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プリンス・チャーミング なろう  作者: ミタいくら
5章
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しかし、それから五日が経っても宮にサヨの訪れはなかった。

魔物の世界、魔鳥の事情はわかりかねる。

何か事情があるのかもしれないが、ゲームの展開についての語りが中途半端なところで終わっているのが気になった。

仕方なく、ルイは個人で動くことにした。

革の本は今一度浚ってみた。魔物の攻略者と若い魔道師の攻略者。宝玉を手に入れる二人の詳細は書かれていない。

こうなれば頼りにするのは図書館の書庫の二人である。

ルイは学校が終わると、処置室通いを休みにして図書館へ向かった。



「おや。珍しい。治癒師にお払い箱にされたかの」

にんまりと笑みながらアルノーが迎えてくれた。からかう口調は変わらずだが、出会いから十年が過ぎている。寄る年波がこの老人を皺深く一回り小さくしていた。それでもルイに対しては常に孫を見るように迎え入れ、知識を授けてくれる。

次いで書庫に現れた魔道師ジュールは年を重ねても長身は揺るぎない。白さが増した髪が経た年月を現していたが、彼らは共に、幼い頃から知恵と学問、魔道の基礎を余るほど注いでルイを形作ってきた師であった。

「処置室の手伝いはちゃんと続けてる。今日は二人に聞きたいことがあって来たんだ」

「ほうほう、もう殿下に教えることはないと思っていたんじゃが」

「また学校で問題が起きたのか」

嬉しげに混ぜっかえすアルノーと対照的にジュールが生真面目に尋ねる。

「そういうんじゃないんだ。魔物とか魔道師について知りたくて」

「ほう?」

「魔物は前にも言ったが、我らも全てを知っておるわけではないからの」

「わかってる。でも俺が知りたいことで、わかることがあれば教えて欲しい」

「ふむ、話してみろ」

ジュールに促されて、ルイは正直に語った。


魔物で特別な位置付けにあるものがいるのかどうか。魔道庁に属さぬ強い魔力を持つ魔道師を知らないか。

欲しいのは対象者に繋がる手掛かりだ。

結果として、答えははかばかしいものではなかった。

「魔物で特に目立った種か。伝説のように謳われるもの。黒魔鳥は有名だが、それ以外でだな?」

「魔物じゃなくても、伝説的生き物とか象徴的な動物とか」

「はるかな異国には、馬や牛より巨大な動物や首の異様に長い生き物がいるとは聞くが」

「脅威となる魔物は多いがのう」

「それこそ、森の魔力の池に住まう蜥蜴や、地下で襲ってきた舌の長い黒い魔獣、蔦の化け物のようなものは殿下も実際に見たと思うが」

「──」

ジュールの言うことはわかる。確かにあれらは、他の群れた小鬼や蝙蝠のような魔物より強く、個体として上の魔に見えた。しかしあれらがゲームの、ヒロインの攻略対象となるとはとても思えない。

「だが殿下が知りたいのは恐らくそういった輩ではないのだろう。正直、黒魔鳥のごとき特別な、魔物すらも欲する力を持つ存在は、他に私は知り得ない。この世界、ナーラ国にいるのかさえ定かではない」

「そうか。──ありがとうジュール」

「わしもな、種々の書を読み漁っておるが知らぬのう。真偽もわからぬ空想絵誌や妖しの類の本まで見てるがの。殿下とジュールが遭遇した魔物の話の方が破天荒じゃった」

アルノーが首を振りつつ言った。

「お前はまた、そんなものまで読んでるのか」

「書ならなんでも読みたくなるのはわしの性よ」

ジュールが呆れたように傍らを見た。アルノーは負けずに言い返した。

「まあいい。今更お前の趣味を変えられるとは思わん。そのようなわけで、殿下。あの魔鳥に互する魔については知らぬとしか言えぬ。そもそも黒魔鳥が人の前にあのように現れたのが稀有なのだ」

「まあ、その黒魔鳥を殿下は既に手懐けておるからのう。いろいろ感覚が麻痺しておるわ」

顎の髭を撫でながらアルノーは笑った。

「手懐けて、はいないよ」

「友好関係を築いているだけで奇跡のようなものだ」

「いや、それは何となく?」

前世の共有があるから、とは言えないルイは誤魔化すしかない。


しかし、改めてサヨの存在は特別なのだと思い知った。

魔物についてはこれ以上引き出せない。

そう考えて、次に魔道師について尋ねる。

全く当てのない話で、駄目元の問いであった。


「若い魔道師?それはまあ、国中探せばいるとは思うが」

ジュールが首を傾げた。

「優秀な者は大抵魔道庁に入るでな。己を磨くことが出来るし待遇も良い」

「今の若者で魔道を志すなら、やはり王立学校を出るからな。その上で才があると自負する若者ならば、自身の出世を目指そうとも自己研鑽の為でも、魔道庁が最適だ」

「魔道庁を辞めた後で大貴族のお抱えになる者もおるがの。殿下がお探しなのは若手。そうなると政府の職についているのがほとんどじゃな」

「それ以外で若い魔道師となれば、野良魔道師しかいない。殿下に相応しい者とは思えない」

ジュールの声は苦い。それにアルノーが大きく頷いた。

「質の良くない者も多いのじゃ。魔術を人に言えない所業で磨いている向きもある」

「独学は自己流になりがちだ。教科にあるような体系的に段階を踏まえた魔法学ではないからな。どこか歪で自身の魔力頼みの片寄った魔道師になってしまう。禁忌の魔道に進む歯止めもない。ある意味、生まれ持った魔力が多いほど危険な存在になるかもしれない」

そこで思いついたようにアルノーが言った。

「ロランに聞いたら何ぞわかるかもしれんがのう」

「今は政務で忙しくて無理だろう」

ジュールがバサリと切り捨てる。ルイは口を挟んだ。

「国王が?」

「ああ。相変わらず具合が良くないとかで、ロランに一切合切の王の政務が振りかかっている。なまじ有能だから、全てを背負い込んでいるのだろう」

アルノー達には、宰相ロランの状況が筒抜けだ。それはつまり、王宮の最奥の話まで。

「あやつがやらねば、フォス公爵派の官僚共が勝手をしかねないからのう」

「ロランには聞かなくていいよ。そこまで無理やり調べたいわけじゃないから」

さすがに、一国を背負って多忙を極めている宰相の手を煩わせることは出来ない。

「お役に立てず申し訳ない」

「我らは役立たずじゃったな」

「そんな。いろいろ話が聞けて良かったよ。王宮のことも知れたし」

「殿下は。父王陛下のことはよろしいのかの」

国王の症状は芳しくない。そのことについてアルノーは聞いている。だがルイの心は揺れない。

「一度会ったきりだからね。あまり肉親という感情が湧かないんだ。──冷たいのかもしれないけど」

「それは、殿下のせいではあるまい。これまでの陛下の来し方のせいじゃ。気に病む必要はないじゃろう」

「……うん、ありがとう」

「殿下のお心のうちはわかったが」

ジュールが口を挟んだ。

「陛下の容態次第では、貴族の間で不穏な動きが起きかねない。殿下には不用意な行動は謹んでいただきたい」

「?どういうこと」

「先程の野良魔道師。ご自身で勝手に調べようなどと企んでいないか、心配なのだ」

「え…。そこまでは考えてないよ?まだ」

うっかり余計な一言をつけ加えてしまった。

ジュールの眼差しが厳しくなる。ルイは首を竦めた。と、二人のやり取りを眺めていたアルノーが割って入った。

「ジュール。殿下をあまり脅かしてはいかん。大丈夫じゃよ。陛下は今すぐどうこうという状態ではないということじゃった。そんな折りはの、人はあまり動かぬ。先走って下手を打っては己が沈むことになる。いわゆる様子見じゃ。殿下に何かしようと画策はせん」

「まあアルノーの言う通りかもしれない。だが、殿下はくれぐれも勝手に王居の外に出ようなどされぬように。──魔道師の件は私も調べてみよう」

再度ジュールから釘を刺されて、ルイは王子として相応しくない行動を慎むよう約束させられた。



結局、具体的な手掛かりは掴めぬままルイは図書館を後にした。書庫の訪問が無駄だったとは思わない。アルノーとジュール、ルイが師と仰ぐ二人の識者が見当がつかないという。

それは対象者を考える一つの材料だった。

帰宅する馬車の中でルイは考えに沈んでいた。

サヨは残りの二人は登場が遅いと言っていた。だからまだ不測の要素があるのかもしれない。


それでも。

朧気ながら見えてくるものがある。

次にサヨが現れたら必ず聞こう。

自室に戻ったら、黒い羽根をしっかりと窓に貼り付け直さねば。

ルイはサヨを迎えるべく心の準備をした。


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