き込んだことで、数は減ったがさっきとは別の刺々しい視線が向けられている。

「シャル様…」

動くわけにもいかずそのまま立ち竦んでいると、シャルロットがようやく現れた。もう、次の曲は始まっている。


「お待たせ」

それでも目の前でシャルロットが微笑んでくれると全てが良くなってしまう。

夢見心地で見上げると、何故かシャルロットはコレットの顔ではなく頭を見つめた。

「コレットさん、髪もピンクだからこれで留めるといいと思うよ」

言って、先程まで自身の髪についていた藍色のリボンにピンクの薔薇のついた飾りを差し出した。


あ。


コレットは気づいた。至近に寄ったからわかったこと。

シャル様の顔には、額から顎にかけて薄く白い傷が走っていた。わずかに離れると雲母のきらめきのような靄で見えなくなるけれど、確かにある。ここまで間近で相対しなければ見えなかった。離れると見えないのは、魔法?

「動かないで」

すっと頭にリボンがつけられた。少し調整するように動かして、満足がいったのかシャルロットの手が離れた。

「じゃ、踊ろう」

曲の切れ間、上手いタイミングでシャルロットはコレットを連れて、途中から踊り出した。

「いいの、ですか。さっきのあの女性は」

少し落ち着いて、我に返ったコレットは尋ねた。

「うん、踊る予定だった人。でもマクシムに代わってもらった」

「良かったの?」

「良くはないけど、緊急事態だからね」

「え」

「気づいてなかった?泣きそうだったよ」

言われて瞬いたら、涙が目尻に溜まっていた。恐らく目は赤くなっているだろう。

慌てて俯いてパシパシ瞬きを繰り返して涙を散らした。睫毛の周りが濡れているが、化粧もしていないから無問題だ。

「助けて下さって、ありがとう」

絞り出したのは、心からの感謝だった。


立場に不釣り合いなドレスだって平気で着た。遅刻も気にしなかった。ゲームのシナリオを辿るつもりの気楽な気分でいたから。大勢の生徒から非難の視線を浴びても必ず救いが入る予定調和と確信していた。

傲慢な自信があった。

だが壊れた世界はゲームの通りにはいかない。動く気配のない、助ける気のない攻略対象者達。誰一人味方がいない中、あのまま悪意の矢を受け続けていたら。

コレットは初めて、ゲーム中で生きる、シナリオを知るよしもない本来のヒロインの心細さを思い知った。

だからこそ、崩れ落ちそうなあの時、目の前に現れたシャルロットはまさに救世主、王子だった。

「これ、ありがとうございます」

そっと髪に手をあてて飾りに触れる。シャルロットのリボンに生花の薔薇がついた、藍色にピンクが映える髪飾りだ。

「いいでしょ。ルイに魔法で作ってもらったんだ!」

「──」

不意打ちで、コレットは表情を保つことができなかった。こちらの複雑な想いに気づかず満面の笑みで見下ろすシャルロットに、ひきつる頬を意志で引き上げて笑い返した。

「そう、ルイ様が」

「うん、頭飾りがないからバランス取ったらいいよって。さすがだよね」

極自然に兄自慢をする。

コレットは唇を噛み締めた。

これはゲームと同じ。

──最大の敵は、ルイーズ!

底まで落ちそうな気分を上げようと、ぐぐっと足に力を入れる。

と、ステップを飛ばしてたたらを踏んだ。

「あっ」

「おっと」

体勢を崩しかけたコレットを華奢な腕が支えた。シルクの手袋に包まれた繊手。細いのに、力が強い。

目の前にシャルロットの顔がある。

大好きなシャルル王子、ではないけれど、大好きになったシャル様。

抱え込まれた形になったコレットの背中に、矢のように視線が刺さる。ちらりと確認すれば、こちらを睨んでいるのは嫉妬に燃えた女生徒達だ。


気持ちいい!


例え明日から嫌がらせ満載の地獄の日々が待っているとしても。今、この瞬間が至福だった。

ダンスのステップを入学前に懸命に覚えておいた自分を褒めたい。そっと見上げれば、綺麗な藍色の瞳が自分だけを映している。

ゲームのイベントとしては盛大に間違っていると思うが、コレットの気分は最高だった。


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