159 ダンスパーティー
「毎度思うんだが。変なルールだよな」
短髪を後ろに撫で付けた櫛目のついた頭を気にしながら、ルイはマクシムにぼやいた。
「まあ。昔からのものですから」
「理由が風紀を乱す、だっけ?じゃあ何でこれはいいんだろうな」
「最早、見慣れましたけどね」
お互い、ダークカラーの礼服に身を包んで壁際でこそこそと囁き合う。
ここは校内では最も広いホールで、眼前では全生徒参加のダンスパーティーが催されているのだ。
校内では大規模な学校主催のダンスパーティーが年に三度開催される。舞踏会とまで銘打たないのは、さほど格式張らないダンスで生徒間の交流を深めるイベントだからだ。王族から庶民まで全ての生徒が参加を推奨されるものだから、身分に関係なく親しんで欲しいらしい。あくまで建前に過ぎないが。
今夜は学校の入学進学歓迎パーティーだ。と言っても、学校が始まって一ヶ月も経ってからの開催だ。
昔は入学後すぐの行事だったらしいが、それでは入学前から王居で親交を結んでいる王族や一部貴族同士が固まってしまい、知り合いのいない地方の貴族子女や特待生の庶民は居場所がない、と異論が出た。そこである程度時が過ぎ、授業を受けて顔見知りができた頃合いを目安に、パーティーが開かれるようになった。
学校も一応改善しているようだ。
これに加えて新年と年度末に大規模なダンスパーティーが行われ、さらに生徒主催の会が五月にあって、生徒達は親睦を深めるわけであった。
ルイは既に昨年度一通り経験し、マクシムに至っては二周に渡り参加しているので勝手知ったる催事だ。
が。
ルイは最初のダンスをシャルロットと踊って、マクシムがパートナーを代わって一曲終えて。二人は早々に壁際に逃れて会場を眺めているのだが。
ルイとマクシムと続けざまに踊ったシャルロットは、休む間もなく次の相手の手を取っている。
満面の笑みを浮かべて見上げる着飾った女生徒と。
「あれは、三年の伯爵家の令嬢か」
「ですね」
「婚約者、いなかったか」
「いますが相手は卒業済みです」
「ああ、そう」
ダンスは古来から男女が組むもの、男性同士で踊るのは禁止と決まっているが、何故か女同士は許されている。ただ、あくまで許されているだけで、推奨されているわけではない。しかし、この「許されている」ことを逆手に取った一人の勇気ある女子が、数ヵ月前、新年のパーティーでシャルロットにダンスを申し込んだ。
どよめく周囲を余所に、にっこりと笑顔で受けたシャルロットは、器用に男性パートで女生徒と踊りきった。
それからは大変だった。我も我もと押しかけ、最後の一曲になるまで入れ替わり立ち替わり女子と踊る羽目になった。ラストダンスでルイの元にやって来たシャルロットは、かなり草臥れていた。
見かねて、休もうかと提案すると「やだ」とだけ言ってルイの腕の中に収まった。
確かに、ここでシャルロットをフリーにするとまたもや女子生徒に捕まるとルイは考え、妹を抱えてホールに向かった。後々の騒ぎを考えれば、それは正しい判断だった。
以降、ダンスパーティーの度にシャルロットと踊りたい女子生徒が殺到したので、一度のダンスパーティーにつき七人までと人数制限ができた。
大変な人気である。
ダンス相手は詰め込めばあと五人くらい増やせるが、男性パートでエスコートをするシャルロットの負担を考えた結果、そうなった。
催事の度にパートナーの七人を事前に決めるのだが、希望者多数の一部女子生徒間でどういう争いが起きているかは、知らない。
ちなみに最初と最後のダンスの相手はルイで、マクシムが二人目を務める。ルイは二度も踊らなくて良いのだが、一度ラストダンスをマクシムが引き受けた時、
「婚約したのか」
「婚約者か」
「婚約者!?」
と無駄に騒ぎが起きたので、以来ルイが面倒がらずに義務を果たしている。兄という無難な付添人だ。
そんなこんなな状態が、もうずっと続いている。
「本当に妙な決まりだ。大体、シャルは一応ドレス着てるのに、女子達はあれでいいのか?」
言いながらルイは目を凝らした。踊りながら近くまでやって来た妹の装いを注意深くチェックする。
藍色の飾りの少ない、素材と仕立ては一級のドレス。
だがルイの関心はそこではない。
ダンスの合間に、アシンメトリーに形作られた左肩袖が万一にもズレて、肩に走る傷跡が見えてしまわぬか、気が気ではないのだ。クレアが入念に造りを確認したが、もしもの時は場所も構わず魔法をかけると心に決めていた。
王女に、顔に加えて身体にも傷があるなど知られては、さすがに陰口がやむまい。絶対に隠し通すつもりだ。
当の本人は気にしていないので、顔の傷だけを『晴れの日だから』と説得して幻惑の魔法で消している。
さてしかし、シャルロットのドレスのボリュームが控え目とはいえ、組んだ二人共がドレスだとどうにも場所を取る。周りから文句を言われないのが不思議なくらいだ。
そう溢すとマクシムが力強く頷いた。
「確かに、シャル様にずっと男性パートを踊らせるのは失礼だと思いますけど」
そこ?マクシムが気になるのはそこなのか?
ルイは首を傾げたが口には出さない。
疑問を呈するのを止めて、静かに踊る人々に視線を投げた。無礼講とはいえ、やはり目立つ中心を陣取るのは大貴族の子女だ。
そして、さらに中央で女子生徒をエスコートしてステップを踏んでいるのはフィリップ。第二王子だ。
最初のダンスは婚約者の侯爵令嬢と。その後は事前に請われたのだろう、女生徒達と一曲ずつ順繰りに。踊るのはフォス公爵家に近い貴族令嬢ばかりだ。多分、重要な家格の者から公平に。そして最後にはもう一度婚約者と踊るのだ。
フィリップはわずかに口角をあげた完璧な微笑を湛えたまま、音楽に合わせて正確にステップを踏み、腕の中の令嬢をリードする。
完全な王子、お手本のような振る舞い。
今日初めて目の当たりにしたであろう、シャルロットと周囲の女子達の奇行にも微塵も揺るがない。
妹の一挙手一投足に右往左往し、ダンスは最低限で済ませて少ない友人と壁際に張り付いている自分とは大違いだ。
これが帝王学を修めた者か。
妙な感心をしながら、マクシムと共にシャルロットが問題なく過ごせているか目配りをしつつ時を過ごす。
そろそろダンスも終盤、シャルロットは六人目のパートナーと踊り始めた。
その時、ホールの入り口近くで人々の不自然な騒めきが起こった。
ひどく大きい。
ルイは釣られるように視線を向けて、即座に後悔した。
そこには、生徒達の視線を釘付けにするインパクトのある姿のコレット、ゲームの女主人公がいた。




