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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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サヨがルイの元を訪れたのは、さらに六日も後になってからだった。

この頃になると、さすがに何事か起きたのではないかと気を揉んでいた。なので久しぶりに夜鷹が窓をつついた時には、無事な姿にルイはほっとした。


「サヨ!良かった、来てくれて」

「……こんばんは」

するりと窓から入り込むと、サヨはヒトガタになった。黒髪を払い、気まずそうに目をわずかに逸らして挨拶をする。

「ここに来ない間に、何かあったのか」

「ううん」

「じゃあ、俺が何か怒らせるようなことを言ったか」

「違う」

次々に投げるルイの問いにサヨは間を置かず応える。その身に何かが遭ったという懸念は消えた。だからルイは用意していた最後の問いかけをする。

「じゃあ。俺に話すことを考えてた?」

「──。ああ、いや、そうかな。ルイに告げることを迷ってた」

束の間、目を瞪り、サヨは両腕を抱え込むように掴んだ。

「会いに来てくれたってことは、決めたんだ」

「うん。話すことで正直、ルイが混乱するかもしれない」

「それはもう、覚悟してる。サヨが言いにくいってことは、まともな設定じゃないんだろ」

「ごめん」

サヨは小さく謝った。


ルイとサヨはいつものソファに座って話し始めた。

「ルイ達以外の攻略対象者なんだけど」

迷いは晴れたのか、サヨがすぐに核心に入る。

「話せるところまで。それ以上はルイが聞き出そうと思っても言わない。それでいい?」

「無理やり聞き出すつもりはないよ。俺がサヨに強要できるとも思えないし」

「ありがと。何て言うか、私には判断がつかないから」

ここまで時間をおいてもそう言うのだから、余程問題がある対象者なのか。ジュールが言っていたような、質の悪い野良魔道師が絡んだりするのだろうか。

それでも、多少なりとも教えてくれるのはありがたい。

「俺もちょっとアルノー達に聞いたりした。全然わからなかったけど」

「そっか」

サヨは少しだけ微笑んだ。

「魔物は限られてるからね。だけど会わない間にいろいろ考えたよね。ルイはどんなのだと思った?」

「やっぱり特別なのだと思うんだよ。ゲームの世界だったら格好いいやつ。竜とか霊獣みたいな」

ルイは前世の記憶から引き出した空想の動物を挙げる。だが目の前の魔鳥は意に介さずに告げた。

「鳥よ」

「鳥か。じゃあサヨみたいな特別な鳥の魔物か。かっこよく不死鳥とか。鷲とか鷹、孔雀みたいなのも有りか?」

「そういうのはいないって、魔道師様に言われたんでしょ」

「うん、それはそう、」

「だから。もう見当つけてるよね」

さらに続けようとしたルイの言葉を断ち切った。静かな声だった。

「……う、まあ」

「気を遣わなくて良いから。魔物の攻略対象者は魔鳥、黒魔鳥です」


──やっぱり。

もうそれしかないだろう、とルイも考えていた。

ゲームの設定と整合性はないが、ヒロインと恋愛?はなくとも協力する関係になり得る特別な魔物なんて、テーブルを挟んで座るヒトガタの魔鳥しか見つからない。

「つまり。サヨが攻略対象者ってこと?それとも俺とシャルみたいに誰かと入れ替わってるのか」

攻略対象者は全員男。サヨがゲームのキャラクターなら、それはもう一つのバグになる。

「入れ替わってない。私以外に魔物の対象者になり得るモノはいない」

「──。本当に?双子の誰かがいるとか、サヨは身代りとか、そうでなくて?」

「だいたい予想してたんじゃないの。今更驚かなくてもいいでしょう?」

サヨは言うが、ルイの驚きは本物だった。

「いや、ずっと考えるうちにそれしかないんじゃないかとは思ってたけど。でも隠れた何か、裏設定でもあるのかと」

だって、西野サヨがヒロインの攻略対象者だなんて、どう考えてもおかしい。

「ごめん。悪いけどそういうのは全く無いんだ。正真正銘、私が魔物の攻略対象者」

「──」

頭の中を整理するのに精一杯のルイを見つめて、サヨは溜め息を吐いた。

「ルイ、やっぱり混乱してる。だから言いたくなかったんだって」

「うん、悪いけどわけがわからなくなってる」

「そうね。ちょっと休む?」

「うん、いや。水だけ飲ませて」

言って、ルイは立ち上がって部屋の片隅にある、棚に置かれた水差しからカップに水を注いだ。多めに注いだそれを一気に呷る。ふう、と覚えず息が漏れた。空になったカップをそのままにして、ルイはサヨの向かいのソファに戻った。

「待たせてごめん。続きを話して」

「じゃあ、ゲームの魔物の攻略対象者の話をするわ」

気を取り直したようにサヨは口を開いた。

「黒魔鳥で、ヒトガタに化けるとルイ達より少し年長、学校を卒業したくらいの男性になる」

「やっぱり男なんだ」

「そりゃ、攻略対象者だもの。一応恋愛関係になるのよ、このルート」

「なのに、ここではサヨだと」

凄まじい力は持つが、少女──女性だ。

「ゲームでの名前はサヨ、じゃないよな」

「うん。リュカっていう」

「すごく普通な名前!」

この場合の普通は、この世界、この国の人々の中で、という意味だ。

「え、てことは、性別以外でもサヨとはかなり違った外見だったりするのか」

浮かんだ疑問を口にすると、サヨは頷いた。

「黒魔鳥のヒトガタって設定だから黒髪黒目だけど、特に言及ないから東洋人とかではなくて。スチール見た限りじゃこの国の人と同じ顔立ちだわ」

黒い髪と瞳は、この国ではほとんど見ないから、魔鳥の特殊性を示しているのだろう。


だがそれよりも。

「え、じゃあ違和感すごいんじゃないか?」

少女であるだけでなく、人種も違う攻略者。

「まあ。ルイがそもそもから馴染んでいたのがおかしいのよ」

いやそれは、前世で知ってる顔だったから、そちらの衝撃が大きすぎてこの国での人種の相違へ突っ込みをする暇もなかった、のだが。

ルイがゲームを知らなかったが故の自然な受容ともいえる。黒魔鳥が攻略対象と察せられたら、ゲームと違う人物、前世の人間の顔をしている点にまず疑問を持つのだから。

「──俺が何も知らないせいか」

「まあ。良いのか悪いのかってところ?」

この変わった関係が成り立っているのもそのお陰かもしれない。

そして、伝説の黒魔鳥を見たのも初見なら、ヒトガタなど伝承すら残っていないこの世界の人々は、目の前に顕れた存在をそのまま受け入れる。違和感など、『本物』という比較対象を知らなければ生まれよう筈がないのだ。

シャルロットや宮邸のアンヌ達。さらに魔鳥について知るジュールでさえ、今のサヨを黒魔鳥と認識している。

だがゲームの設定を知る者はそうではない。

「ヒロインが見たら違うってわかるよな?前世プレイヤーなんだし、性別違うし日本人で」

「そうね」

「あ、でもヒロインとサヨは、まだ接触しないんだっけ」

「ヒロインにはもう見られてる」

「は!?」

魔鳥の姿だけど。

さらっとサヨがとんでもないことを言う。ルイは危うく聞き逃しそうになり、向かいで平然としたヒトガタをまじまじと見た。

「塔が崩れた夜に巡回してたら、コレットも寮のテラスから崩壊を見てて。それで私に気づいた」

「黒魔鳥ってのは知られたわけか」

「そう。それ以外はわかってない。そもそも魔鳥の攻略対象者が登場するのって、ゲームでは後の方だから」

「はあ…。なんかまだ始まったばかりなのにガタガタだな。こんなんで無事に終わるのか」

「さあ?」

他人事にみたいに言うな、とルイは軽く睨みつけた。

「それで。もう他に隠してることはない、とは言わないよな」

サヨはふふふ、と笑った。

「私の性格をよく理解してくれて助かる」

「そんな簡単じゃないよな、西野サヨは」

「前世での私の評判とか最悪だったものね」

少し自嘲する色が声に滲む。ルイは首を振った。

「いや、でもあの事件の後、サヨの報道で結構世間の印象変わったんだぞ」

「死んでから実は良い人でしたって?」

「そうだけど。でも俺はそれを見ていろいろ考えて。あ、でも元からそんなにサヨを悪く思ってたわけじゃないけど」

「あんたの好きな若葉が擁護してたから?」

かつて応援していたアイドルの名を出されて、ルイの頬に勝手に血が昇る。

「や、それはそうなんだけど!でもずっと前から記事とか見出しはひどいけど、中身読むと意外にどうでもいいことだったり、これってサヨは悪くないよな?と思うのが多かったんだよ」

「……結構ちゃんと読んでたのね」

「勝手にお薦めが来てたんだよ」

言って、だからと続けた。

「事件の後、世間が手のひら返したのもわかってるし、叩き記事が良い話になって報道されたのも見た。なんだこれって思った」

「ふうん?」

「もちろん若葉のインタビューなんかもチェックした。それで俺なりに考えてたら、こっちの世界でサヨと会った」

「勝手に知った気になってる」

「それは、思い込みもあるけど。でもサヨは、俺を、この世界を悪くするようには動かないだろ?」

「──」

サヨの目が大きくなった。

「だったら良い。言えないってのはサヨがいろいろ考えて判断したことだ。信じるよ」

「後悔、するかもよ」

震える囁き声。サヨの心の揺らぎを感じて、ルイは精一杯力強く応じた。

「大丈夫。信じてる」

二人の間に束の間、沈黙がおりる。

そこで初めて、ルイはかなり恥ずかしいことを言ったと我に返った。内心、頭を抱えて叫び出したい衝動をぐっと抑えて平静を装う。

と、サヨがあれ?と呟いた。上目遣いで尋ねる。

「え、じゃあ、いつか危ない真相がバレても怒らない?」

「──それは無理。絶対怒る」

「ひどい。信じてる相手にすることじゃない!」

先程の微妙な空気は簡単に霧散した。サヨが大袈裟に叫んで、そして笑う。二人して前のめりになって、そこで。


バチン、と空気が弾けた。

「「~~~~!」」

幾度受けようと慣れることのない痺れ、痛み。

二人、共に下を向いて耐える。痺れがようやくと治まって、そろそろと顔をあげるタイミングもほぼ同じだった。

「油断した」

「今度からもう少しソファ離さない?」

「そうしよう」

がたり、とそれぞれ重いソファを力を込めて後ろにずらす。

「何だっけ」

「忘れた。もういいわ」

「うん」

少しだけソファに懐いてお互いの顔を見る。

「でも確実なことが一つ。サヨは絶対に敵じゃないってことだ。魔物だろうと半魔だろうと。だろ?」

「そうね」

「皆には言えないけど。うん、良かったよ」

「別に、だからルイに近づいたわけじゃないんだけど」

ぼそりとサヨが言ったが、テーブルを挟んだ距離では、ルイの耳が捉えることはできなかった。

「しかも攻略対象者の一人ってことは、サヨは俺と同じ立場なんだよな。何とか無事に乗り切ろう」

今度こそジュールの魔法が及ばない距離で、ルイはサヨに拳を突き出した。


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